2021年、フランス・リヨンで開かれた国際料理展示会「SIRHA」に堺市のブースにて出展した高橋楠。
この場所で、思いがけない出会いがありました。フランス料理界の巨匠、ティエリー・マルクス氏が、高橋楠のブースを訪れたのです。そして彼が手に取ったのは、白水牛の柄をあしらったVG10鍛造の包丁でした。彼は値段も聞かずに、「これをください」とその場で購入。マルクス氏が来られた際、現地スタッフからは「高橋さん!ティエリーマルクスさんが高橋さんの包丁欲しいって来ましたよ!あのティエリーさんですよ!」と興奮気味の報告が入りました。
「見ただけで“本物”だとわかった。美しかった。それだけです」
彼は後のインタビューで、そう語ってくれました。
初対面は2023年。1時間にわたるインタビューで感じた“共鳴”
私がマルクス氏と直接お会いする機会が訪れたのは2023年のことでした。場所はパリにある彼のミシュラン星付きレストランONOR。1時間にわたるインタビューを行い、プロモーション動画の撮影にもご協力をいただくことになったのです。包丁の話だけでなく、料理と哲学、そして「伝統と革新は対立するのか?」という本質的なテーマまで。対話の中で特に印象的だったのは、以下の言葉でした。
「伝統と革新は、コンフリクトしない。むしろ、両立すべきものです」
革新的なアプローチでフレンチに挑み続けてきたマルクス氏は、これまで長年にわたり数多くの批判にさらされながら、料理人としての信念を貫いてこられた時代がありました。その姿はまさに、私たちが伝統職人を守り、技術を伝え、そして業界を変えていこうとしている姿勢と重なったのです。※当時のインタビューの様子は当社Instagramにも掲載しています。
この出会いをきっかけに、私たちはマルクス氏の包丁の研ぎ直しや、直々にいただくご要望に応じた新たな包丁作りにも携わってきました。
「次に会うときまでに、このペティナイフが欲しいんだ」
「日本らしさを感じるヒノキの柄で、ステーキナイフを作れないか?」
極めて難易度の高い仕様のリクエスト、試作に試作を重ねる過程で「納得できなければ代金は結構です」と伝えたところ、返ってきたのは彼の誠実な一言。「納得できるまで待ちます。そしてしっかりフィードバックもします」一流の料理人の姿勢に、ものづくりの本質を教えられる瞬間がありました。
ーー比較は毒である。そして、伝統と革新はコンフリクトしない。
「日本の他産地や欧州の産地と比べ、高橋楠の良いところ・悪いところはどう考えですか?堺の包丁がよりよくなるためにはどうしたらいいですか?」そんな質問をマルクス氏に投げかけたことがあります。
「フランス語に比較は毒である、と言い回しがあります。何かと何かを比べて選ぶということは無理だと思います。どんな料理人もそれぞれ、この魚はどこどこの海で獲れたものだから欲しいとか、収穫された土地をよく知っているからこの果物が欲しい、といった風に選んでいくものですから。包丁の職人さんと私たち料理人の関係も、似たような感じだと思います。」
また、「私たちは、堺打刃物の伝統を守っていかないといけない。そして時代に合わせた革新も必要だと考えています。」と話したところ、
「伝統と革新の間に矛盾がないいうことです。イノベーションとは、料理人という専門職のアプローチにおいて、私たちが進歩し、今とは違う、さらに優れたものに向かって前進しする手助けをするために存在しているものです。だから、伝統と革新を対立構造に置かないというところに興味をかきたてられるのです。」
イノベーションやクリエイションとは結局のところたくさん失敗するということ
世界的に有名な一流料理人、ティエリー・マルクス氏。彼のような志ある料理人と共鳴し、今後の未来の料理文化をつくる。それが私たちの使命であり、誇りです。
「イノベーションやクリエーションは、結局のところ、たくさん失敗をする、ということなんです。新しいプロジェクトを行うこと、究極の刃を持つ包丁を作ったり、究極の料理を生み出したりといった目的を持つことは、今まで誰も試したことのない、あらゆる方法に全てトライしてみるということだと思います。
つまりイノベーションとは、常に不安で混乱を起こすものなのです。だからこそ、革命的なことをやってみせる、今あるものを変化させるプロジェクトをやってみせる!と言えるような、革新的な人でいるためには、かなり強靭な精神力が必要ですし、多くの段階を踏み、トライ&エラーを繰り返す必要があります。そして、新たなクリエーションに到達したある日、一般の人々が『ウィ!それはなかなか面白そうだな』と言い始めるのです。
2050年に向けた包丁を新しくデザインするためには、非常に多くの観察や注視が必要です。どんな素材で、どんなプロに向けた包丁なのか?を考え、その夢の実現に向かってトライすることがプロジェクトを実現させるのです。そういった夢の包丁を思い描く時、2050年の料理人に対して、自分ならどんな包丁をデザインするのだろうか!そのためには、その料理人がどんな食材を使ってそれをどう変化させたいのかなどを、じっくり観察しなくてはなりません。」
マルクス氏が語ってくれたこの言葉に、私たちはハッとさせられました。伝統に縛られるのではなく、未来を想像しながら、今日という一日を積み重ねていくーー。その姿勢は、技術やITを取り入れながら、次世代の職人が育つ環境をつくろうとしている私たちの挑戦そのものでもあります。
私はマルクスさんとお会いするたびにエネルギーをもらえます。こういった、相手にエネルギーを与えられる人はほんのわずかだと思います。それは、マルクスさんが料理人として超一流というだけではなく、卓越した人間力があるからだと考えています。そしてそれはマルクスさんご自身が、批判にさらされながら、フレンチの発展のため尽力してきた道筋が創り上げたものだと思っています。
さぁ、あなたは、職人としてどんな未来をつくりたいですか?世界の一流と向き合い、心を動かす“本物”を生み出し、一緒に世界へ、そして未来へ届けませんか?
新しい挑戦に飛び込みながら、日本の伝統文化の未来を一緒につくりましょう。
堺から世界へ。職人の技と志を、次の時代へつなぐ仲間を私たちは募集しています。