1
/
5

社員インタビュー

社会講師として、純粋で鋭いユーザーと真剣勝負の日々!

株式会社葵に入る前小学生の時から歴史が好きで、中高大、そして今に至るまで歴史が大好きなので、社会科の講師になろうと思いました。   大学卒業後、大手塾・W塾に勤務しました。そこは、1つの校舎に数百人から大規模校舎だと千人くらいが在籍している、中高生向けの塾でした。 「大好きな社会を教えるなら高校内容までやりたいな」と思っていたので、中学部と高校部を開講していて、高校部の講師も正社員がやっているW塾は非常に魅力的でした。   アオイゼミに入るきっかけは、当時、W塾で同僚だった中塚(※)に誘われたからです。 (※現アオイゼミ数学講師 https://www.wantedly.com/comp...

Move. 人の心を動かすデザインを目指して。デザイン責任者としてアオイゼミ全体を支える。

株式会社葵に入る前高校時代は美術部でした。ちっちゃい時から絵を書くのが好きで。   高校生の頃に志望してた東京の大学では、学生がキャンパス情報誌を発行してたんです。学生が発行する情報誌とはいえ、全国の大きな書店でも500円で売られていたほどのクオリティーでした。それを買って読んで、感銘を受けて「この大学に入ってこの情報誌を作りたい」って。でも受験に失敗しちゃって、愛知県の別の大学に入ったのですが、そこには情報誌を作るサークルが無かったんです。だから大学2年のときに自分で出版サークルを立ち上げました。 立ち上げのとき、昨年落ちた大学の例の情報誌サークルに電話をして、アポをとって「情報誌のつ...

”偏差値30からの大学受験”を身をもって経験。英語講師として英語の可能性を中高生に伝える。

株式会社葵に入る前自分は2浪して上智大学に入ったのですが、そこまでの道のりはけっこう険しかったです。   高校時代は暗黒で、ほとんど学校に行きませんでした。 高校受験にことごとく失敗して、急遽願書を出した高校に入学することになったものの、 現実を受け入れられず、入学当初からふてくされていました。心を固く閉ざしていたので 友達も1人もできず…。次第に学校に行かなくなり、昼間の時間を持て余していました。 有り余る時間を埋めるために始めたのがアルバイトです。中でも引っ越しや解体屋などの 肉体労働にどっぷり浸かり、高校卒業後も続けていました。 自由に使えるお...

新聞奨学生だった経験から、経済的理由で塾に通えない人々に教育機会を提供できる仕事を志し、葵に。

株式会社葵に入る前高校卒業後、大阪のコンピューター専門学校に進みWEBに関する技術を専攻して、システム構築・PHP・Javaなどを学びました。子供の頃からゲームが好きで、いろんなゲームをしたりゲーム雑誌を読む中で、ゲーム作りはとても面白そうと思いました。だから、もともとゲームをつくりたくてコンピューター専門学校に入ったんです。でも在学中に「ゲーム系か、WEB系か」というコース選択があって、自分はゲームではなくWEB系に進みました。学校の授業で、でいろいろ世の中の裏側で働いているシステムを学ぶうちに、「すごい。自分にもできないかな。」と思うようになって。 例えばスーパーって裏側で色んなシス...

刺激的で飽きないお仕事!アオイゼミ運営を滑らかにする縁の下のオールマイティ。

株式会社葵に入る前大学では、寝る間も惜しんで遊んでいました(笑)。経済学部“ジャズ学科”の学生だったと言っても過言ではないです。 ジャス研究会に入って、ライブハウスで演奏したり路上でライブをしたりお店で演奏したり…平均年間12回以上はライブをしていました。中3から始めたギターはもちろん演奏していましたが、歌も、DJプレイも、色々やっていました。 もともと子供の頃から器用貧乏なんです。今のアオイゼミでの立ち位置も器用貧乏感があふれてると思うんですけど(笑)。子供の頃はプラモを作ったり、ラジコンで遊んだり、サッカーもやっていました。   そんなわけで大学でも興味があることはなんでも手を出して...

米国帰りの若手ホープiOSエンジニア。目指すは日本一の教育系アプリ!

株式会社葵に入る前大学を卒業後、半年間フリーターをして、アメリカに留学しました。コンピューター分野の勉強をするためです。   大学生の時にビジネスコンテストに出たことがあって。「何枚もある診察券を1枚にしよう」という提案をしました。当時は技術的な裏付けは何もなく、単にアイデアベースでもっていきました。その時に、コンテストのアドバイザーさんから「コンピューターやってみたら?IT業界おもしろいから。」と言われ、本をすすめられたんです。それから図書館でけっこうコンピューター関連の本を読むようになりました。 徐々に、「確かに面白そう、可能性ありそう」と思って。コンピューターを専門的に勉強したいと...

表の講師として、裏方の運営として。どこに居ても「次の一手」を冷静に考え続ける。

株式会社葵に入る前(現在、アオイゼミ数学講師として活躍されている中塚さん) 小中高ずっと、スポーツと数学が好きでした。球技大会や陸上の大会によく助っ人選手として出たり、自分は受験しないのに、中学受験の子に混じって勉強したり…。反面、数学以外の教科はぜんぜんダメでした。 簡単に言うと、好きなことだけやってましたね(笑   大学では「材料工学科」にいました。研究者を目指す人が大部分で8,9割の人が大学院に進学する所でした。入学から程なくして「あ、間違えたな」と思いましたよ。(笑)白衣着てスポイト持ってる自分はちがうな、と。だから大学時代はバイトばっかりしてました。   大学生の時に始めた塾講...

モノづくりへの情熱と技術の力で、中高生の学習を支援する

株式会社葵に入る前大学・大学院時代は「人の役に立つモノづくり」の研究をずっとしていました。 例えば、「女子高生のオシャレを応援するクローゼット」や、「離れて暮らす家族をつなぐ枕」などを考案し、プロトタイプをつくって発表しました。 たとえば枕型のデバイスは、単身赴任中のお父さんと家に残って暮らしている妻子だったり、一人暮らしのお年寄りと孫だったり、そうした家族に2つセットで使ってもらうことを想定したものです。このデバイスは普段から枕元に置いてあり、一方の家族がベッドに入ると事前にペアリングされたもう一方の枕がボヤっと光ります。すると離れて暮らす家族に「そろそろ寝る時間だな」ということが伝わ...

「国語講師」&「広報」として、アオイゼミの魅力を全力で伝える

株式会社葵に入る前 私は新卒で就職した学習塾で講師をしていました。  その後転職して、前職の大手通信教育企業でライブストリーミング授業に携わり、教材作成と講師をしていました。いつも教育の現場に関わってきて、 アオイゼミに入る前に「対面授業」と「映像授業」の両方で授業経験がありました。 このように「教育」と関わりの深いキャリアを歩んできて、リアルでもネット越しであっても受講生が成長していく姿に仕事のやりがいを見出していたのですが、前職で2015年の春からライブ授業(リアルタイムに配信する映像授業)を継続することが社内的に難しくなってしまったんです。 個人的にはライブ授業に大変魅力を感じてお...

1,462Followers
32Posts

Spaces

Spaces

株式会社葵's Blog