全国約28,000台のATMを展開する株式会社セブン銀行。安定した事業基盤を持つ一方で、将来的な市場変化を見据えた新たな収益の柱を模索する中、同社が新たに取り組んでいることのひとつが、社内発の新規事業創出です。ボトムアップ型のアイデア創出と実行を支えるため、社内ビジネスコンテストの制度設計から運用フェーズまで、seeinkが支援させていただきました。
今回は、同取り組みを推進したセブン銀行の岩田 大生様、松岡 真司様と、本プロジェクトを主導したseeink代表の日比野による対談を通じ、ビジネスコンテスト設計の背景や課題、新規事業への意識変化、外部支援の意義について伺いました。
▪️目的
・既存事業の将来的なリスクに備え、第二の収益柱を確立する
・ボトムアップ型の事業開発環境を構築する
・社内ビジネスコンテストを制度化し、事業開発プロセスを整備する
▪️課題感
・既存事業のイメージが、新たな挑戦の壁になっていた
・「次に何をすべきか」が分からず、事業化につながらない状況が続いていた
・ビジネスコンテストを設計・運営する知見が不足し、外部パートナーが必要だった
▪️効果
・勉強会の実施から新規事業アイデアの創出、評価まで一貫したプロセスを実現した
・「課題設定の重要性」や「チームアップの意義」など、実践を通じた学びが深まった
・伴走支援により参加者の不安が軽減され、9割から「役に立った」との回答が得られた
事業ポートフォリオの課題意識が新規事業の原動力に。社員の声をボトムアップで形にする仕組み作り
株式会社セブン銀行 セブン・ラボ CX推進グループ 調査役 岩田 大生様
日比野:セブン銀行が新規事業の創出に力を入れている背景についてお聞かせください。
岩田:セブン銀行は「セブン‐イレブンにATMがあったら便利なのに…」というお客さまの声から生まれ、2025年現在、全国に展開するセブン‐イレブン店舗やイトーヨーカドーといった商業施設などに全国約28,000台のATMを展開しています。24時間365日稼働といったインフラとしての信頼性の高さやATMの多機能化によってお客さまにとっての利便性を向上し続けており、ATMの総利用件数も伸びています。
一方、生活様式の変化として現金利用が減り、今後ATMでの現金入出金需要が減っていくことは明らかです。
こうした課題意識は社内でも認識されており、ATMをあらゆる手続き・認証の窓口として「+Connect」(プラスコネクト)サービスを提供するなど、従来のATMの概念に捉われない新規事業の創出に力を入れていきたいと考えています。
日比野:貴社のビジネスコンテスト「LAYUP(レイアップ)」も、新規事業創出の文脈の一環として位置付けられているのでしょうか?
松岡:その通りです。以前から「トップダウンではなく、ボトムアップで新規事業を作る仕組みが必要だ」という声が社内から上がっていました。私自身も同じ意見でしたので、社内で眠っていたアイデアや声を形にできる場として、ビジネスコンテストを立ち上げることになったのです。
日比野:弊社とお取り組みしているクライアントの中でも、セブン銀行さんはかなり先進的な取り組みをされている印象があります。ボトムアップでの事業創出だけでなく、オープンイノベーションとの連携、ピッチイベントへの積極的な参加など、文化として「新しい事業に力を入れていこう」という土壌が醸成されていると感じています。
アイデア出しに留まっていたワークショップ。事業化まで進められなかった課題とは
株式会社セブン銀行 セブン・ラボ CX推進グループ 副調査役 松岡 真司様
日比野:今回のビジネスコンテストに至るまでに抱えていた課題についてお聞かせください。
松岡:私が在籍する前から、CX推進グループでは年に1回程度の頻度でアイデア創出ワークショップを開催していました。ただ、そこから出てきたアイデアが実際に事業化されたケースはなく、アイデアを出すことが目的化していたように感じています。そのため、良いアイデアは出ても実行に移すフェーズまで至らないことが常態化していた点が、当時の大きな課題でした。
日比野:アイデアが事業にならなかった背景には、どのようなボトルネックがあったのでしょうか?
松岡:最大の要因は「次に何をすべきかがわかっていなかった」ことです。アイデアを出した後、何をするべきか、どう進めるのか、ワークショップ参加者も私たちも明確に理解していなかった。だからこそ、今回の社内ビジネスコンテスト「LAYUP」では、フェーズごとに設けた「ゲート(関門)」で進捗や成果物を評価し、次のステージに進めるかどうかを判断する仕組み、つまり「ゲート管理」を取り入れ、「いま何をすべきか」が明確になるよう仕組みを整えました。
岩田:私も過去にワークショップに参加しましたが、アイデアを提出しても「良いね」で終わってしまい、「この後どう進めたらいいんだろう」と戸惑っていました。自分で何とかするしかない、という空気が強く、事業化まで進められる土壌までは出来上がっていなかったように感じています。
日比野:経営層からは新規事業のアイデアに対して、どのような要素が求められていましたか?
松岡:売上目標や黒字化の年限といった具体的な数値目標は、現時点では設けていないものの、やはり一定の規模感を求める意識はあります。数億円規模でも構わないので、「ATMに依存しない収益の柱」になりえる新規事業が求められていると感じています。
正解がない新規事業だからこそ求められた、客観性と専門性
日比野:ビジネスコンテストの実施にあたって、外部パートナーを求めた背景をお聞かせください。
松岡:私自身、新規事業のコンサルティング経験こそありましたが、社内制度としてのビジネスコンテストを設計するのは初めてのことで、社内にもその知見を持つ人がいませんでした。社内ビジネスコンテストは私自身がやりたいと提案したものですが、客観的に壁打ちしてくださる外部の専門家が必要だと感じました。
日比野:外部パートナーには、どのような観点や知見を求めていたのでしょうか?
松岡:最も必要としたのは、ビジネスコンテストの具体的な事例や、設計・運用の経験です。ご紹介経由でご提案いただいたseeink社からは、初回の打ち合わせから設計資料に対して「ここはこうした方が良い」と具体的な指摘をくださり、その視点が非常に理解しやすく、今後も支援をお願いしたいと感じました。
岩田:私は新規事業への経験が浅く、各フェーズごとに何をすればいいのか、設計のイメージすらありませんでした。そのなかで「こういったケースがあります」と日比野さんに具体的なイメージを示していただけると不安なく前に進めますし、つまずきそうな箇所を事前に示していただけるのも非常にありがたいと感じました。
松岡: seeink社をパートナーに選んだポイントは当初から、私が提示した設計に対して的確な改善案を示してくださり、「この方々となら、良いビジネスコンテストが作れそうだ」と考えたのが決め手です。事例の豊富さとアドバイスの質、この2点がポイントでした。
ただその一方で「社内のリソースだけで対応できるのでは」との指摘があったのですが、私としては参加者のためにも、第三者の専門家から客観的な意見を受けることが必要だと判断していました。新規事業に正解はない以上、外部の視点を加えることでより納得感ある進め方ができると信じていました。
勉強会やチーム制をプログラムに導入。新たな気づきだけでなく、参加者から評価の声
日比野:今回の取り組みでは、2024年8月頃に初回提案させていただき、10月から12月にかけてプログラム設計を進め、2025年2月から運用フェーズに入りました。2月以降に実施いただいたビジネスコンテストでは、大きく5つのフェーズごとに進行しています。
松岡:フェーズ1では、社会課題や日常の違和感を起点にアイデアの種を考えるところから始まりました。続くフェーズ2では、仮説となる課題やターゲットが実在するかどうかを検証し、フェーズ3でその課題に対するソリューションの有効性を確かめていきます。その後、フェーズ4で機能設計やプロトタイプ開発を進め、フェーズ5で販売戦略や収支計画を含めた事業化の準備を整える流れです。
日比野:注力したポイントとして、将来的に活かせるようにビジネスコンテストとしてのテンプレート設計、より具体的には抜け漏れのない審査項目とすることでした。たとえば「事業アイデアの評価基準を明確に定義すること」や「一人ではなく、チームアップを必須とすることで起案者のエンゲージメントを高める仕掛け」は、他社事例を踏まえて意識的に組み込んでいます。
松岡:もともと私はチーム制にはやや否定的で、複数名になると動きにくくなるのではと懸念していました。しかし、そもそもビジネスコンテストの設計についてさまざまな観点から議論できたこと自体が有意義なもので、新たな気づきが多くありましたね。
日比野:ビジネスコンテストの一環として勉強会も実施いただきましたが、どのように評価いただいていますか。
松岡:当初、私は勉強会の必要性を感じていませんでした。しかし実際に実施してみると、アイデアの起案者が次に何をすべきかを具体的に理解するうえでとても有効であり、さらに参加者とメンター間に共通言語があることでメンタリングの質が向上したと感じています。また資料や動画をベースに、起案者が自発的に検証設計やヒアリング項目を準備するようになったのも、大きな成果です。
岩田:ペルソナの設定からヒアリングの設計まで、体系立てて理解できるフレームを共有できたのは効果的でした。検証のプロセスもステップ化されていたため、起案者も迷いなく進めることができたと思います。
日比野:ビジネスコンテストでは参加者の壁打ち相手としてもサポートさせていただきました。
松岡:フェーズ1のアイデア創出のタイミングで、seeink社の方々に壁打ち相手として入っていただきました。実際の参加者からは「とても助かった」という声が多く上がっています。特に「なぜこの課題を選んだのか」という構造整理の問いかけが特に評価されていて、手段先行に陥りがちなアイデアを、本質的な動機から見直すきっかけになったと思います。
ビジコン支援によって審査に通過するアイデアを生み出し、9割が「役に立った」と回答
日比野:ビジネスコンテストの取り組みの成果として、定量的に見えてきた数字や効果はありますか?
岩田:初期段階では18名が参加し、14件の事業アイデアが審査会に進みました。そのうち9件が通過し、さらにフェーズ2で4件が残っています。アンケートによると、メンターのサポートが「非常に役立った」「役立った」と回答した参加者は全体の9割に上り、プロジェクトへの参加が通常業務に「良い影響を与えている」との回答も8割を超えていました。
松岡:定量的な評価として良い数字が出ている一方、社内の上層部から具体的なフィードバックはこれからです。ただ、現場の参加者からの声や進捗を見る限りでは、一定の手応えを感じています。
日比野:もし私たちの支援がなかった場合と比べて、プログラムの質や進行にどのような差が生まれていたと考えますか?
岩田:私自身に新規事業の進め方の知見がそれほどあったわけではないので、研修資料の設計や起案者のフォローには限界があったと思います。特に私がメンターとして担当したチームでは専門領域に詳しい方の支援が不可欠で、seeink社の方々の存在は大きかったです。もし支援がなければ、参加者の不安や不満も大きかったと思います。
松岡:勉強会や審査項目の検討など、「やってみて良かった」と思える施策が多く、試行錯誤の中で将来的な選択肢を増やせたこと自体が成果だと捉えています。社内の議論を生み出すためにも「まずはやってみる」という姿勢が活かされた取り組みだったと感じています。
既存事業の強みを活かしつつ、次の事業の柱を育てる環境づくりへ
日比野:新規事業の創出について、今後の展望をお聞かせください。
松岡:ATM事業は、セブン銀行にとって重要なアセットです。しかし、既存事業だけの一本足では、変化と競争が激しい市場環境においてはリスクが高まるばかりです。もちろん既存事業を活かしつつも頼りきりにならず、セブン銀行らしい新規事業のアイデアがボトムアップで継続的に生まれる環境を整えていきたいですね。
また、新規事業への取り組みが社員のモチベーション向上につながる仕掛けにも取り組んでいきたいと考えています。社内には「EX10」という、業務の10%をイノベーション活動に充ててよいという制度があり、このビジネスコンテストもその評価対象に含めることを人事部と合意しました。ただ、それが本当にモチベーションにつながっているかをまだ確認できているわけではないので、今後はさらに社員のモチベーション向上になる仕組みも作っていきます。
日比野:私たちseeinkへの期待についてお聞かせください。
松岡:私自身、新規事業に対してさまざまな考えがありますが、もちろん常に正しいとは限りません。私の意見に対して、第三者の異なる視点から「こちらのほうが良いのでは」と否定的な内容であっても論理的なフィードバックをもらえると、とてもありがたいですね。
日比野:seeinkの支援は、どのような企業にお勧めできるでしょうか?
岩田:新規事業をやりたいが、どう進めればいいか分からない企業には合っていると思います。アイデア創出から実行フェーズまで、体系立てた設計とメンタリングを通じて伴走してもらえるのは大きな支えになりますね。