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“素人目線”の強みを活かしヒットを生む演劇プロデューサー・吉池ゆづるの挑戦

2021/1/18(月)、池袋の東京建物 Brillia HALLで、ミュージカル『モンティ・パイソンのSPAMALOT』featuring SPAM®の幕が開いた。同作は2005年にアメリカ・ニューヨークのブロードウェイで初演され、トニー賞3部門受賞したヒット作だ。2012年にエイベックスによって日本で初演され、今回が3度目の上演となる。同作のプロデューサーを務めるシアター事業部の吉池ゆづるに、上演の経緯、そして、シアター事業部について尋ねた。


「プロデューサーになれるやつは
1週間でなれるし、
なれないやつは、いつまでたってもなれない」


ライヴ事業部から派生し、シアター事業部が誕生したのは、2008年のこと。現在は10数名で稼働しているが、開設時は吉池と外部の制作スタッフだけだった。吉池は音楽業界からの中途入社だ。父親の仕事の関係で小学校の3年間をアメリカで過ごし、音楽に触れることの多い幼少時代だった。

「ピアノやフルートをやったり、年に一度、ブロードウェイに連れていってもらったりして、音楽はいつも身近な存在でした。高校、大学はダンスをやっていて、大学では公演を打ち、演出や振付も担当しました。でもその頃は仕事とは結びつけていませんでしたし、プレイヤーとしてやっていこうという思いもありませんでした」

大学卒業後は、「自分のこれまでを振り返って」音楽業界に就職する。

「仕事自体は楽しかったのですが、30歳手前になって、このままでいいんだろうかと考えるようになったんです。大学時代にダンスを作っていた時、自分のインスピレーションで動いていたこと、拍手や笑い声に包まれてすごく幸せだったことを思い出し、公演を作って喜んでもらいたい、作るほうに行きたいという気持ちが強くなっていきました」

そんな時、エイベックスがシアター事業部の立ち上げメンバーを募集していることを知り応募。2008年に入社の運びとなる。

「まだ部署にもなっていない準備室です。今の社長で、私を入社させてくれた黒岩(克巳)が直属の上司でした。黒岩からは自分は舞台のことは何も教えてあげられないが、やりたいことあるなら今のうちにやれよと言われました。プロデューサーになれるやつは1週間でなれるし、なれないやつはいつまでたってもなれないと言われたことも印象に残っています」

黒岩のアドバイスでさまざまな演目を見た。ニューヨークに連れていってもらった。しかし、学生時代に公演を打ったことはあっても商業演劇の経験は皆無。人脈もない。しかし、アシスタントとして現場からスタートするのが一般的な演劇の世界において、最初から自由に、好きなことができたことはとてもラッキーだったと吉池は振り返る。

「業界のタブーがわからないうちに、動くことができたのは大きかったですね。他社がやっていることを真似しても意味がありませんし、太刀打ちもできません。そこで、演劇を見たことがない人でも楽しめる、敷居の低い舞台というコンセプトで企画を立てました」

世界を巡って掴み取った上演権
人気シリーズを生み出すシアター事業部の挑戦


入社から1年ほどして、吉池はある企画を立ち上げる。当時、リクルートから発行されていたフリーマガジン『R25』に連載されていた、日常におけるモテのテクニックを伝授するコラム『スマートモテリーマン講座』(以下、モテリーマン)を舞台にしたいと考えたのだ。

「今の私には絶対に思いつかない企画です。エイベックスのシアター事業部の歴史が浅いからこそできる発想でしたし、そこにエイベックスがやる意味があると考えました。早速担当者にコンタクトを取り、このコラムを舞台にしたいと伝えたら、これをどうやって舞台にするのかと驚いていましたね」

吉池が演出を依頼したいと思ったのは福田雄一氏だった。福田氏は、漫画雑誌『スピリッツ』で連載されていた、フリーター3人がファミリーレストランで緩いトークを繰り広げる、ただそれだけの漫画『THE3名様』を実写化した経験を持つ。吉池はそのDVDを観て福田氏に白羽の矢を立てた。必死でコンタクトを試みて、ようやく実現した福田氏とのミーティングは、その後の吉池、そしてシアター事業部にとっても大きな転機となる。

「『あるコラムを舞台化したく、まずはお会いしたいです』と伝えました。すぐに断られても嫌なので(笑)。実際にお会いすると、福田さんはとても雑談がお好きな方で、なかなか『モテリーマン』の話ができません。2時間くらいお話したあと、『そろそろ行かないと』とおっしゃるので、あわてて本題を切り出すと、『モテリーマンでしょ』『そうです』『やりますやります、来年の夏だったらできるかな』と。あとで聞いたところ、福田さんは、自分に来るコラムの舞台化といえば、『モテリーマン』だと思っていたそうです」

舞台『スマートモテリーマン講座』は2009年に初演。その後も再演され、計4回、舞台化される人気シリーズとなった。


さて、吉池と福田氏との“雑談”で、もっとも盛り上がったのは、舞台『モンティ・パイソンのSPAMALOT』の話だったという。イギリスの国民的人気コメディグループ「モンティ・パイソン」の大ヒット映画『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975)をミュージカル化したもので、「モンティ・パイソン」のメンバーのひとりであるエリック・アイドル氏がミュージカル化、マイク・ニコルズ氏が演出を担当し、2005年にブロードウェイで初演された。福田氏は、「僕は家族で毎年ブロードウェイに行っているけれど、いちばん好きなのがSPAMALOTなんだ」と語っていたという。

「私は観ていなかったのですが、情報は知っていました。『なんで日本で誰もやらないんですかね』とおっしゃるので、『やりましょうよ』と。『僕ミュージカルやったことないし、でもやれるならやりたいな』とお話していました」

その後の吉池の行動は早かった。上司に出張を申し出、当時、『SPAMALOT』を上演していたイギリスのウィンブルドンに旅立つ。その後、上演権をとるためにブロードウェイに飛び、地球を一周した。

「(ブロードウェイの)権利会社からはその場でOKが出ました。福田さんに『権利、取れました』と連絡したところ、『そんな、スーパーに人参を買いにいくような感じで権利ってとれるの?』と驚かれました(笑)」

『SPAMALOT』は、ヨーロッパを中心に世界的に語り継がれているアーサー王を中心とした騎士道物語『アーサー王伝説』をパロディ化したコメディだ。英語やキリスト教文化圏ならではの笑いが散りばめられていて、業界では日本での上演は難しいという見方もあった。

「海外のミュージカル作品をほかの国で上演する場合、オリジナル版からセリフひとつ変えてくれるなというケースがほとんどです。でも、(劇作の)エリック・アイドル氏は、さすがモンティ・パイソンのメンバーというだけあって、お客様が笑ってくれないと全く意味がないと考える方で、日本ではいまこういうものが流行っていてなぜこれが笑えるかを1つ1つ説明して、日本版では日本の時事ネタを盛り込むことも許されています。まさに福田雄一さんが演出するべき作品です」

「ターゲットは常に自分」
素人目線で切り開く、演劇業界の未来


入社して今年で13年目。ゼロからノウハウや人脈を身につけ、今ではエイベックスの名物プロデューサーとして業界で知られる彼女は、どんなところに重点を置いて、作品選びをしているのだろうか。

「エイベックスのことはマスのヒットを出す会社としてとらえています。そのエイベックスが演劇をやるからには、ディープなものではなく、演劇を観たことがない、ライトな層にも楽しめるもの、素人目線の演劇を作りたいと考えています。どっぷり演劇に浸かっていたわけではない私が、面白そうだな、見てみたいなと思える舞台を作りたいですし、これがぶれたら引退だと思っています。ターゲットは常に自分です。私が初日をいちばん楽しみにしていて、私がいちばんはりきっている、そういった作品を作っていきたいと思っています」


2014年『THE 39 STEPS』[演出]福田雄一 [出演]渡部篤郎 / 水川あさみ / 安田顕 / 佐藤二朗


2015年舞台『祝女~shukujo~』[出演]友近 / YOU / ともさかりえ / 入山法子 他


2016年ミュージカル『PRISCILLA』[演出]宮本亜門 [出演]山崎育三郎 / 陣内孝則 / ユナク 他


2018年東京03『FROLIC A HOLIC』[演出]オークラ [出演]東京03 / おぎやはぎ / 浜野謙太 他

新型コロナウイルスの影響で、いま演劇界はかつてない危機に陥っている。キャストやスタッフが陽性判定を受け、延期や中止に追い込まれる演目も少なくない。しかし、『SPAMALOT』は初日前に行ったPCR検査でキャスト・スタッフ全員の陰性を確認し、初日の幕をあけることができた。

「泣く泣く観劇を自粛されるお客様もいらっしゃいます。劇場に来たくても来られない方がいらっしゃるのはとても悔しいですが、来てくださった方には、全身全霊で楽しんでいただきたいです。キャストやスタッフには、たとえお客様がひとりだけだとしても、その人のために私たちはやりましょうと話しています。『SPAMALOT』は、前を向いて笑おうという作品です。こういう時代だからこその『SPAMALOT』だと思っています。生の舞台ってやっぱりいいですよね。たとえマスク越しでもみんなと一緒に笑って泣けるのが生の醍醐味です」

吉池には、「日本をブロードウェイ化したい」という壮大な目標がある。採用面接の時に黒岩にそう豪語したそうだ。

「今ではそれがどんなに難しいことか分かっているので、とても恥ずかしいのですが、まだその気持ちは残っています。もっとカジュアルに舞台を観てほしい、今日その日に観ることができる舞台を増やしたい──。課題も、やりたいことも尽きることはありません」

観劇体験のない人が、劇場に行くのはなかなかハードルの高い行為だ。それでも、いやだからこそ、素人目線の、ハードルの低い、演劇を作り続けたいと吉池は語る。それは小さな一歩かもしれないが、日本の演劇業界を大きく変えることになりうる、尊い挑戦となるはずだ。

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