大学・大学院時代に建築とAIを学び、建築設計事務所を営む家族を見て育った山田。彼がファーストキャリアとして選んだのは、建設業界のDXをミッションとするアンドパッドでした。限られた20代で意思決定の責任を背負いたかったと語る彼は、2026年からマネージャーに昇進。就職活動時から現在に至るまでの自身の成長を振り返ってもらいました。
山田 朋幸(ビルディングカンパニー 営業マネージャー)
東北大学建築学科を卒業後、同大学院にて建築技術とAIの融合に関する研究に従事。2023年、新卒としてアンドパッドに入社。専門工事領域のフィールドセールスとして配属。2026年、営業マネージャーへ昇格。
20代の限られた時間で、早期に挑戦の機会を掴める環境を探していた
――山田さんはどのような軸で就職活動を行っていたのでしょうか?
私は、1つ目が3年以内に事業開発やマネジメント経験が積める環境、2つ目は新卒採用を厳選していること、3つ目が希少な一次データが会社のサーバに溜まるビジネスモデルを有していること、という3つの軸を持って活動していました。
まず1つ目について、私は大学院卒のため、大学卒の学生と比べると社会人として過ごせる20代の期間が短い状況でした。この限られた時間の中で、早期に組織や事業全体を牽引する力を養うには、自ら責任を持って重要な意思決定を下す経験をどれだけ多く積めるかが勝負になると学生時代の自分は考えました。そこで自分の実力と成果次第で、若手であっても早期に挑戦の機会を掴める環境を第一の軸として設定しました。自分の能力にフィットした仕事だけでは、急激な成長は望めません。自分を変革し続けないと絶対に到達できない高いミッションを与えられる環境こそが必要だと考えていたからです。
また、私は小・中・高・大学と、色々な活動の中でリーダーや主将を務めてきました。メンバーを一つの方向に率いて、ビジョンを提示して向き合う力は自分の強みだと捉えています。仕事の本質が自分の強みを最大限に発揮して成果を出し、その対価をいただくことであるならば、培ってきた強みを20代の早い段階で発揮しながら研鑽し、ビジネスパーソンとしての市場価値を上げきりたいという思いもありました。
――2つ目の「新卒の厳選採用」も非常にユニークな視点ですね。
これには、2つの仮説がありました。1つ目は、希望とは異なる部署へ配属されるようなミスマッチを最小限に抑えることです。厳選採用の企業であれば、採用人数が絞られており、人事や経営陣が新卒一人ひとりと真剣に向き合い、私の希望するキャリアプランを実現しやすい最適な配置をしてくれるはずだと考えました。
2つ目の理由は、「期待値とプレッシャーの高さ」です。厳選採用だからこそ、一人にかかる期待やプレッシャーが高くなるはずです。私はそういった厳しい環境で結果を出し続けることが、ビジネスパーソンとしての強さに直結すると捉えていました。
――3つ目の軸は、大学院での研究領域が大きく影響しているのでしょうか?
はい。大学院ではAIを研究テーマに開発に携わっていました。当時はGAFAなどが大量のデータを自社に集積し、AI開発を急速に進めていたタイミングです。この波を間近で見て感じたのは、「今後のIT企業は、単にシステム開発を提供するだけでは成り立たない」という危機感でした。巨大なIT企業に対して国内企業がどう勝ち筋を見出すべきか。それは、米国のビッグテックが取得できない希少な一次データを、どれだけ自社に保有・蓄積し続けられるかにかかっていると考えました。 しかし、一部の業務に特化したデータだけでは、AI時代の優位性としては弱い。それに対して、DX推進が進んでいない特定産業に完全特化し、業界のあらゆるデータがプラットフォームとして蓄積される構造。これを持つ企業こそが真の価値を発揮し、圧倒的な競争優位性を確立できるはずだという仮説を立てていました。
――ちなみに山田さんのご友人はどのような就職活動をしていたのでしょうか?
周りの友人たちはコンサルティングファームを就職先として選んでおり、実は私自身も最初はコンサルティングファームを検討していました。その理由は、給与面での待遇や、周囲が志望していること、そしてなんとなくビジネス基礎力が養えそうといった漠然とした動機からでした。
しかし、就職活動を進める中で、自身の志向や求めるスピード感との違いを意識するようになりました。1つ目は、キャリアパスにおけるステップのあり方です。選考過程で、入社年次に基づいて役職や年収が段階的に提示された際、評価や昇格のプロセスにおいて、ある程度定められた枠組みが存在することを知り、自分が求めるスピード感とのギャップを覚えました。
2つ目のポイント、そして最大の決定打となったのが「顧客課題に対する解決の深さ」です。コンサルティングファームは顧客にとって重要なパートナーですが、役割としては第三者としての支援が中心で実行まで関われることは稀です。お客様の課題解決の深さを最大化したいと考えたとき、自社プロダクトを持つ事業会社こそが、顧客の課題に深くアプローチでき、業界の根深い課題に継続的な変革をもたらすことができるのではないかと考えました。そう考える中で、先ほどの3つの軸を打ち立てました。
――なるほど。
顧客課題の本質的な解決とは「LTV(顧客生涯価値)の最大化」そのものです。永続的にお客様の課題を解決し続けたいと考えたときに、事業会社の方が自分の求めている仕事のあり方に合致しているのではないかと考えました。
――その強い気持ちの裏には、ご自身の原体験の影響もあったのでしょうか?
あります。私の実家は建築設計事務所を経営しており、両親共に建築士をしていました。そのため幼少期から、特に父の働く姿を見て育ちました。父は毎日遅い時間まで残業していましたし、近隣の建設業従事者の方々も同じような働き方をされていました。建設業界で真っ当に、誇りを持って働いている方々が、適切に評価されず待遇が上がりにくいという現実を間近に見てきました。その中で『これは業界全体の構造的な問題だ』と感じ、業界への深い理解(解像度)と、それに基づき業界全体にインパクトを与えられるプロダクトが不可欠だと強く思うようになりました。 自分が社会人人生を終えるまでに、社会や日本が少しでも良くなったと思える証を残したい。そのために、技術やAIの力が必要だと確信していました。
――アンドパッドと出会い、「ここなら自分のやりたいことが実現できる」と確信した理由は何だったのでしょうか?
3つの軸を満たしているのはもちろんですが、決め手となったのは大きく3つあります。1つ目は、建設業界を構造から変革する支援ができると思えたことです。そう感じたのは、お会いしたアンドパッド社員の業界に関する理解の深さでした。私は大学と大学院で建築を学んできたので、自分なりに一定の業界知見を持っているつもりでした。しかしアンドパッドの社員の方々は、机上の勉強や情報収集だけでは決して辿り着けない、現場のリアルな実態を理解し、高い解像度を持っていました。
ゼネコンの設計士として就職する選択肢もありましたが、その場合は関われるのが個別のプロジェクトや物件に限定されてしまうため、業界全体の構造的な変革を推進することは難しいと考えました。 だからこそ、自分の強みであるリーダーシップとテクノロジーを掛け合わせ、業界全体に影響を与えられるアンドパッドの事業やプロダクトであれば、実現しやすいと考えました。
特に、現場監督の業務効率化というポイントソリューションにとどまらず、経営者や会社全体、建設業従事者全員に関与できるプロダクト戦略があった点について、本気で産業構造の変革を支えに行こうとしている姿に覚悟を感じました。
2つ目は、潜在課題に踏み込む営業スタイルです。アンドパッドは問い合わせに対して提案するのではなく、今までシステムがなくても業務が回っていたお客様に対して、潜在化している課題を掘り起こし、ソリューション提案をしています。この難しいプロセスを通じてお客様に価値を提供できるようになれば、どんな課題でも解決できる最強のビジネスパーソンになれる、そう強く感じました。
3つ目は、圧倒的に打席に立てるチャンスがあるかということです。一般的な企業では、若手社員のうちは先輩の同行や研修が中心となるケースが多いと考えていました。私は入社時から3年でマネージャーになると決めていましたから、成長曲線の角度を極限まで上げたいと考えていました。そのためには、若手と呼ばれる時期であっても試行錯誤の回数を増やす必要があります。顧客との商談・提案機会や社内プロジェクトなど、自分の意志で判断する機会、つまり打席に立つチャンスが多い環境でなければ、成長スピードが鈍化してしまうと考えていたからです。
徹底的な顧客起点と、一次情報を獲りに行くカルチャーへの驚き
――実際に入社して、会社のカルチャーや仕事の進め方についてどのような受け止めをされましたか?
想像以上に全員が徹底的に顧客起点で物事を考えていることに感銘を受けました。お客様の業務や本質的な課題を見つけるためであれば、何度でも現地に足を運ぶ。その場で得た生の一次情報こそが最大の宝であるという文化が全社に浸透していました。社内では、経営陣や執行役員が「役員こそ会社に留まらず現場に行け、一次情報を取れ」と発言しているほどです。現場にしか答えはないというスタンスが全員に徹底されている環境には、本当に驚かされました。私もそのカルチャーにならい、1年目はまず顧客の解像度を極限まで引き上げることに専念しました。大学や大学院で学んできた知識は一旦すべて忘れて、連日のように現場を回りました。
――実際の営業業務はいつ頃から本格始動しましたか?
入社後2~3ヵ月という早いタイミングで商談を任せてもらいました。しかし結果は惨敗。ANDPADの機能を説明するだけの商談をしてしまったためです。お客様からは「すごい機能だね」と言っていただけましたが、全く受注に結び付きませんでした。お客様の業務や困りごとを理解しないまま、機能紹介や商品説明だけをして売れる案件なんて一つもないという現実を、早々に突きつけられた体験でした。
そこからお客様の業務を深く理解し、顧客と同じ目線で話せるレベルまで解像度を上げようと覚悟を決めました。まず取り組み始めたのが、日次での振り返りの徹底です。月次や週次ではなく、日次レベルで自分の行動を変えていくプロセスを開始しました。
――具体的にどのようなアウトプットをしていたのですか。
現場訪問が終わった後、得た学びをすべて言語化していました。ただ事実をメモするのではなく、「なぜ顧客はこのタイミングでこの業務をしているのか」といった問いを立てる。そして翌日、再び現場に足を運んで現場監督さんに質問し、問いを解消する。解消したらまた新たな問いを立てて学びを深めるループを毎日続けました。
社内にある過去の勉強会資料を読み込むのは当然として、休日には父と電話をし、実際の業務について教わりに行ったりもしました。さらにはプライベートの時間を使って一級建築士の資格を取得するなど、あらゆる手段を使ってお客様と対等に会話できるベースを作りました。単に「アンドパッドの営業」として見られるのではなく、「業務改善の相談ができる山田さん」として頼られる存在になりたかったからです。
――先ほど、成長曲線の角度をあげていく話がありましたが、他に取り組んだことはありますか。
行動量と質の双方において「やり残したアクションを1つも作らない」ことを徹底しました。自分の意思が成長曲線を一気に引き上げるトリガーになるという強い覚悟があったので、いわゆる泥臭い営業はすべてやり尽くしましたね。例えば地方出張では、1日の商談枠だけでなく、空き時間があれば周辺の会社に一社一社飛び込み、接点をつくりに行きました。また、商談においても導入責任者だけでなく、その場の現場監督や協力会社の職人さんなど現場の生の声を聞き、顧客や課題の解像度をあげるアクションに没頭しました。電話一本、メール一通のレスポンス速度から、現場へ足を運ぶフットワークまで、顧客の期待値を常に超えているかを意識し、アクションをし続けました。こうした泥臭い経験の蓄積があったからこそ、顧客の本質的なペインを見抜く「営業の嗅覚」が研ぎ澄まされたと思っています。
――山田さんが大きな学びを得たエピソードを教えてください。
10人ほどの電気工事会社様への提案での出来事です。私は現場の解像度を上げようと、現場へ足を運び、現場監督さん一人ひとりにANDPADを使った課題解決のプレゼンを行いました。さらに全体会議でもプレゼンを行い、参加された方々からも非常に良い手応えがあったので、必ず導入していただけると確信していました。ところが、最後に導入の可否を確認する社内アンケートをとったところ、否定的な意見が多数を占める衝撃的な結果になりました。
――そこにはどのような背景があったのでしょうか。
プロダクト自体が良いものであるという合意は取れていましたが、担当者の方の心理に立ち返れていませんでした。「便利なのは分かるけれど、今のやり方を変えるのは面倒くさい」「導入して失敗したときに責任を取りたくない」という、変化に対するストレスや恐怖心などをイメージできていなかった。業務フローの提案はできても、現場で働く人々の心理や感情まで汲み取った提案ができていませんでした。それが失敗の原因でした。
ほぼ失注しかけていたのですが、上司のフォローによってキーマンの方の心に火がついて大逆転で導入が決まりました。この経験を通じ、営業とは単なるプロダクト提案ではなく、人の心理や感情の葛藤にまで向き合う仕事なのだと痛感しました。「ANDPADは魔法のツールではありません。導入1年目は本当に大変です。でも私も変革の伴走者として一緒にサポートさせてください」と真正面から顧客に向き合う覚悟が定まった瞬間でした。
お客様の人生が変わる瞬間に立ち会える醍醐味
――経験を経て、営業力や顧客との向き合い方にどのような成長を実感していますか?
目に見える成長としては、まずお客様と対等に会話ができるようになりました。「業界出身ですか?」と聞かれる機会が劇的に増え、良い意味で単なるアンドパッドの営業担当という枠組みを超えられた実感があります。今は、ふとしたタイミングでお客様からお電話をいただき、「実は今、積算や請求の部分で課題があって調べ始めているんだけど、山田さん、何か良い解決策を知らない?」と聞かれることもあります。
営業力に関しては、格段に自信がつきました。具体的には、本質的な課題を設定する力、それに対する解決手段を網羅的に洗い出す力、そして最初に打つべき優先アクションを決定する力です。さらに、その課題解決が現場にとってどんなメリットがあり、会社経営にとってどんなインパクトをもたらすかまで合意を作れるようになりました。特にエンタープライズや難度の高い案件においては、社内の組織構造や関係性を読み解き、推進者となるキーマンを的確に見極めることが重要です。その上で、案件決定に至るまでのアカウントプランニング(提案計画)を緻密に立てられるようになりました。さらに費用対効果の試算、セキュリティチェック、稟議資料の共同作成など、次のステップで誰に合意を取るべきかまで先回りしてサポートできるようになったことは、大きな成長です。
――現在はマネージャーという立場ですが、プレイヤー時代と比べて、見える景色や視座にはどのような変化がありましたか?
考えるべき「変数」の数が爆発的に増えました。プレイヤー時代は、個人の目標管理や提案活動に集中していれば十分でした。しかしマネージャーになると、組織の数値目標や採用計画だけでなく、メンバー一人ひとりのモチベーションや状況への配慮、適切な評価、事業成長のビジョン策定、行動指針の浸透、そして再現性を生む仕組み作りなど、考えるべき領域が多岐にわたります。 目の前のお客様の課題を解決する視点を超えて、「組織全体がお客様に対して持続的に価値を届け続けられる仕組み」を事業観点・組織観点で設計しなければならなくなりました。
採用活動も行いますし、プロダクトに不足があるなら新しい開発の提案を開発陣にぶつける。今あるものを提案して売る世界から、事業、プロダクト、組織、ひいては社内の抜本的な仕組み自体を変革していく領域に携わらせてもらっています。
――組織の動力を最大化させるフェーズへとシフトしたわけですね。
まさに最も難易度が高く、面白い部分です。自分が頑張れば達成できた世界から、自分一人の力だけでは目標を達成できない世界に変わりました。ぶつかる壁も多いですが、20代の中盤、社会人3年目のタイミングからこのような高い難易度のマネジメント課題に直面していることは、自分にとって絶好の成長機会だとポジティブに捉えています。
大学・大学院時代の友人との会話で感じるのは、アンドパッドは自分で意思決定を下す回数が圧倒的に多い環境だということです。私の場合、部署の責任者として予算の配分、組織のビジョン、メンバーとの向き合い方、事業全体の方針などを自らリードして決めています。誰かの指示を受けて動くのではなく、会社のオーナーに近い立場で、事業と組織の未来を本気で考えて意思決定を下す。この経験は非常に貴重だと感じています。
20代での部長就任と、AI×データによる次世代プロダクト開発への挑戦
――就職活動時代にはコンサルティングファームも検討されていましたが、アンドパッドを選んで良かったと心から思える瞬間はありますか?
それは現場の方々から経営層の方々まで、全員が笑顔になる瞬間を間近で見られることです。これは事業会社ならではの醍醐味だと思います。具体的には、年に一度開催される「ANDPAD AWARD」のような場です。私たちがお客様に伴走してきた成果として、お客様が「ANDPADと出会えて会社が変わった」「人生が変わった」「社員が誇りを持って働けるようになった」と熱量を持って語ってくださる。お客様同士がネットワークを作り、知見を共有し合って業界全体が前に進んでいく。お客様の人生が変わる瞬間に深く関わり、喜びを分かち合うことができる。ここまで責任を持って顧客の変革にコミットできる環境を選んで、本当に良かったと痛感しています。
――山田さんは今後、どのような挑戦を見据えていますか?
数年以内、つまり20代のうちに部長職を目指すため、管掌領域と担う責任の範囲をさらに広げていきたいです。その上で、私自身の最大の強みである「AIの開発経験」と「営業現場で培った解像度」を掛け合わせた挑戦をしたいと考えています。アンドパッドのサーバに溜まり続けている膨大な希少データを活用し、AIを駆使してお客様に圧倒的な価値を届ける次世代のモノづくり・プロダクト開発領域にも挑戦していきたいです。また、スーパーゼネコンをはじめとする業界最高峰のエンタープライズ領域に対する営業攻略にも挑みたいと思っています。
――最後に、山田さんが目指す最終的なゴールについて教えてください。
アンドパッドの「幸せを築く人を、幸せに。」というミッションを業界全体で実現することが最終的なゴールです。建設会社が利益率を向上させ、潤沢な利益を社員の方々に待遇として還元できている状態。そして現場の職人さんや監督さんが、厳しい収益環境や長時間の重労働から解放され、ご家庭を守りながら一定の時間内で働き、正当に評価されて誇りを持って働ける世界です。従来から続く建設業界の構造的課題を、テクノロジーと人々の情熱で完全に過去のものにする。この業界に豊かな未来を残し、自分の社会人人生としての確かな証を刻むまで、私は挑戦を続けていきたいと思っています。