福祉の未来。それは福祉の顔を手放すことに
一橋大学の猪飼周平先生が我々のやっているAIと専門職によるソーシャルワーク(ハイブリッド・ソーシャルワーク)に興味を持ってくださって、お話しさせて頂いた。
非常に示唆に富んだので、備忘録的にまとめておきたい。
なお文責は全て僕個人にあり、先生には無い。
猪飼先生が仰っていた言葉で、ハッとさせられたのは、
「これまでは困ったことを抱えた人をターゲットしてケアするのが福祉であったが、AI等を活用することで、「困っていない時から伴走して、困っている時もそのまま滑らかにケアする」という形になるのではないか」ということであった。
僕なりの解釈はこうだ。
これまでは、病気や事故や障害、親の介護や貧困等があってどうしようもなくなった時に、役所や福祉事務所等の公的相談窓口やNPOなどの民間窓口に相談に行って、何とか使える制度を見つけて、その制度を使って現金なのか貸付なのかサービスなのかにアクセスしていた。
しかし、この従来福祉モデルの問題点は、医療のメタファーを使うならば「病気が酷くなってから手術しましょう」となって、患者にも病院(支援者)側にも負担が大きくなってしまうことだ。「病気になる前に生活習慣見直しましょう。病気になっても、軽い時点で薬を飲んで改善していきましょう」が望ましいはず。
というわけで、「予防的福祉」が必要になるのだが、AIがたとえばパーソナルアシスタントとして、常に私たちの壁打ちをしてくれるような存在となったらどうだろう。今のChatGPTのような機械的な存在ではなく、魔女の宅急便の黒猫ジジのような可愛いUIで、待ち合わせまでには何時に家に出てどの電車に乗っていけば良いか言わないでもスケジュールアプリを見て教えてくれて、さらに折り畳み傘を持っていくように申し添えてくれるようなやつだったら。
それがスマホなのか、スマートメガネデバイス上のARアバターか何かで、現れてくれるようだったら。
僕らは常にアバターとお喋りして、予定をチェックしたり、ちょっとした壁打ちをいつもするような慣習を身につけるだろう。健康だし社会的にも困っていない人々に対しては、アバターは僕たちのウェルビーイングと成長に寄与するように働いてくれる。次の期末テストが近づいていて、前回英語の点数が落ちたから、今回は早めに準備始めたらどう?と促してくれたり。
そうした日常のやり取りから、辛いことがあったら慰めてくれたり、気分転換のプランを出してくれたり。本当に困ったことがあったら、行政サービスや専門家と繋いでくれる。
福祉が福祉の顔をしていない社会。それが未来の福祉の「あったら良いな」である。全ての人に困っていない時から伴走していて、困る前にいろんな手助けをしてくれて、困ってからも助け続けてくれる。それは困った時にだけ頼らないといけない「福祉の人たち」ではなく、慣れ親しんだ友人がずっと助けてくれるような世界だ。
それは福祉リソースが限られていたこれまでは絶対に存在できなかったが、AIを活用すれば絵空事ではない。
教育は「困った人」にだけ行うわけではない。全ての人が幸福になるために必要だから全ての人たちに提供される。福祉も教育のように「全ての人」に提供される世界にするのだ。福祉や医療はどちらかというと、既に病気や困窮や貧困等に陥った人たちに向けて選別的に提供されてきた。それを、教育のように困っていようがいまいが伴走的に提供されていくものに変えるのだ。
【僕たちがこれからすべきこと】
猪飼先生との対談で、こんな一見荒唐無稽とも言える、しかしあり得べきビジョンに辿り着いた。先生に感謝である。
よく考えたら、福祉国家という「国家が国民の健康や幸せに大半の予算を投下して関わる」という考え自体、100年前からしたら荒唐無稽のアイデアだ。だからこのビジョンだって、そう馬鹿げたものでは無いだろう。
では僕たちは足元からどうしていくか。今フローレンスで山形市さん等と実践している、AIと専門職によるソーシャルワークを、世の中に少しずつでも広めていきたい。手応えはすごく感じている。
ある60代の農家のおじいちゃんは、毎日AIに「おはよう」「腰が痛いけど農作業頑張る」「疲れた、ビール飲みたい」等と話しかけてくれる。名目は孤独孤立対策なのだが、そのおじいちゃんはご自身が孤独孤立対策の対象者である、という認識はないだろう。でもそれが良い。そうでなければ、使いたくなくなるからだ。
子どもたちは、雑談が多い。AIに恋バナしてくれたり、クイズを出したりと暇つぶしのように使ってくれている。でも時々、学校に行きたくないということを、ポロッと呟いたりしてくれる。そこから専門家にバトンタッチして相談ケースになっていくこともある。
まだ、こうしたAI実装の取り組みは世の中に知られてはいない。しかし、必ず世の中に必要とされることになると思う。フローレンスの仕事は、それを実際のプロダクトとサービスとして世の中に現出せしめて、そして人々に知ってもらい、それを政策提言し、制度をつくり、世の中の多く人たちが利用できるようにすることだろう。
ぜひ、こうしたアクションを共にしてくれる自治体、企業、NPOの方々と手を繋いでいきたい。そしていつの日か福祉が福祉の顔を手放して、全ての人にとってそばにいてともに歩いていってくれるようなものになっていくことを、強く願っている。