「グロースマーケティング×事業創造」で価値を最大化する。代表千野が見据えるこれからのAnchorとは。 | MEMBER
今年6月に第8期を迎えたAnchor。昨期にはミッション、ビジョン、バリュー、カルチャー(以下、MMVC)の刷新、2つの新設部門の立ち上げなどを経験し、従業員数は2倍の30名となりました。これか...
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近藤佐輝子/ Sakiko Kondo(31)
2020年4月入社
デジタルマーケティング事業部
地図を確認しながら進むことが得意な人もいれば、荒野を開拓し、地図創りを得意とする人もいる。近藤はまさしく後者の人間。それも未整備な環境ほど熱中するという、ちょっぴり変態さん。
過去さまざまにチャレンジしてきた近藤ですが「もう、ベンチャーはやめよう。」と決心したことがあったそう。その決意を覆し、再びAnchorというベンチャー畑に舞い戻った近藤に、一体どんな心境の変化があったのでしょうか。
「今度こそゼロイチをやり遂げる」と、心に誓った覚悟の物語です。
これまでの社会人生活で最も大変だった時期は?という質問に「大学生活の4年間」と答えた近藤。大手携帯キャリアでの厳しい販売経験が、その後の社会人生活の土台になったと語ります。
「やるなら自ら考え行動し、経験を積めるようなアルバイトがしたい。」大学1年生の当時、そんな考えから始めたのが携帯ショップの販売職でした。店長がまさしく鬼のような存在で(笑)ノルマ未達の日にはどうしてあと1台が売れなかったのか「なんで?」「どうして?」「それで?」と、徹底的に詰められるのは日常風景。厳しいだけではついていけませんが、お客さまに対してのあり方やお金を稼ぐ厳しさまで教えてくれるような方でした。
当時はiphone3GSを店頭に並んで購入していたような時代。勤務先の店舗はご年配のお客様が多く、販売しただけでは使いこなしていただけません。「自分が販売したからには最後までサポートしたい」と、スマホ講座や勉強会を企画し、運営したりもしていました。するとお客さまが娘さんやお孫さんを連れて、会いに来てくださることもしばしばあって。接客の醍醐味を味わいながら「社会とは」という根幹を築くことができた大学生活となりました。
大学生といえば一番遊びたい年頃。どうしてあえて厳しい道を選んだのでしょうか。そこには近藤が人生と向き合うきっかけとなる出来事がありました。
あれは高校1年生から2年生に上がる春休みのことでした。病気とは無縁だった私が女性に多くみられるバセドウ病を発症し、薬が欠かせない生活に一変。この先女性としてどんな風に人生を楽しめばいいんだろう・・・と落ち込んでしまったのです。
これまで人生に真剣に向き合ったことはなかったのですが「生半可に生きてちゃダメだ、きちんと生きないと。」という思いがこみ上げました。
そんなとき目に止まったのが、黒柳徹子さんでした。あんなにお年を召された方が今でもかわいらしく、活躍している。将来を考えたとき「自分も生涯現役で活躍したい。おばあちゃんになっても女性としてかわいい存在でありつづけたい。」と、生きる姿勢を学んだのです。長く活躍しつづけるためには、人のお役に立てる存在でなくてはなりません。一つひとつの経験を未来の糧にするために、今、目の前の仕事に全力で取り組むことを大切にしています。
有形商材から無形商材へのチャレンジ。そして大好きな美容業界を駆け抜けた近藤。「一体何人分働いたんだろう」と、笑いながら当時を振り返ります。
在学中に携帯販売会社の本部勤務の道を提案いただき、卒業後は2年ほど大手家電量販店向けの広告制作を担当していました。とはいえデザイン経験はゼロ(笑)おまけに担当は私ひとり。イラストレーターと格闘しながら大量の広告を作っていました。機種を見ればターゲットやセールストークまで具体的にイメージすることができたので、戦略を目に見える形に落とし込む仕事はとても面白かったですね。けれど社内にこもっているより、お客様と直接話したい気持ちが強くなって。
次は無形商材を扱いたい。興味のある美容業界で。そんな思いで転職したのが店舗集客のための割引クーポン(フラッシュマーケティング)事業を手がける会社でした。テレアポや飛び込みでの新規開拓営業、決済者との商談を通して営業力を鍛えたい気持ちもありましたね。営業は大変でしたが、オーナーさまと関係を築きながら戦略を立て、結果まで追える仕事が面白くて。担当が美容業界だったこともあり、商品知識も深まりました。
3年が経ったとき、メーカー側で経験を積みたいと思い、美容品メーカーへ転職。支店の立ち上げをゼロから任せていただき、法人営業、自社エステサロンのマネジメントに加え、上海での新規開拓営業も経験させていただきました。ここまで一人で携わることは初めての経験。自分の行動がすべて結果として表れる環境に、経験したことのない緊張感もありましたね。当時を振り返ると一体何人分働いていたんだろう、と不思議に思います(笑)大変でしたが、ゼロから創り上げる過程が面白くて熱中していました。
「人と話すことさえできれば営業は誰でもできる仕事」それだけの武器では生き残れないと悟った近藤が次に目指した世界とは。
有形商材、無形商材、プル型、プッシュ型と、さまざまな営業経験を積んできましたが「これ売ってきて」と言われて売るだけの営業じゃダメだと思ったんです。このままじゃこの先、生き残れないなって。大事なのは売ることではなく「売った商品を、さらにどう戦略的に伸ばしていくか」ということだと思います。
クーポン営業時代も美容品営業時代も、リピート率まで考えて戦略を立てていましたが、専門的な分析まではできていませんでした。数字まで落とし込んで、成長戦略を描けるようになりたい。そう思い、マーケティングの世界へ足を踏み入れました。けれど人生って、そう上手くいかないんですね。転職したキャッシュレス決済サービスを手がけるメガベンチャー企業が1年で倒産。人生の岐路に立ったのでした。
今ではこんなに生き生きと働く彼女も、実はAnchorの一次面接直前まで辞退を悩んでいたそう。そこにはどんな心境の変化があったのでしょうか。
30歳を迎え、これからの人生を考えたとき、女性として長く働くために「もうベンチャー企業はやめよう」と思ったんです。倒産した会社の先輩方の繋がりからいくつか大手企業を受け、3社ほど内定をいただいたのですが、どれもピンと来ず・・・。とある転職エージェントから「近藤さん絶対ここ合うから!」と、紹介いただいたのがAnchorでした。会社が突然潰れる怖さ。女性が長く働ける環境や組織体制。いろんな考えが頭を駆け巡り、面接前日まで断ろうかと悩んでいました。
重い足取りで向かった面接。けれど人事担当の萩原、事業部長の安本と話すうち、若くしっかりした人が集まるAnchorに心惹かれて。最終面接では、これまで出会った社長とは真逆で、地に足のついた千野の人柄に「ベンチャーだけどここなら大丈夫」と直感。
「これまでの経験はすべて私の力になっている。余すことなく力を出し切ってAnchorでゼロイチをやり遂げたい。これでダメなら私にその素質がなかったと諦めよう。この会社で最後にしたい、ここで骨を埋めるんだ。」そう覚悟するほど魅力的な人間力を3人から感じ、蓋をしていたはずの本能が一気に溢れ出したのでした。家族の反対を押し切って、2020年4月、Anchorに入社。直感を信じてよかったと、心底思っています。
Anchorに入社してからは毎日が必死の連続。営業とは違ってマーケティング力はそう簡単に身に付くものではないと痛感しました。覚えることは山ほどありますが、苦労を楽しんでいます。
大変なのに入社から今日まで出勤したくないと思ったことが一度もなくて。仕事に、Anchorに熱中しています。そう思わせてくれるのは間違いなくAnchorに集まる人の力。みんな会社を成長させることや、自分にできることを全力で考えているんです。個性が豊かすぎるメンバーですが、それでいて仲間のこと思いやれる。業界のアタリマエだけじゃなく、世の中のアタリマエさえ超えていける会社だと思っています。
そんなAnchorで将来的には、デジタルマーケテイング事業部の美容広告部門を作りたい。やっぱり好きなんです、美容。組織においては育成面にも関わりたいですね。変化の激しい時代に一緒に成長しつづけられる存在でありたい。「教える」というようりも「共に育つ」という意味で共育に携われたらと思います。そしてゆくゆくはAnchorの母、Big Momみたいな存在を密かに目指しています。
ここが私の最後の舞台。
今度こそ、ゼロイチをやり遂げる。
そんな覚悟を定めさせてくれた、出会いに感謝。