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【大阪支社長インタビュー】「後輩に教えることで、自分が成長する」。西日本の“才能の架け橋”を築く、人情派リーダーの挑戦
「自分が今できることを後輩ができるようになれば、必然的に自分は次のステージに上がれる」
株式会社ヒトキワの大阪支社長、田中は、自らの成長哲学をそう語る。彼の原点は、幼少期から打ち込んできたサッカーと、体育会系の焼肉店でアルバイトを経験。そこで叩き込まれた「チームで成長する」という原理原則は、今、彼が率いる大阪支社の文化の根幹となっている。彼のユニークなキャリアと、ヒトキワでしか描けない未来像に迫る。
田中 輝明 / 大阪支社長
近畿大学経済学部卒。新卒で通信系のOA機器販売会社に入社し、7年間個人営業の世界でトップクラスの成績を収める。その後、代表の金子との再会を機に、株式会社ヒトキワにジョイン。大阪支社の立ち上げ責任者として、西日本エリアの事業拡大と組織づくりを牽引している。
「後輩に教えることで、自分が成長する」。部活とアルバイトで学んだ、成長の原理原則
ーーまず、田中さんのユニークな価値観の原点についてお聞かせください。
ベースになっているのは、小学校からずっと続けてきたサッカーと、大学時代の焼肉屋でのアルバイトですね。どちらも仲間とワイワイやる感じで、先輩との付き合い方とか、チームで何かをやるっていうのは、そこで自然と学びました。特に、アルバイト先で教わった考え方が、今の仕事にもすごく活きています。
ーー具体的に、どのような学びがあったのでしょうか?
そのお店では洗い場から始まって、肉場、スープ場と、ポジションが明確に分かれていました。そこでのルールが「自分の仕事を後輩に全部教えきらないと、次のポジションにはいけない」っていう、すごくシンプルな仕組みだったんです。なので、自分のことだけやってても、全然ダメなんですよ。上に上がりたかったら、まず後輩に自分の仕事を全部できるようになってもらわないといけない。自分が持ってるコツなども全部教えて後輩を育てることで、自分のいる場所を「空ける」。それが、上に上がるための唯一の道でした。
ーーその経験から、何を学ばれましたか?
「上に立つ」って、ただ偉くなることじゃないんだなって思いました。ポジションが上がると、できることの範囲が広がって、任せてもらえることも増えて、チーム全体に影響を与えられるようになる。後輩を育てることは、一見遠回りに見えるけど、実はそれが自分が一番早く成長できる近道なんだ、と気づきました。
7年間の“新規開拓”で見えた壁。成果が正当に評価される場所を求めて
ーー大学卒業後は、通信系の営業職としてキャリアをスタートされたのですね。
学生時代は、正直に言うと将来やりたいことが明確に決まっていませんでした。実家が自営業だったこともあり、親からは「安定した会社がいい」と言われていて。なので、就職活動では、知名度のある大手企業を中心に見ていました。
また、どんな環境でも、やるからには一番上を目指したい、という気持ちは昔からありました。入社後は、テレアポや飛び込みでの新規開拓からクロージングまで、営業の全てを一人で完結させる世界。非常に厳しい環境でしたが、学生時代までに培った体力と精神力には自信がありましたし、「どうすれば成長できるか」を自分なりに考える場として、夢中で仕事に取り組みましたね。
ーーその仕事の、面白さと難しさはどこにありましたか?
面白かったのは、自分の介在価値が、お客様の課題解決と、会社の売上という二つの「数字」にダイレクトに反映されることでした。自分の工夫一つで大きな数字を動かせることに、大きなやりがいを感じました。
一方で難しかったのは、その成果をチームで分かち合う機会が少なかったことです。契約サイクルが7年と長く、常に孤独な新規開拓を続けなければならない。仲間を育て、チーム全体でステップアップしていくような一体感や、社内での正当な評価が得られにくい環境に、次第に物足りなさを感じるようになりました。
旧友との再会、そして大阪支社の立ち上げへ。事業の“安定性”と自らの“強み”が合致した、運命の決断
ーーそこから、ヒトキワへの転職を決意された経緯を教えてください。
30歳を前に、成果が正当に評価される、納得のいく会社で働きたい、と考えていた時期でした。そんな時、声をかけてくれたのが、小学校時代のサッカー仲間であり、うちの代表である金子でした。彼とはずっと繋がりはあったのですが、正直、何をしているかよく分からなくて(笑)。でも、今回ばかりは「大阪に支社を出すから、一度見に来てほしい」と。そこで初めて、彼が創り上げた組織と事業の全貌を知り、心が決まりました。
ーーかつて安定志向だった田中さんが、ベンチャーであるヒトキワに惹かれたのはなぜでしょうか?
まず、事業モデルの「成長性」と「安定性」です。私たちの扱う「人材」という無形商材のモデルは、売上がほぼそのまま利益になります。加えて、日本の人手不足は今後ますます深刻化するため、需要がなくなることはない。「この会社は、潰れることがないだろう」と、大手企業とは違う意味での事業の固さを感じました。そして、自分の「強み」を最大限に活かせると確信したからです。7年間培ってきた新規開拓の営業スキルは、立ち上げ期の大阪支社で即戦力になる。事業の成長性と、自分の強みが完璧に合致した、まさに運命的な出会いでした。
ーー大阪支社ならではのやりがいとして、地方の企業様を支援する機会も多いのでしょうか?
大阪支社が担当するエリアは、東京に比べて地方の企業様の割合が多いです。僕らが向き合うのは、何年も求人を出しているのに「応募が一件もない」と、諦めかけているような経営者の方々なんです。そんな時に、僕らが「大丈夫です。素晴らしい人材がいますよ」と強気で言える。企業のネガティブな状況を、僕らの介在価値でポジティブに変えていけるのは、この仕事ならではの大きなやりがいですね。
ーーその一方で、地方ならではの難しさや、それを乗り越えるためのアプローチはありますか?
もちろん、あります。例えば、候補者の方々の地理的な感覚の違いですね。大阪で暮らす彼らにとって、「兵庫県の神戸市」での勤務は、すごく遠くに感じてしまうことがあるんです。「大阪じゃないなら、やめます。」と。そんな時、「いやいや、電車一本で30分もかからへんで!」と、実際の距離感や通勤のしやすさを丁寧に説明して、彼らの心の壁を取り払うアプローチが必要になります。企業様側、候補者側、双方の思い込みや固定観念を解きほぐしていく。それも、私たち大阪支社の重要な役割だと考えています。
「アットホームな雰囲気を」。大阪の責任者が語る、血の通った組織論
ーー大阪支社長として、どのような組織づくりを心掛け、その中でご自身の役割をどのように捉えていますか?
大阪では、メンバーが気軽に意見を言える、アットホームな雰囲気づくりを徹底していますね。同じ事務所にいるので直接話しかけるようにしていたり、週末にあったことや給料日に買ったものまで、本当にたわいもない会話が飛び交っています。寝坊した時も、変な言い訳はせず「寝坊しました!」と正直に言える。そんな、心理的安全性の高い、風通しの良い環境を大切にしています。
その雰囲気を作るために、僕はトップと現場の間に立つ「セカンドポジション」だと考えています。東京の経営陣から降りてくる指示と、現場のメンバーのリアルな声。その両方を受け止め、調整し、チームが円滑に動くための潤滑油になるのが僕の役割です。メンバーが上に対して直接言いにくいことも、僕が代弁する。そうやって、下の意見を吸い上げ、皆が納得感を持って働ける組織を創りたいんです。
ーーメンバーが安心して働ける環境を創った上で、彼らをどのような人材に育てていきたいですか?
まずは僕がメンバー一人ひとりを育て、彼らが自立して成果を出せるように全力でサポートします。でも、そこで終わらず、今度は彼らが新しく入ってくる後輩を育てられるように、僕は「教えることを教える」んです。
一人ひとりに明確な成長の道筋を示し、誰もがリーダーになれる可能性のある組織を創りたい。メンバーには、安心して、目の前の仕事と自身の成長に集中してほしいんです。
大阪から、次世代のリーダーを。仲間と共に描く、西日本の未来像
ーー田中さんとチームの今後の目標についてお聞かせください。
個人としても、チームとしても、まずは大阪支社を東京に頼らずとも完結できる、独立した強い組織にすることです。今はまだ、営業以外の専門知識などで東京に頼る場面もありますが、ゆくゆくは大阪だけで事業が自走できる状態を創り上げたい。そのために、まずは今の僕と同じように、自ら数字を創り、チームを引っ張っていけるリーダーを3名は育てたいと考えています。
ーー最後に、この記事を読んでいる候補者の方へメッセージをお願いします。
大阪支社は、今まさに立ち上げフェーズの、面白い時期です。案件は豊富にあり、未経験からでも成果を出しやすい環境は整っています。何より、ここには、年齢や社歴に関係なく、実力と意欲次第で、組織の核となるポジションを掴み取れる、大きなチャンスがあります。
前向きに、そして泥臭く、成果にこだわる方。そして、ゆくゆくは、誰かを育て、チームを創っていくことに喜びを感じられる方。そんなあなたと、大阪から、西日本の「才能の架け橋」を一緒に創っていける日を楽しみにしています!