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*本記事は、以下noteの転載になります。
https://note.gaudiy.com/n/n91c897bdf794
"沼すぎる夢" に本気で立ち向かう人々に探求の過程を伺い、その根源にある想いを紐解いていくシリーズ「 #この夢は沼すぎる 」。
今回は、人工生命*の研究者として第一線で活躍しながら、2025年4月より、GaudiyのAI技術責任者を担う岡瑞起さん(以下、岡さん)に話を伺います。
*人工生命とは…コンピュータ上のシミュレーションやロボット実装などを通じて、「すでに存在する生命」ではなく「ありうる生命」を生み出し、観察することで、生物の自己組織化や進化、適応といったアルゴリズムを解明する学問。
Gaudiyのビジョンである「ファン国家」は、単一の巨大国家ではなく、それぞれの “好き” や “夢中” でコミュニティが形成される、多数のマイクロ国家から成り立ちます。その実現に向けた鍵となるのが、人間の社会的活動におけるシミュレーション技術です。この複雑なシミュレーションを可能にするアプローチとして、人工生命の研究は大きな可能性を秘めています。
機械学習を用いたアルゴリズムの研究開発を経て、人工生命と出会い、自身の価値観を大きく揺るがすほどの感銘を受けたという岡さん。
アカデミアの領域で確固たる実績を積み上げてきた岡さんが、今回、Gaudiyに正社員として参画した理由とは。人工生命に魅せられた半生と、人工生命研究の視点からGaudiyに見出す未来、そしてご自身の夢について聞きました。
AI Technology Lead / Mizuki Oka
岡 瑞起 | Mizuki Oka(@miz_oka)
Gaudiy・AI技術責任者。千葉工業大学・主席研究員。博士(工学)。IPA未踏IT人材発掘・育成事業PM。一般社団法人・人工生命国際研究機構・代表理事。人工生命技術、大規模言語モデルを使ったデータ分析・生成・活用の研究を行う。コミュニティを活性化するアルゴリズムの開発、オープンエンドなアルゴリズムの研究開発などに注力。著書に「ALIFE | 人工生命 ―より生命的なAIへ」「作って動かすALife ―実装を通した人工生命モデル理論入門」がある。1児の母。
目次
- つくばで育ち、テクノロジーが身近にあった幼少期
- 不得意な分野をあえて研究対象にした理由
- 人工生命で“根源的な問い”に向き合うロマン
- アカデミアの限界を感じ、実験場としてのGaudiyへ
- AIがコンパニオンとなる未来で、人間の創造性を高めたい
つくばで育ち、テクノロジーが身近にあった幼少期
───人工生命や、生成AI関連の研究で活躍されている岡さんですが、そのルーツを教えていただけますか。
私は、父が情報系の研究者で、つくば市で育ちました。その土地柄から、私の通っている小学校では、同級生のおよそ8、9割が、研究者の親をもっていました。
よく遊びに行った父の研究所には、コンピュータや、父の書いた論文がありまして。印刷された論文の裏紙を使って勉強したりして、いま振り返ると、テクノロジーがとても身近な環境だったと思います。
でも私自身は当時、あまりテクノロジーに興味がなかったんです。それこそ父がコンピュータを買ってきたりしても、あまり興味を持てなくて。プロトコルやルールなどは好きだったので、弁護士になろうと思って文系を選択していました。
───弁護士を志していたんですね。そこから、なぜテクノロジーに興味を持ったのですか?
高校生のときにイタリアに留学したのですが、ちょうどWindows95が発売されて、インターネットというものが世の中に現れた頃だったんですね。国際電話が1分数百円もするような時代だったので、日本にいる家族とのやり取りは、必然的にEメールでした。
これが、私の記憶に残っている、最初のテクノロジーとの出会いです。
2年間の留学期間を経て日本に戻ってからも、海外の友人とやり取りするのに「ICQ」というメッセンジャーアプリを利用していました。そして、98年にGoogleが登場し、検索エンジンが発表され、一般の人にもコンピュータが普及し始めたのを目の当たりにして、コミュニケーション手段としてのテクノロジーに、ものすごく可能性があると感じたんです。
そこで、このまま弁護士をめざす道よりも、コンピュータの世界のほうが面白そうだと思い、進路変更することにしました。父に相談したら、同じ道に進んでくれることが嬉しかったのか、とても喜んでいましたね(笑)
なので私は、「小さい頃からBASICを使ってプログラムを書いていました」みたいな生粋のギークではなくて、どちらかといえばユーザーとして、コンピュータサイエンスの領域に可能性を感じた。この原点は、いまにも通ずる部分かなと思っています。
不得意な分野をあえて研究対象にした理由
───そして、筑波大学の情報工学に進まれたんですね。
地元の筑波大学に進学したのち、修士課程では「世界に通じる研究者を育成します」というスローガンに惹かれ、加藤和彦教授のシステムソフトウェア研究室に入りました。
そこはオペレーティングシステムを主な研究テーマとする研究室で、腕に自信のあるハッカー的な人たちが集まっていました。苦手意識のあったプログラミングも、そこで切磋琢磨させていただいたおかげで、次第に克服されていきましたね。
そして修士論文では、侵入検知システムの課題に取り組みました。その異常を検知する仕組みとして、従来のプログラムをベースにしたものではなく、データをベースとして機械学習的なアプローチをとる方法を採用しました。
当時としては画期的だったので学会からも評価を受けたのですが、「はたして私は、セキュリティ分野で今後もやっていきたいのだろうか…?」という疑問を感じ始めて。自分の気持ちに素直に向き合ったなかで、人間のコミュニケーションデータを分析したい、という思いが生まれました。
───機械学習という手法は同じでも、扱うデータを変えたかったと。なぜ、人間のコミュニケーションだったのですか?
私自身、実はそんなにコミュニケーションが得意ではないんです。相手が話している内容は理解できるけれど、その裏にある感情やニュアンスを汲み取る力がたぶん弱くて。
だからこそ、自分の不得意な分野をあえて研究対象にしたかった。人間のコミュニケーションに関するデータを分析することで、人間を理解したいと思いました。
───「不得意だから研究対象にした」というのが興味深いです。実際、どのような研究をされていたのですか?
当時は、ちょうどSNSやブログといったユーザー生成コンテンツ(UGC)が普及し始めた頃だったので、ブログデータから流行っているトピックを抽出するアルゴリズム開発に取り組み、学会で発表する日々を送っていました。
ただ、そんな日々のなかで、徐々につまらなさも感じ始めていたんですね。このデータは、たしかに人間の内面やコミュニケーションを扱ってはいる。けれど、このモデルや評価軸には、人間味をまったく感じられないなと。
結局のところ、人工知能の研究、特に機械学習の分野では、正答率や処理速度といった、特定のタスクにおけるモデルの性能を定量的に評価するための指標(ベンチマークスコア)が重視されます。そして研究者たちは、そのベンチマークスコアをいかに向上させるかを競争する。
もちろん、これは技術の進展に不可欠な側面ではありますが、私が追求したかった「人間のコミュニケーションを本質的に理解すること」とは乖離があった。だから私には、その世界が合わなかったのだと思います。
人工生命で“根源的な問い”に向き合うロマン
───そんななかで人工生命に出会ったわけですね。
はい。博士課程を終えてポスドクとして勤務していた東京大学で、とあるシンポジウムに参加したのがきっかけでした。そこで、東京大学の人工生命研究者、池上高志先生によるプレゼンテーションを聴いたとき、これが私がやりたかったことだと直感したんです。
同じコンピュータという手段を使いながらも、効率化や最適化を重視する人工知能とは違い、「生命とはなにか」という根源的な問いに向き合う人工生命の姿勢に、感銘を受けました。
その後、池上研究室のゼミに参加させていただき、人工生命の研究を始めました。明確な指標がないゆえに論文が出しづらかったり、グラント(助成金や補助金)も取りづらかったりと、研究者のキャリアとしては右往左往する部分もあったと思います。
でも、人工生命やその研究者たちを知れば知るほど、この分野に魅了させられる自分がいて。人工生命の可能性をもっと探求したい、その面白さをもっと世の中に伝えていきたいと思い、研究だけでなく啓蒙活動にも取り組んでいきました。
───出会いから20年近く、人工生命をテーマに活動されているわけですが、それほどまでに惹かれるのはなぜですか。
人工生命は「すでに存在する生命」を分析するのではなく、「ありうる生命」を創り出すことを通じて、生命の複雑さや奥深さを探求する学問です。自然の進化が生み出すような終わりのない(=オープンエンドな)進化を、コンピュータで実現できると考えています。
その研究は、直感的で、ほぼアートです。はじめにシミュレーション(仮想環境)をつくり、その中で面白い現象を見出すことから始まります。問いを立て、試しながら、遊びながら没頭していると、あるとき「これは面白い発見になるかも」という瞬間がやって来る。
これと同じ考え方を、オープンエンドな開発の第一人者で、2024年に共同設立した研究機関「Artificial Life Institute」の立ち上げメンバーのひとり、ケネス・スタンリーさんも持っています。
「より効率よく面白い現象を見つけるには、どのような設計にするとよいのか?」と尋ねた同僚エンジニアに対して、ケネスさんは「自分の直感を信じて面白いものを見つけるんだよ。ほぼアートを作っているようなものだから、そこはオートメートできない。」と返答されていて、まさにそうだなと思いました。
人工生命は、着実に成果を出せるわけではないので、難しさも当然あります。でも私は、わかりやすい指標を追うのではなく、生命の本質に迫るような人工生命の価値観や、そこで研究をしている人たちに、ロマンを感じたのだと思います。
アカデミアの限界を感じ、実験場としてのGaudiyへ
───アカデミアの世界でキャリアを歩まれてきたなかで、なぜ今回、スタートアップに入社する決断をされたのですか?
私は、アカデミアの限界のひとつは、実験の場を持っていないことだと考えています。
たとえば新しいアルゴリズムを開発できたとしても、すでにあるベンチマークに対する評価しかできない。つまり、ベンチマークが改善されたとしても、本当にユーザーの役に立つかどうかはわからないんです。その意味で、生きた実験の場をつくるというのは、非常に大事なことだと考えています。
また海外に目を向けると、特にアメリカでは、トップ研究者たちがテック系のスタートアップに参画し、その企業からカッティングエッジなものが出てきている。そういう事例を見ても、やはりアカデミアの「外」で試さなければ意味がない。そう思っていました。
───その「外」の環境として、なぜGaudiyだったのでしょうか。
Gaudiy CEOの石川さんとは、千葉工業大学学長の伊藤穰一さんの紹介がきっかけで、2023年に初めてお話しさせていただきました。そのとき、Gaudiyが研究開発していたデジタルヒューマンツインのお話を伺ったり、AIエージェントを使った社会シミュレーションの話になって、「見ている世界が同じですね」と意気投合したのを覚えています。
それから千葉工業大学の変革センターで、Gaudiyと共同研究を進めることになり、AIチームと定期的な接点を持つようになりました。具体的な実装方法の相談であったり、どのようなテーマ設定にすると研究として成立するか、といった実践的な話が多かったですね。
───一緒に取り組むなかで、どのような心境の変化があったのですか。
アカデミアとスタートアップは、実装の早さが圧倒的に違います。一方で、プラクティカルな開発を後から研究論文にすることの難しさも、同時に感じました。また、それらを両立させるために、事業背景を含めた全体像をもっと知りたいと思うようになりました。
また、一緒に研究論文の読み合わせをするなかで、実際にモノを作ってる人たちが「面白い」と思うポイントがどこなのかを、議論しながら知ることができたのも新鮮でした。
私としては常に、人工生命のオープンエンドな概念が、セオリーだけでなく、社会の現場で本当に価値を出すにはどうすればよいのかを探し続けているんです。ここであれば、そのキラーアプリケーションをつくり出せるのではないかと感じました。
AIがコンパニオンとなる未来で、人間の創造性を高めたい
───人工生命の研究者視点から、Gaudiyのビジョン「ファン国家」に対して、どのような可能性を感じていますか?
Gaudiyのビジョンである「ファン国家」は、人の集合体、コミュニティを扱う領域です。
この複雑なダイナミズムは、自然の生態系と同じく、まさにオープンエンドな進化です。それをアルゴリズムに落とし込むことができれば、それぞれのマイクロ国家で、面白くて新しいサービスや体験を次々と生み出せるようになるかもしれません。
人工生命によって、多様性をもった解を導き出せるようになることは、多様性を受け入れる世界をつくることにもつながるはずです。
このPlurality* 的な思想に私も共感していますし、ファン国家も同じ未来像を描いていると思うので、その実現に人工生命が必要なのか否かも含めて、実践の場で試しながら探求していきたいと思います。
*Plurality(プルラリティ)とは…「多元性」や「多数性」を意味する言葉。グレン・ワイル氏とオードリー・タン氏らが提唱する、社会的差異を超えたコラボレーションを可能にするための思想であり、それを実現するための技術や仕組みのこと
───岡さんにとっての「夢」とはなにか、最後にお伺いさせてください。
夢とは変化するものであり、常に追いかけられるもの。実現すると、夢そのものも発展していきますし、それには終わりがない。その意味で、夢を持てるということは、希望を持てるということだと思います。
私自身は20代の頃から、「研究所をつくる」「図書館をつくる」「財団をつくる」という3つの夢を追いかけてきました。Artificial Life Instituteを設立したのも、1つめの夢に対するアクションです。
私は、人が育つ仕組みや、人の交流から新たなものを生み出す場をつくることに、ずっと興味があるんですよね。まだ心も体も元気な現役のうちに、そこに取り組んでいきたいです。
また今後は、AIが本当に人間のコンパニオン的になっていくと思っていて。そうすると、AI自身が面白いことを言ってくれたり、面白い情報を引き出す質問をしてくれたりしないと、飽きるじゃないですか。
ここにおいて自律性はとても重要ですし、そういう飽きないインタラクションをつくるのが大事になってくると考えています。いまはまだ、人間のほうがクリエイティブだと思われているかもしれませんが、どこかでAIのクリエイティビティのほうが上回る世界がきっと来る。
その来たる未来で、人間がAIよりも劣るのではなく、より人間のクリエイティビティを高める方向にAIのコンパニオンを使っていきたい。そんな世界を、Gaudiyとともに創っていきたいと思います。(了)
取材・文:山本花香、撮影:@Tommy