今回ご紹介するのは、2023年4月に新卒で入社した九州出身のAさん。設計士でDIYがお好きなお父様、バイクの整備士であるお兄様と共に育ったAさんは、学生時代から美術や図工の成績が良く、自然と“手先を使用する仕事”に惹かれていったそうです。
ものづくりに惹かれ、職人の道に進んだAさん
高校卒業後はジュエリーの専門学校へ進学。そして、新卒で高橋楠への入社を決めます。入社前、毎週日曜、2時間だけ職人の作業場に通い、基礎技術を学ぶ──そんな異例のスタートを切ったAさん。入社よりも以前からアルバイトとして就業、自ら学びに来るその姿勢はすでに“職人の芽”を感じさせるものでした。
一般的に、刃付け職人の世界では約2〜3年の修行を経てようやく一人前とされます。しかし、Aさんの成長は驚くほど早く、入社後わずか数カ月には、すでに“販売できる商品”を仕上げられるレベルにまで到達していました。
※刃渡り750㎜のマグロ切り包丁。上記は柄を付けた完成品。
代表が最も驚いたのは、彼女が一人で研ぎ上げた750mmのマグロ切り包丁。通常の600mmよりも遥かに長く、精密さ・持久力・集中力を要する難しい作業です。
刃の手前に厚みを持たせ、先に向かって薄くなる“テーパー”を施す。──この高度な研ぎ技術が求められる作業を、Aさんは見事にやり遂げたのです。
※先にかけて薄くなる完璧なテーパー。このテーパーが極上の切れ味を生み出します。
仕上げた包丁は、まっすぐで、凹凸やねじれのない理想的な状態。
代表が目利きとしても太鼓判を押す完成度で、その後、京都や北海道のマグロ専門店に納品されました。
660mmや600mmのバリエーションも含め、一本あたり1〜2日をかけて丁寧に仕上げる。集中力と手際は、まさに松竹梅の中の“松”クラスの職人仕事でした。
※研ぐ前の「地」。長さが分かります。
「見る目」がある新人、技術を感覚と3Dでとらえる力
代表の高橋が、そんなAさんの素質を感じたのは実はもっと以前からでした。ある日代表が3本の包丁を並べて「どれが一番好きか?」と尋ねたところ、彼女は見た目の派手なものではなく、最も難易度の高い“松”の包丁を選んだのです。
多くの人が光沢の強い竹や梅の刃に目を奪われる中、その選択は「見る目がある」と代表を唸らせました。
さらに、Aさんは3Dの立体構造を“感覚”で理解し、言語化された技術指導を即座にイメージに落とし込める点も大きな能力の一つです。
あまり質問をしないタイプだったため、最初は「理解できているのかな・・・」と、思っていました。日曜出勤以外にも、納品対応時などに"松"の職人とやりとりをする機会を見逃さず、技術や知識を吸収する姿勢も印象的でした。
日々の積み重ねと揺るがぬ決意が技術になる
難しい商品や厳しい顧客のご依頼にも「やります」と即答できる強さと、やりきる責任感。Aさんの仕事に取り組む姿勢には、周囲も良い影響を受けています。
ご両親からも「一度決めたことだから、やり切りなさい」と応援されているAさん。地元から離れながらも、一つひとつの経験を糧にして、自らの道を切り拓いています。
代表曰く、Aさんの技術力はもちろんのこと、Aさんのプロフェッショナリズムと、ものづくりへの情熱、向上心、ひたむきさ、スポンジのような吸収力、厳しい意見も聞きたいという柔軟な姿勢に、彼女の職人としての無限の可能性を感じるとのことでした。
そしてAさんいわく「めちゃくちゃ楽しいです」と笑顔で語るその背中には、誇りと向上心が滲んでいました。誰かに言われる前に自分で動く。そんなAさんは、今や現場でも欠かせない存在となりました。
ーー堺で一番を目指したい、本物の職人になりたい。
もしあなたにもそんな想いがあるなら、きっとここは、あなたの新しい出発点になります。
【番外編】
ーー代表の職人への思い
代表は、「とにかく職人のマインドを変えていかないと伝統産業は生き残っていけない」と危惧しており、職人採用にあたっては、手先の器用さよりも、人間としての中身を重視する、とのこと。代表は、「職人には技術だけではなく、マインドも教えて、グローバルな競争環境で生き抜いていける健全なマインドを持つ職人にしたい。職人の定義を変えていきたい」と言います。
続けて次のようにも語っていました。
「パリの三ツ星レストラン、Yannick Allenoの総料理長に廻神大地さんという方がおり、弊社ブランドのsenの包丁を使って頂いています。彼は『とにかく料理のことだけ考えられるのが楽しい。今の環境が好きなので独立は考えていない』と、仰っていたのが印象的です。もちろんYannickさんのプレッシャーもあり、大変なことも多いとは思います。弊社では、職人には、ものづくりに集中し、高みを目指し、そして廻神さんのように脚光を浴びられる場を提供したいと考えています。『職人は独立が一つのゴール』、になりがちな世界で新しいモデルを創れればと考えています。そしてそれがひいては堺打刃物の発展につながると信じています。」と語ります。
分業から内製化への移行、IT技術を使った定量化。
ややもすると、特に職人たちからは、「職人仕事をばかにしている」と見えがちです。
しかし、代表は、誰よりも職人の仕事を尊敬し、堺打刃物を愛しています。発展的に残していきたいからこそ、今の答えに一旦はたどり着いたのだと、インタビューを通じて感じました。そして「いつか、今は冷ややかな目で見ている人も、わかってくれるだろう」と語ってくれました。
「何か革新的なことやろうとする人は古今東西、最初は批判されるものですよ。そして10年も経てばそれがスタンダードになっていたりする。」と笑い飛ばしながら。