世界初・業界初の商品を、数多く生み出してきたシャープ。“障がい者雇用”においても、日本初の称号を得ていることをご存知でしょうか。今から81年前の1944年。戦傷を負った軍人さんたちを雇用したことから、シャープの障がい者雇用の歴史は始まります。当時「早川電機分工場」と名付けられた組織は、現在の「シャープ特選工業株式会社」へと成長。その変遷や、受け継がれてきた想い、取り組みなどを、創業者早川徳次翁の信念を以って社会貢献に取り組む、同社の代表を務める早川良次さんに聞きました。
早川 良次/シャープ特選工業株式会社 代表取締役社長
1981年、シャープに入社。財務・経理部門で約10年にわたり管理業務を担当し、情報機器のBtoB営業を経て、業界初の日本語ワープロとして知られる『書院』の企画に携わる。その後、電子部品の営業本部やテレビ・スマートフォン・車載等向けデバイス事業などを経験した後、2018年に「シャープ特選工業」の代表取締役社長に就任。現在に至る。
目次
“多様性”の意識が薄かった時代に誕生した、日本初の「特例子会社」
自分が受けた恩を世の中に返したい!創業につながるストーリーとは
働くことが喜びとなる「仕事」と「環境」を、いかにつくるか
未来を担う若者たちにも、「働く喜び」を伝えていく
ずっと長く働き続けられる、定着率の高い職場を実現するために
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“多様性”の意識が薄かった時代に誕生した、日本初の「特例子会社」
シャープ特選工業は、シャープの特例子会社としてシャープグループの様々な業務を請け負っている会社です。たとえば、電子部品の加工・検査や複合機の主要部品のメンテナンス、各種資料の印刷・製本、シャープ本社のメール室運用など、多岐にわたる業務を障がい者と健常者が連携しあいながら担っています。
特例子会社とは、企業が“障がい者の雇用促進と安定”を目的として設立したグループ会社のこと。障がいがある方々が安心して働き続けられるよう、特別な配慮をしている会社だけが「特例子会社」として厚生労働省から認定を受けることができます。この制度が設けられたのは1976年のことで、その翌年に日本で初めての認定を受けたのが、今のシャープ特選工業の前身である「合資会社特選金属工場」でした。つまりシャープが、日本の障がい者雇用の扉を開いたわけです。
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現在、従業員数106名のうち障がい者は61名(2025年5月末時点)。一人ひとりが能力を発揮できる環境の中、プロ意識をもって日々の仕事に取り組んでいるとのこと。平均勤続年数10年以上という数字が、その環境の良さの証と言えるでしょう。
早川: 当社が国内第一号となった「特例子会社」は、近年その数が急速に増え続けています。背景にあるのは、多様性への意識の高まりだけではありません。実は、障がい者の数自体が増加しているという現実があるのです。特に精神疾患がある方は、平成28年から令和4年までの6年間に凡そ1.4倍増えているというデータがあるほどです。
創業者の徳次は、自身が初代会長を務めた「大阪府身体障碍者雇用促進会」が発行したH.E.C創刊号のあいさつ文の中で、こんな言葉を残しています。『私は思う。誰も彼も幸せであるためには、誰も彼も適職を持つということである』と。これからの時代、私たち特例子会社が果たせる役割はもっともっと大きくなっていくのかもしれません。
自分が受けた恩を世の中に返したい!創業につながるストーリーとは
シャープ特選工業を語る上で、避けては通れない創業秘話があります。それは、創業者の幼少期にまで遡ります。両親が病弱だったために養子に出され、小学校にも通えず内職を強いられる日々を送っていた徳次少年。彼を不憫に思い、「手に職がつくように」と奉公先へ連れていってくれたのが、近所に住む目の不自由なおばあさまでした。
いつかはこの恩を返したいと強く思っていたものの、関東大震災でおばあさまは行方知れずに。そこで、おばあさまの代わりに盲目の方々に恩をお返ししようと考えたことが、“障がい者のための会社づくり”へとつながったのです。
まずは、戦争で目を負傷した軍人の雇用から始まり、1950年に早川電機(現シャープ)から完全に独立する形で「合資会社特選金属工場」を創業。当初は視覚障がい者7名と技術指導のための健常者1名、計8名でのスタートでした。その後、カラーテレビ部品の組み立て作業などを受注しながら事業を徐々に拡大し、視覚障がい者だけでなく幅広く障がい者を雇用する工場へと成長していきました。
初めての特例子会社に認定された後も、「身障者モデル工場」として内閣総理大臣賞を受賞するなど、障がい者雇用のリーディングカンパニーとして歩み続けてきた同社。そこには、何十年経とうとも消えることのない創業者の熱い想いが息づいています。
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早川: 何かを施す慈善より、障がい者自身が仕事をして自助自立できる環境をつくることが福祉につながる。これが、早川徳次の考え方です。また、社名にある「特選」という言葉は、「創意工夫と熱意に満ちた、特に選ばれた人」を意味したもの。ここにも、能力を存分に発揮することで自信をつけ、仕事を続けることで幸せをつかんでほしいという徳次の想いが表れていると思います。
私自身、この会社の代表に就任したことで、改めて「健常者と障がい者を分けた世の中などあり得ない」ということを再認識しました。そこに壁などあってはならない。一緒に協力しなければ、事業はもちろん世の中も動いていきません。共に働く仲間が増えていく中で、いろんなアイディアや創意工夫が生まれるんだということを、この場所で強く感じています。
働くことが喜びとなる「仕事」と「環境」を、いかにつくるか
現在、シャープ特選工業では「生産系」と「事務系」の2軸で事業を展開しています。たとえば生産系では、自社工場のクリーンルームで半導体レーザーチップの加工・検品を行うほか、シャープの八尾事業所内で複合機主要部品のメンテナンスも担っています。コンビニエンスストアに導入されている複合機の多くがシャープ製。その主要部品のメンテナンスなどの業務を請け負っているのです。他にも、“プラズマクラスター製品”に貼り付けられるロゴシールの作成、名刺や研修資料の印刷・製本など多彩な業務を、一人ひとりが長所を伸ばせるよう「適材適所の配属」で手掛けています。
実は長い間、特選工業の事業はこれら「生産系」が主流でした。しかしながら、製造の拠点が国内から海外に移っていく中で、そこにも変化が生じてきたのです。今ある業務に甘んじていてはいけない。従業員がやりがいをもって取り組める「新しい仕事」を、積極的に「つくっていく」というフェーズに入ったわけです。それがちょうど、早川社長が代表取締役に就任した2018年頃のことでした。
もともと社長は親会社であるシャープの中で、様々な経験を積んできた人。どんなところにアウトソーシングのニーズがあるのか、どんな場面で特選工業が役に立てるのかが現場レベルでわかります。その強みを活かし新たに開拓したのが、同社の2つ目の軸となった「事務系」事業です。シャープ本社のメール室の運用、本社寮の清掃、人事労務関係データ管理やグループ社員のPC・スマホの管理などが新たに増えたことで、障がい者が活躍できるフィールドは大きく広がりました。
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早川: 時代が変わり、シャープの経営自体も変わっていく中で、新規事業に挑むことはとても重要なことです。とはいえ、闇雲に新しいことを始めようとしても上手くはいかないもの。周囲の協力体制なくして、前に進むことはできません。
昨年開設した「人事労務業務」も、そのひとつです。なにしろ、社内に人事労務の専門スタッフなどひとりもいない状態からのスタートでしたから、シャープ本体から多くの支援を受けながらの船出でした。具体的にどんな業務を請け負えるのか、何度も協議しながら選択させていただきましたし、着手した後もシャープの人事総務統轄部とタッグを組んで一つひとつの課題を乗り越えてきました。たとえば、本社人事総務統轄部から経験豊富な方が毎日のように指導に来てくださったおかげで、素人集団だったスタッフたちが今ではプロ意識をもって業務をこなしています。
そんな場面を見るにつけても、「健常者だから」「障がい者だから」という垣根は全くないと感じますね。みんなで一緒にやらないと、何も物事は動かないのだと。もちろん時には問題も起きますが、そういう時こそ積極的にコミュニケーションを取り合い、アイディアを出し合っていけば早め早めに対策を打っていけるのだと実感しています。
未来を担う若者たちにも、「働く喜び」を伝えていく
同社が力を入れている取り組みのひとつに、「キャリア教育支援活動」があります。これはシャープのESG推進グループと共に取り組んできた社会貢献活動。全国の支援学校から依頼を受け、就労に向けた様々な活動を行っています。
中でも『出前授業』は、オリジナルの活動です。障がいがある社員が講師となって全国を飛び回り、各学校で講義を行うもので、社員と生徒さんがふれあいながら、働き続けるために必要なことについて考えたり、グループワークを通してチームワークの大切さを学んでもらったりしています。コロナ禍以降は、『オンライン授業』も開始し、全国各地の支援学校にご活用頂けるようになりました。
また、『職場見学』や『職場体験実習』にも力を入れており、毎年約600名が見学に来られ、約160名が体験実習に参加されています。
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早川: 支援学校の生徒さんたちにとって、自分と同じように障がいがある先輩たちが、実際にどんな職場でどんな仕事をしているのかを知ることは、非常に貴重な体験です。そして、そうした体験は早ければ早い方がいい。早く体験することで、自分の仕事への向き合い方や方向性、自分に合った職業を見つけられる機会が増えますから。
私たちの使命は、多くの若者に「働くことは、自分や周りの人を幸せにする」という“働く喜び”を伝えること。そのために今、各市町村に設置されている障がい者就労支援センターや、就労移行支援事業所・就労継続B型など民間の活動団体、専門の医療機関などとも協力し合いながら、取り組みを進めています。これからも、障がいがある方々が能力を発揮して、適切な仕事につけるよう力を尽くしていきたいと思います。
ずっと長く働き続けられる、定着率の高い職場を実現するために
シャープ特選工業の従業員定着率はとても高く、平均勤続年数は10年を超えています。それは、“障がいがあってもムリなく働ける職場環境”に加えて、“自分の可能性を広げられる”ことも大きく影響しているようです。
まず働きやすい環境づくりとしては、所属長や職場のリーダー、人事労務担当者が見守る『サポーター制度』を導入。仕事のことだけでなく、家族や友人のことなど本人が抱える問題を相談できる体制が整っています。また、あらゆる情報を共有できる「SPIS(エスピス)」という日報システムも、積極的に活用されています。もちろん、バリアフリーの職場づくりや聴覚障がい者のための音声文字変換ソフトなど、ハード面の環境整備にも注力。現場の声をもとに積極的な設備投資もされています。
もうひとつ重要なのが、能力アップなど可能性を広げるための環境づくりです。たとえば、『資格取得奨励制度』もそのひとつ。社会福祉士や精神保健福祉士、手話検定準一級、フォークリフト運転技能、電気工事士やファイナンシャルプランニング技能検定など、多くの従業員が目標をもって様々な資格にチャレンジしています。
障がい者雇用では「任せてもらえる仕事が限定される」こともある中で、シャープ特選工業は可能な限り自由に、挑戦したいことにチャレンジできる環境。向上心があれば、自らの可能性を広げていけることこそが、高い定着率の背景にあります。
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早川: 従業員の方々との向き合い方で私が何より大切にしているのは「情報の共有」です。会社が今、どの方向を向いているのか。次はどんなことに取り組んでいくのか。最新の情報を正確かつスピーディーに伝えるようにしています。なぜなら、それが皆さん一人ひとりの能力開発につながることだからです。たとえば新規事業の構想に興味が湧いたならば、自分もそこに参加できるよう新しいチャレンジが始まるでしょう。
障がい有無でなく、全社員が欠かすことのできない重要な人材です。これまでも、そしてこれからも、一人ひとりがモチベーション高く働けるよう、最適な環境をつくることが会社の責務であり、私のミッションだと考えています。
※記事内の部門名、役職名、内容はインタビュー当時ならびに掲載当時のものです。
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