2026年4月某日。都内にあるブリッジワンの本社オフィス。窓から差し込む午後の光が、金子氏の真っ直ぐな視線を強調します。
「辞めたいと思ったことはありますか?」と聞くと、彼は食い気味に、回答しました。
「一度もないですね」
21歳。大学を中退し、現在は子会社の立ち上げという重責を任されています。
世間では、新卒至上主義の揺らぎやジョブ型雇用の浸透により、「早く実力をつけなければ生き残れない」という焦燥感が若者の間に広がっています。同世代の多くがリクルートスーツに身を包み、企業の看板を求めて不安げに就職活動に励む中、彼はすでにその「看板」を自ら作る側に回っている。安定という幻想を捨て、21歳にして「経営」という荒波のど真ん中に立つことを選んだ、彼の真意に迫ります。
家電量販店で気づいた「このままじゃまずい」
——ブリッジワンに出会う前は、何をされていたんですか?
「大学2年の頃から、家電量販店で営業をしていました。いわゆる販売員です」
身振りを交えながら、当時の様子を懐かしそうに語ります。売ること自体は好きでしたし、数字を出す感覚も自分に合っていると感じていました。しかし、ある時ふと感じた「違和感」が彼を突き動かしました。
「ふと思っちゃったんですよね。『俺、このまま5年10年やったとして、市場価値って上がるのかな?』って。テレビや洗濯機を売ることは、もちろん立派な仕事です。でも、形のあるモノを売り続けるだけでは、自分のスキルがどこかで頭打ちになる気がして。もっと経営者の課題を丸ごと解決できるような、代えのきかない存在になりたい。そう強く思うようになったんです」
彼の言葉には、21歳とは思えない「自分の価値を冷徹に見極める目」がありました。淡々と語るものの、その奥にある焦燥感と上昇志向が、こちらにもヒリヒリと伝わってきます。
「この波に飲み込まれずに、成長してみたい」
——そこでブリッジワンに出会ったんですね。
「はい。ワンデスクソリューションというモデルを知って、衝撃を受けました」
同社が掲げる「ワンデスクソリューション」とは、建設業界の中小企業が抱える課題に対し、窓口一つで全方位的な支援を行うビジネスモデルです。具体的には、採用支援・人事制度構築・M&A仲介・DX推進など多岐にわたります。単に商材を売るのではなく、企業の変革そのものをプロデュースするコンサルティング集団です。
「商材が一つじゃないんですよ。お客さんの課題に合わせて提案が無限に変わる。これなら自分の引き出しを圧倒的に増やせると思いました。
例えば、ある建設会社の社長さんとお話しする時。最初は『採用がうまくいかない』という相談だったとしても、深掘りしていくと実は『社内の評価制度が古いから若手が定着しない』とか、『現場のデジタル化が進んでいないから無駄な残業が多い』といった、別の根本的な課題が見えてくることがよくあります。
そうなった時、ブリッジワンなら採用の支援だけじゃなく、人事制度の構築やDXツールの導入まで一気通貫で提案できる。この幅の広さが、自分の成長を加速させてくれると感じたんです。
あとは、成長率300%という数字。この勢いの中に身を置けば、嫌でも引き上げられる。この波を乗りこなしてみたい、と。インターン初日のオフィスの熱気を見た瞬間、『ここだ』と確信しました。」
入社初月で歴代記録更新。それは「お手伝い」ではありませんでした
——インターン時代、一番印象に残っていることは何ですか?
「自分の提案で、クライアントさんの売上が変わった瞬間ですね」
そう語る彼の表情が、一瞬だけ誇らしげに緩みました。
「普通、インターンって雑務とかサポート業務ですよね。でも、ここは違いました。一人のコンサルタントとして扱われ、成果を求められる。自分の手でブリッジワンの『信用』を勝ち取れたという感覚が、今の僕の根底にあります」
——正社員になってからも、すぐに結果を出されたそうですね。
「入社初月で、歴代最高のアポイント記録を更新しました。ただ、相手は百戦錬磨の中小企業の経営者です。最初は名刺を出しただけで『君、何歳?』と鼻で笑われることもありました。でも、家電量販店時代に培った『懐に入る力』と、ここで叩き込まれた専門知識で、その空気を一変させる。あの瞬間のヒリつくような感覚が、私をさらに成長させてくれました。」
その後、最速でチームマネジメントを経験。さらに代表の山本に抜擢され、ビジネスマッチング事業部へ。営業力だけでは取れない「信頼関係」を積み上げ、次々と追加受注を獲得していきました。
大学中退。「迷いは一ミリもなかったです」
——大学を辞める決断。怖さはなかったんですか?
「全く、迷いはなかったですね。目標が曖昧なまま大学に通い続けるよりも、この環境で戦う方が確実に成長できるとわかっていたので。同世代が就活を始める頃には、自分は1年半以上の『実戦経験』を持っている。それって圧倒的なアドバンテージじゃないですか。世間から見れば『普通じゃない』かもしれませんが、人生いつ終わるかわからない。後悔だけはしたくなかったんです」
「迷いはない」と言い切る彼の瞳の奥に、ふと静かな覚悟を感じました。地元の友人と会っても、最近は話す内容がすっかり変わってしまったといいます。「以前は遊びの話ばかりで盛り上がっていましたが、今は自然と仕事の話や、友人から『大学の単位はどうすればいいか』『今後の進路をどう選ぶべきか』といった相談を受けることが増えました。気づけばアドバイザーのような立ち位置になっていますが、それも今の自分が歩んでいる道のりの証だと思っています」と笑う横顔に、若き経営者としての矜持が滲んでいました。
21歳で子会社立ち上げ。「背負うものの大きさが違います」
——そして今、子会社の立ち上げメンバーに。
「代表の山本から声をかけてもらったのは、1on1の場面でした。『金子、会社を創るぞ』と。二つ返事で『やります』と答えました」
現在は、、経営者の孤独に寄り添い伴走する新規事業をゼロから作っています。
「事業部と子会社、一番の違いは『背負うものの大きさ』です。これまでは親会社の看板に守られていたけれど、今は自分の決断一つでメンバーの生活や会社の未来が変わります。正直、プレッシャーで眠れない夜もあります。でも、山本から教わったのは『正解を選ぶのではなく、選んだ道を正解にする』ということ。不安すらも、成長のガソリンに変えて動いています」
3年後のビジョン、そして未来の仲間へ
——3年後、どうなっていたいですか?
子会社を通じて、日本のあらゆる産業の『当たり前』を書き換えたいです。
これ までは建設業界が中心でしたが、今は製造、不動産、さらには士業や医療、飲食、看板業界まで支援の輪が広がっています。どの業界の社長さんも、実は共通の孤独を抱えているんですよね。
製造現場の熟練工不足、不動産業界のDX遅れ、地域に根ざした飲食店や看板屋さんの後継者問題……。僕たちが一社一社のパートナーとして、採用やIT、経営戦略で伴走することで、その会社が持つ本来の価値を最大化できる。
21歳の僕が経営を語ることに生意気さを感じる方もいるかもしれませんが、だからこそ、誰よりも現場に足を運び、泥臭い課題を一つずつ解決して、実力で証明したいんです。3年後には、『金子がいたから、うちの業界の空気が変わった』と、ジャンルを問わずあらゆる場所で言われる存在になります
——最後に、これからブリッジワンに入る方へメッセージを。
「『人生を楽しみましょう』。それだけです」
そう言って、彼は最後にかっこいい笑顔を見せました。
「ただし、楽しむためには本気で挑戦し続けるしかない。中途半端にやっても楽しくないじゃないですか。本気になれる場所は、ここにあります。あとは飛び込むだけです」