子供の頃からお気に入りで金曜ロードショーでよく見ていたスタジオジブリの『風の谷のナウシカ』。大人になった今でも好きな映画ですが、図らずも「風の谷」についてジブリの作品以外でじっくりと考えさせられる書籍と出会いました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/風の谷のナウシカ_(映画) https://www.amazon.co.jp/ワイド判-風の谷のナウシカ-全7巻函入りセット-「トルメキア戦役バージョン」-アニメージュ・コミックス・ワイド版/dp/419210010X
『イシューからはじめよ』で有名な安宅和人氏が今年7月に発売された『「風の谷」という希望──残すに値する未来をつくる』(英治出版)という書籍です。前著となる『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』 (NewsPicksパブリッシング)を読み、インスピレーションをいただきました。
今の時代だからこそなんとも読み応えるのあるこの本についてわたしたちの問題意識にも触れながら紹介します。
『「風の谷」という希望』の要約
『「風の谷」という希望』は、7年半の歳月と100人以上の専門家・実践者の知恵を結集した、総ページ数900ページ超、重量1キロを超える大著で、見た目の時点で重い。単なる書籍ではなく、未来への「アーティファクト(工芸品)」と呼ぶべき書籍です。以下はざっくりとした要約です。
第1部:問題の正体を明らかにする新しい地図
著者は「都会 vs 地方」という二項対立を超えて、「疎空間」という新しい概念を提示する。これは国土の約4分の3を占めながら、人口はわずか1%しか住んでいない「人口密度40人/km²以下の土地」を指す。
現代社会は「地球との共存」(気候変動、災害)と「人口調整局面」(人口減少によるシステム崩壊)という2つの危機に直面しており、この二つの危機が最も先鋭化して現れる場所が「疎空間」である。
第2部:ビジョンと基本原則
「風の谷」構想は、テクノロジーを駆使した「生産性の高い田舎」を目指すもので、過去への回帰ではなく未来への跳躍を目指している。
このビジョンを支える4つの柱:
- エコノミクス: 経済的自立
- レジリエンス: 災害などのショックに対する強靭さ
- 求心力: 人々を惹きつける魅力
- 文化・価値創造: 長期的な視点での文化醸成
そして5つの基本原則:
- テクノロジーは目的ではなく手段である
- 「よい場所」が「よいコミュニティ」に先立つ
- 10の領域を統合的に編み直す
- 人間的な小スケールから発想する
- 数百年続く運動論として捉える
第3部:谷を築くための設計図
具体的な設計内容:
- 自然とインフラ: 「森の4層構造」で人と自然の関わりを再定義し、「逆土木」「ほぐす土木」で過剰なインフラを解体・緩和する。
- エネルギーとヘルスケア: 「電光迷彩棚田」などの多機能発電システムと、空間全体に健康を促進する要素を埋め込むデザイン。
- 人と知: 予測不能な時代を生き抜く「サバイバリスト」や自らの「偏り」を強みとする「カタヨリスト」を育てる新しい教育。
- 文化とデザイン: 「熟成」(時間による深み)と「発酵」(外部との化学反応)を促し、「ぶどう型」の空間構造で「三絶」(絶景・絶生・絶快)を追求する。
第4部:次の200年への運動
「風の谷」は一人の天才や一代の努力で完成するものではなく、「数百年続く運動論」として位置づけられる。著者は「谷化」の5段階というロードマップを示し、最後に誰もが今日から始められる「土地読み」や「種を見つける」といった具体的なアクションを提示する。
『「風の谷」という希望』を読んだ感想
「風の谷」とは何か ― 過密と過疎を超えた新しい社会構造
「風の谷」というキーワードが頻発していますが、そもそも何を示しているのでしょうか?
今の日本社会を「極端に密な構造(過密社会)」としたときに、都市に人・情報・経済が過度に集中すると、一方で地方は空洞化します。この"過密と過疎の二極化"が、社会の柔軟性を奪い、人々の幸福感までも削り取っていると言及されています。
ここでいう"風の谷"とは、ただの地方や自然豊かな土地を指すのではありません。それは、人と自然、テクノロジーと共同体、疎と密が調和する空間の象徴です。ナウシカの世界を借りるなら、それは「過剰な文明の崩壊を経た後に残る、人の再生の場」です。言い換えるならば"イケている開疎空間"であり、ここでいう「開疎空間」とは、物理的に人が少ない場所でありながら、知識や文化、経済活動がデジタルを通じて豊かに広がる"新しい社会圏"を意味します。
都市のように人を集めることで価値をつくるのではなく、"分散とつながり"によって価値を生み出す社会構造。それが、安宅氏の示す"風の谷"の本質です。
4つのイシュー:いま、私たちが解くべき課題
安宅氏は、この新しい社会を築くうえで、今解くべき「4つのイシュー」を挙げています。
- 経済のあり方の転換です。規模や効率ではなく、「関係性」と「共創」に価値を置く経済への移行が求められています。
- インフラと制度の再設計。大量供給型の土木構造を見直し、必要最小限の"逆土木"へと転換することです。
- 教育と文化のアップデート。知識の伝達ではなく、問いを立て、共に考える教育への変革が必要です。
- 多様性と共生の再構築。サンゴ礁のように、多様な存在が共存する社会モデルの構築が求められています。
特に印象的だったのは、彼が提唱する「逆土木(Reverse Civil Engineering)」という考え方でした。私たちが開発するMiraiE.aiは高度経済成長期のように広げていくのではなく、人口減少に合わせて撤退・再構築のオプションを出していきたいと考えており、とても共感するところがありました。従来の"整備し尽くすインフラ"から、"自然と共生しながら最小限で最大の機能を生む"ミニマルかつ適応的なインフラ設計へと発想を転換すべきだと語ります。
「サンゴ礁モデル」:共存と拮抗が生み出す持続性
安宅氏はさらに、「サンゴ礁モデル」という比喩で社会の理想像を描きます。サンゴ礁は、無数の生命が拮抗しながらも全体として豊かな生態系を保つ空間です。同様に、人・企業・行政・自然がそれぞれの役割を持ちながら、お互いに依存せず、しかし連携し合う社会構造こそが、これからの時代の「強い社会」だと説きます。
この考えは、単なる理想論ではありません。日本各地で進む人口減少やインフラの老朽化に対し、「一極集中で支える」構造の限界を示す現実的な処方箋でもあります。
「未来を設計する」という発想
安宅氏の講演で繰り返し語られるのは、"未来を悲観せず、構造として設計し直す"という姿勢です。未来は「誰かが決めるもの」ではなく、私たち自身が選び、つくるもの。そのためには、社会・制度・技術・文化の各層を、100年・200年スパンで再設計する視点が必要だと語ります。この「未来を設計する」という発想こそ、マイクロベースが共鳴する根幹です。
マイクロベースの理念との共鳴
マイクロベースが掲げる理念は、「将来の世代に負の遺産を残さない」こと。それは、環境やインフラ、制度や教育の歪みを次世代に押し付けないという意思です。そしてそのために私たちは、問題が起きてから対処する「事後対応」から「事前予防」への転換を目指しています。
安宅氏の語る「風の谷構想」は、まさにそのビジョンを社会スケールで描いたものです。疎空間(地方)を未来の希望の場に変えるためには、リスクを事前に察知し、構造を柔軟に再設計する力が必要です。
わたしたちの理念については下記の記事をご覧ください。
https://www.wantedly.com/companies/company_2609139/post_articles/1013487
MiraiE(プロダクト)で「風の谷構想」を実現する
マイクロベースが開発するAIソリューション「MiraiE」は、将来起こり得る社会リスクやインフラ劣化、人口変動をミクロな単位で予測・可視化することで、未来を"見える化"するための仕組みです。さらに、生成AIによるデータ構築基盤「MiraiE Structify」は、自治体や企業が抱える膨大な文書・図面・帳票を自動構造化し、AIが社会課題を分析できる「知の基盤」を提供します。
これらの技術は、まさに"風の谷構想"の実現に向けた「現実的なエンジン」です。AIによって地域の未来像を可視化し、人とデータと行政が共に動ける社会をつくる――それが、マイクロベースが目指す「未来を設計する」取り組みです。
まとめ ― 未来を悲観ではなく、設計する
安宅氏が語る「風の谷」という希望。それは、過密社会の限界を超え、人と自然と技術が共生する"新しい風の通る社会"への呼びかけです。マイクロベースはその思想に共鳴し、AIとデータの力で、その「風の谷」を現実に設計していく。「将来の世代に負の遺産を残さない」――それは、風の谷が吹く未来を、いまここから創るという決意でもあります。
いかがでしたか?ご興味を持たられたらぜひお手にとってみてくださいね。
▶ 参考
📺 安宅和人『風の谷という希望/今解くべき4つのイシュー』
書籍の概要・目次(英治出版より引用) https://eijipress.co.jp/products/2350
「都市集中」は人類の必然なのか?
「このままでは歴史ある自然豊かな土地が打ち捨てられ、都市にしか住めない未来がやってくる……」
突如、著者を襲った直感は、専門を越えた仲間との7年にわたる膨大な検討を経て、壮大なビジョンと化した。
自然(森)、インフラ、エネルギー、ヘルスケア、教育、食と農……これらをゼロベースで問い直したときに見えてきた、オルタナティブな世界とは。
数十年では到底終わらない運動のはじまりを告げる圧巻の一冊。
『イシューからはじめよ』の著者が人生をかけて挑む解くべき課題〈イシュー〉。
▼目次
第Ⅰ部 風の谷とは何か
第1章 問題意識と構想
第2章 人類の2大課題
第3章 マインドセットとアプローチ
第Ⅱ部 解くべき4つの課題
第4章 エコノミクス
第5章 レジリエンス
第6章 求心力と三絶
第7章 文化・価値創造
第Ⅲ部 谷をつくる6つの領域
第8章 人間と自然を調和させる──森、流域、田園
第9章 空間構造の基盤:インフラ──道、水、ごみ
第10章 人間の活動を支えるエネルギー
第11章 ヘルスケア──肉体的・精神的・社会的健康
第12章 谷をつくる人をつくる
第13章 食と農──育てる、加工する、食べる
第Ⅳ部 実現に向けて
第14章 谷の空間をデザインする
第15章 風の谷という系を育む