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逼迫する児童虐待対応の現場に改革を。児童相談所の苦悩とAiCAN創業への思い【CEOインタビューVol.4 #01】

AiCAN代表の髙岡が、児童虐待防止に取り組むことになったきっかけや原体験は何だったのでしょうか。学生時代や児童相談所で働いていた当時のことなどを振り返りながら、逼迫する児童虐待対応の現場の現状もお伝えします。

髙岡昂太/Kota Takaoka
教育学博士、臨床心理士、公認心理師、司法面接士。
児童相談所や医療機関、司法機関において、15年間、虐待や性暴力などに対する臨床に携わっている。
2011年千葉大学子どものこころの発達研究センター特任助教、学術振興会特別研究員PD、海外特別研究員(ブリティッシュコロンビア大学)を経て、2017年より産業技術総合研究所人工知能研究センター所属、主任研究員。2020年3月に株式会社AiCANを立ち上げ、2022年4月から同社CEOに就任。

ご飯のために売春していた東南アジアの幼い女の子

――髙岡さんは、児童相談所での臨床経験をいかして研究やサービス開発をしていますが、そもそもこの分野を目指そうと思った原体験について教えてください。

私は、いわゆる「キレる17歳」(※)世代と言われた1982年生まれなんです。私自身は17歳の頃、サッカーに夢中になって「どうすればレギュラーが取れるか」ばかりを考えていましたが、報道で神戸連続児童殺傷事件や西鉄バスジャック事件の加害者が同年代だと知ったときは、衝撃を受けました。

※「キレる17歳」…2000年前後に起こった神戸連続児童殺傷事件をはじめ、凄惨な事件の加害者が当時17歳前後の少年たちだったことから、マスコミを賑わせた言葉。

事件が起こった理由に興味が湧いて犯罪心理学関連の本を読み始めたところ、「犯罪者の8~9割は虐待を受けた経験がある」といった記述がありました。犯罪心理学をきっかけに心理学全般に興味を持つようになり、大学ではより多くの人の役に立てる臨床心理学を学んだんです。でも、実は最初はあまり勉強をしたくなくて(笑)、バイトをたくさんかけ持ちしてお金を貯めては、海外に行ってバックパッカーをしていました。

写真:Wanaporn Yangsiri on Unsplash

そんな生活を続けていたあるとき、東南アジアで8歳ぐらい現地の女の子がやってきて、「私を買って。買ってくれないと家族のご飯が買えないの」と言ってきたことがあったんです。当時、私は19歳です。その女の子の後ろには親御さんと思われる大人が控えていて、遠くから指示を出しているようでした。私は戸惑いながら「No(無理だよ)」と断ったんですが、私の後ろを歩いていた欧米の旅行者は「OK」と言い、その女の子を連れて行ってしまったのです。

その光景を見たときに、私がそれまで当然と思っていた「子どもを守る子育て」と全く違うことにショックを受けるのと同時に、情けなさを感じました。そして、私に何ができたんだろうかと考えました。あの日、なんとかして売春を止めたとしても、あの家族は食べるために同じことを繰り返したでしょう。少しのお金を渡したとしても、すぐに帰国する私にはそれから先、何のサポートもできません。こういう問題は、仕組みとして解決しないといけないと強く思ったんです。

帰国後、私は児童相談所のケースワーカーとして働いたり、医療機関の精神科インターンをしたりと、臨床経験を積みました。そして、傷ついた子どもたちをみるたびに、熱意ある仲間と出会うたびに、「何とかしないと」という想いは強まっていったんです。

虐待対応の現場では、基準や正解がわからず葛藤

――児童相談所でケースワーカーとして働く中で感じたギャップや葛藤などはありましたか?

ありましたね。まず、児童相談所の所長によって、同じようなケースでも「保護する」「保護しない」が変わってくるような、属人的な側面がありました。また、この仕事を始めるときには、子どものための仕事なので「みんなが児童相談所に協力してくれる」前提で考えていたのですが、学校をはじめとした関係機関の協力が得られず、対応に困ることがありました。

人手不足のため、想像以上に現場も逼迫していました。耐えられなくなった同僚が辞めていき、新しい人員は補充されず、さらに逼迫する、という悪循環も。人の命に関わる責任の重い仕事なので、なんとかがんばるのですが、がんばっても追いつかず、砂漠に水を撒いているような感覚です。ここでもやっぱり、「仕組みから変えていかないと」と思いました。

虐待被害を受けた子どもたちと接している中でも、何が正解なのかわかりませんでした。例えば、似た条件で一時保護をした未就学児のAくんとBくんがいたのですが(個人情報保護のため、事例は様々な事例を混ぜた上での架空のエピソードです)、Aくんは私に、「もう逃げたいと思っていた。保護してくれてありがとう」と言いました。一方、Bくんは「お兄ちゃんはどうして僕を保護したの。お母さんを捕まえればいいのに」と言ったんです。また、Bくんは同時に、「お母さんが好きだから、お母さんに会いたい」とも言ってました。「二人の何が違うんだろう」「もっといい支援はないのかな」と考えつつ、答えが出ず、モヤモヤしていました。

今だったらもっと多角的に検討できますし、子どもは機械やデータではありませんから、同じ条件でも反応が違うのは当たり前だと思えます。でも、経験年数が浅いとなかなか視野を広げられないものですね。

――そうした現場での葛藤が、AiCANサービスの開発に活かされているんですね。臨床経験を積みながらも、ずっと並行して研究もしていたんですよね。


はい。現場の方からは「研究の人なんですね」と言われ、研究の人からは「現場の人なんですね」と言われ、ちょっと居場所がないなと思うこともありました(笑)。でも、同時並行で進めることで、見えてくるものがあるんです。現場側も研究側も、「子どもの安全のため」という想いは一緒なのですが、互いの知見が活かされておらず、すれ違っているような感覚があります。両方の立場がわかるからこそ、何とかしたいという想いもあります。

先人たちの知見を循環させたい

――AiCAN創業前に「AI×ビッグデータで、子どもを虐待から救う!」というプロジェクトを始めていますが、AIやデータを活用しようと思ったきっかけは何だったんでしょうか。

研究の一環で海外に行く機会も多かったのですが、向こうでは効果的にデータを活用して児童虐待防止対策に活かしていました。当時、ディープラーニング(※)という技術が登場したばかりの頃です。海外の事例を聞きながら、日本でもデータをうまく活用できないかな…と漠然と考えるようになったんです。

※「ディープラーニング」(深層学習)…機械学習のひとつで、2000年代~2010年代に普及した。AI(人工知能)の発展を支えている。人間が行うタスクをコンピュータに学習させる手法で、大量のデータから自動で特徴をみつけることができる技術のこと。

また、ちょっと関係ない話に思えるかもしれませんが、実は私の妻は魚をすごく綺麗に食べるんです。

――本当に関係がなさそうですが大丈夫でしょうか…(笑)?

大丈夫です(笑)。データ活用に興味を持ち始めたころ、ちょうど結婚したばかりのタイミングだったのですが、「どうしてそんなに魚を綺麗に食べられるの?」と妻に聞いたことがあります。「瀬戸内出身で魚をよく食べてきたから」というのもあるんですが、「せっかくいただいたものだから、感謝しながら食べて、循環させないといけない」と言われたんです。

それを聞いたときに、「あっ、これは児童虐待防止対応のデータの活用と一緒だな」とピンと来たんです。これまで児童虐待対応をしてきた人たちが一生懸命学び、汗や涙を流しながら積んできた経験は、ぜひ次の人たちが活かせるようにしたい。先人たちの知見を集めて言語化し、標準化されたデータにする。それを自動的に学べるような仕組みができれば、人手不足の状況下でも循環して次に繋がる、と思いました。集めたデータは、より多くの子どもたちを救うための研究にも活かせます。こういった循環をエコシステムとして作りたい! と思ったのがプロジェクトの発端です。

ーーそうだったのですね! その後、会社としてAiCANを立ち上げたのは、どういった経緯からだったのでしょうか。

2013年に、児童虐待対応に課題を抱えていた三重県からお声がけいただいて、データを利活用した児童虐待対応を担当する機会をいただいたんです。現場の職員の方々にデータを集める意義をご説明するところからのスタートでした。中には、「データなんかで自分たちの仕事を測るな」とか「忙しい現場に研究に協力させるな」というご批判もありました。しかし、そうしたお声も受け止めながらデータを集めて定期的にフィードバックを繰り返し、データの活用や研修を行うにつれ、徐々に現場にポジティブな変化がみられるようになっていったんです。手ごたえを感じ、この取り組みを他の自治体にも広めていきたいという想いが強まりました。そのためには、研究費や助成金、補助金だけで一時的に取り組むのではなく、ビジネスにすることで自走できる持続的な取り組みにする必要があると思ったんです。

当初は、ほかの事業者にプロダクトをお渡しして、開発を含めて依頼することを考えました。でも、数十社と面談する中で、児童相談所の現場の想いや、「子どもが安全に過ごせる未来をつくりたい」という将来像に関心を持っていただける事業者が見つからなかったんです。「だったら自分たちでやろう!」と一念発起して、立ち上げメンバーとともに創業しました。


根本的な人手不足と保護者対応・連携の難易度の高さ

――児童虐待対応の現場の逼迫度合いについて、データや現場をみてきたご経験を踏まえて教えてください。

全国の児童相談所を調査すると、やはり都市部ほど逼迫している傾向にあります。特に苦労しているのは、徐々に忙しくなって体制が追いついていないところですね。ケースの数というところでは、虐待対応のケース数が20~30件を超えると、すぐに動かなくてはいけない業務が増え、関係機関に調査をしに行く業務も増えるため、業務が回らなくなってくるんです。しかし、お忙しいところでは、担当者一人当たり100件を超えるケースを同時並行で持っていることもあります。

「優秀な職員ほど重いケースを割り当てられる」ことも「あるある」ですし、丁寧に調査している人ほど、なかなかひとつのケースを終結できずに苦しむこともよくあります。児童相談所は「明確な基準に基づいて対応するはず」とよく一般の方から思われるのですが、実際には担当者が考えて判断しなければいけない場面が多くあるんです。「保護」「措置」などの権限を有するものは第三者的に審議してもらえる児童福祉審議会などはありますが、在宅での対応事例のすべてを丁寧にスーパービジョンしてもらうことは不可能でしょう。現場の担当者は、迷い、悩みながら対応せざるを得ないのです。

――対応するケースの多さ以外に、児童相談所の職員の方々がどのような迷いや悩みを抱えているのかについても教えてください。

はい。代表的なお悩みをご紹介します。

悩み(1):思うように調査ができない

AI倫理の今と未来。児童福祉×AIシステムの在り方」でもお話した通り、子どもがお話できないこともよくありますし、調査が進まないことはよくあります。担当者としては虐待の可能性が高いんじゃないかと思っていても、根拠を提示できず、在宅に戻さなきゃいけないこともあるんです。助けたいという想いが強いだけに、無力感にさいなまれます。

悩み(2):保護者対応の負担が大きい

保護者から怒鳴られることや、ドアを開けてもらえないこともあります。最近では、面会・訪問に来た職員をスマートフォンなどで録画し、動画共有サイトで配信されてしまうことも。おまけに、こういった行為に対しては、個人で行動を起こさない限りは法的に守られていない現状があるんです。必死に対応を続ける中で、個人情報を晒された不安・恐怖に怯える職員の方のことを思うと、やりきれません。

悩み(3):他機関との連携がうまくいかない

連携の多い機関のひとつに学校や幼稚園・保育園がありますが、学校や幼稚園・保育園との調整難易度は高いです。例えば、虐待の通告者が学校だということをふせても、保護者が気付いてしまうことはよくあります。それに関して児童相談所が学校から責められることがあるんです。また、「保護者から責められたくないから」と学校が通告自体をしぶるケースもあります。児童相談所としてはルールを守って対応していることや、虐待の疑いがある場合の通告は法律で義務付けられていることなどをご説明しても、なかなか理解してもらえません。海外とは異なり、「認識していながら通告しなかった」場合の罰則規定がないことも影響しているように思います。

また、一時保護をしたあとは、基本的には「自宅に戻る」もしくは「児童養護施設に入る」ことが多いのですが、自宅に戻ることが決まると、「手に負えないから地域に戻さないでほしい」「通告したんだからあとは児童相談所ですべて対応してほしい」「子どもが死んだらどうするんだ」と言われることも。児童相談所としてはより深刻なケースもふくめて数百件抱えているのですが、学校にとっては「重い1件」なので、なかなか理解してもらいづらい現状があるんです。

悩み(4):キャリアアップの道筋が見えづらい

児童相談所の職員は、専門性をどう磨き、どうキャリアアップしていけばいいのかわからないという悩みもあります。過重労働によって心身に異常をきたすことや、いまだにサービス残業を強いられているケースもあり、2~3年程度で異動・退職をされる方が多いんです。その結果、職場の知見はなかなか共有されないまま、残された人に負担が増えていき、結局その方も退職、という悪循環に陥っています。

実は、海外で児童虐待対応をしている方は経験と学術の観点から専門性のキャリアラダーがあり、経験を積めば各分野のスペシャリストになることもできるのですが、日本ではそういった道筋を描けない現状があります。新卒で職員になることもあり、2~3年目ですでに中堅職員のような扱いになっています。今後のこども家庭ソーシャルワーカー国家資格についても、座学だけでなく、いかに技術面の専門性を上げられるのか、そのための研修プログラムがどのように組まれていくのか、注目していく必要があります。

――ありがとうございました。次回は、こうした逼迫した現場にAiCANサービスを導入することでどのような変化があるのか。具体例を交えながらご紹介します。

※本記事は、2023年11月時点の取材をもとに制作しています。
(取材・執筆 藤澤佳子)

※本記事は、2023年12月30日掲載弊社サイトコラムからの転載です。

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