「歌で誰かの人生を応援したい。」
私はそんな願いを胸に、成人を迎えた春、青森県の小さな町から華の都、東京にやってきました。
そして、アーティストとして生涯人々に感動を与えるという夢を叶えるため、5年間で100万円以上を音楽活動に注ぎ、
今、大阪で社長を目指しています。
「いや、どういうこと?」
そう、思われる方も多いでしょう。
一見、夢を諦めて新しい道へ歩き出したのかと思われる状況ですが、
実は、私の夢はあの頃から一ミリたりとも揺らいではいないのです。
「アーティストとして感動を与えること」と「社長になること」
この全く違うように見える二つの目標は、私の中で一本の道で繋がっています。
ですが、初めからそのような考えだったわけではありません。
どうしてこの二つが結びつくようになったのか。
そのきっかけは、多くの夢追い人が一度は直面する落とし穴に気がついたことでした。
元々、私がアーティストになりたいと思うようになったきっかけは、中学生の頃。
当時私は、親の離婚や、家庭と学校両方での人間関係の不和、東日本大震災の被災など、非常に高ストレスな環境に身を置いていました。
その結果、「ギラン・バレー症候群」という体に力が入らなくなる謎の病気を発症するほど、体も心も非常に不安定な状態でした。
あの頃は何をしていても嫌な感情ばかり湧いてきて、そんな自分にも激しく自己嫌悪をするという最悪な悪循環が起きていました。
死にたいけど迷惑かかるから死ねない。と真剣に悩む程度には限界状態でしたが、そんな状態でも、曲を聴いたり歌を歌っている時だけは、なぜかいい意味で何もかもどうでも良く感じられました。
今思えば、歌手は自分の代わりに、誰にもいえない気持ちを言語化して叫んでくれる。
その気持ちを肯定してくれる。
そんな風に思って、どこか救われたような気持ちになれていたんだと思います。
それから高校に進学し、環境が変わったことで私の心と体は平穏を取り戻していきました。
そして卒業シーズンで将来について真剣に考えるようになった時に、ふと中学での経験が頭によぎり、自然とこう思っていました。
自分も誰かを救える存在になりたい、と。
その瞬間、私の夢は
『歌手になること』ではなく、
『生きるエネルギーを届ける人になること』
になりました。
そして、どうせなら一度きりの人生、挑戦せずにつまらない人生を送るより、
大変でも刺激が多い、最高に楽しくて面白い人生にしたい!
そう思い至った1ヶ月後、私は芸能関係の専門学校に進学が決まっていました。
それからは、本当にやりたいことを叶えるために、がむしゃらに音楽活動に打ち込みました。
毎日歌を練習し、作曲し、ライブにも出演し、5年間で100万円以上を音楽活動へ投資しました。
あの頃は無我夢中で、人生の中で最も充実していた日々だったように思います。
ですが、そんな日常は長くは続きませんでした。
3年が過ぎた頃から、日々の充実感の笑顔の裏で、現実の厳しさという毒がじわじわと心を侵食していくのを感じ始めました。
いくら曲を投稿しても再生数は伸びず、収益化なんて夢のまた夢。
生活のためにアルバイトを増やせば、その分音楽に割く時間と労力が減る。
そうなると曲の投稿頻度が落ち、さらに人に届かなくなる。
どうしたらこの負のループから抜け出せるのか。
その答えが見えない毎日が、少しずつ私の心をすり減らしていきました。
次第に私は、大好きだった音楽が苦痛に感じるようになっていました。
それに気がついた時に、私の精神はガラガラと音を立てて崩れていきました。
そのうち心の中が、
「どうせ自分には才能がない。どれだけ頑張っても報われない。」
という絶望感で満たされて、音楽によって救済されたあの頃とは逆に、
音楽によって中学時代の精神状態まで引き戻されていたのでした。
そんな夢も希望も消えかかっていたある日、私はある衝撃的なニュースを知りました。
それは音楽を専門にしていないYouTuberの楽曲が社会現象になるほど流行している、というものでした。
その時、私の心の中で押し殺していた感情が一気に爆発しました。
無意識のうちに、「ふざけんな!」と叫び、悔しさから涙が止まらなくなりました。
「今までやってきたことは無駄だったのか?」
「100万円かけた意味は?」
「5年間で他にできたことがあるんじゃないか?」
頭の中ではそんな考えが嵐のようにゴウゴウと渦巻き、その日は一晩中悔しさに打ちひしがれていました。
しかし、一晩空けて冷静さを取り戻した時に、諦めたかのように私は一つの事実を受け止めていました。
それは、
『どれだけ技術があっても、人に届かなければ意味がない。』
ということでした。
感動を与えて、人生の救いになりたい。
たったそれだけを叶えるために、私には影響力のある人物であることが重要だったのです。
そして、改めてこれだけ悔しさがあったということは、それだけ自分が本気だったんだと思い、今度こそ本気で夢を実現しようと動き出すことを決意しました。
必ず夢を実現させる。そのためには、どんな条件でも構わない。
本気で覚悟を決めた瞬間でした。
しかし、現実問題、私には世の天才アーティストと呼ばれる人たちのような音楽的才能もセンスもない。
毎日、ただただ生きるためにアルバイトを続けるだけのフリーターには正直言って無謀な夢。
だから、まずはこの環境を変えようと思いました。
賄いをもらえることだけを目的にしていた飲食店のアルバイトを辞めて、もっと自分の将来につながるような仕事を見つけなければと思ったからです。
そう思って成長できる環境を探し続けた先で、
私はそれまで信じていた「夢の叶え方」が180°変わることになります。
なぜアーティスト志望だった私が、本気で社長を目指すようになったのか。
その答えをくれたのが、Antraceという会社でした。
(次回へ続く)