人の問題とされるものを構造化することで、本当の意味で人が活きるようになった話
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はじめに
多くの場合、「人の問題」とされているものは、
実は個人の能力や意識の問題ではなく、構造の問題であると感じています。
「あの人だからうまくいかない」
「あの人しかできない、分からない」
「判断基準がバラバラ」
こうした言葉は、どの現場でも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
私自身、これまでの経験の中で、
属人化や判断基準のばらつきといった課題に直面してきましたが、
それらを「人」ではなく「構造」として捉え直すことで、
再現性のある改善につなげてきました。
そして、問題を構造として捉え直し、分解し、再設計することで、
人が本来力を発揮すべきところに集中できる状態をつくることができる。
そう考えるようになりました。
本記事では、そうした経験を通じて得た
「人の問題を構造として捉える」という視点について、
幼少期から現在に至るまでの背景も含めてお話しします。
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目次
はじめに
■ 原点:「なぜ同じ条件でも結果が変わるのか」
■ 視点の変化:「木ではなく、森を見る」
■ 思考の獲得:「再現できる構造として捉える」
■ 現職での気づき:「説明」ではなく「改善」へ
■ 実務での取り組み
■ 構造化の先にあるもの
おわりに
■ 原点:「なぜ同じ条件でも結果が変わるのか」
幼少期、新聞に掲載されていた四コマ漫画「コボちゃん」を読み、
「どんな状況で、誰が、何をして、どうなったのか」をノートにまとめる習慣がありました。
それをある時振り返った際、
似たような状況や登場人物であっても、結末が大きく異なることに気づきました。
「なぜ同じような条件でも、違う結果になるのか」
当時は答えを見つけることはできませんでしたが、
この問いが、その後の思考の原点になっていると感じています。
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■ 視点の変化:「木ではなく、森を見る」
この「なぜ同じ条件でも結果が変わるのか」という問いを持ったまま、
高校での学びに進みました。
高校では海外の学校に進学し、
科目選択や学習内容を自分で決める環境に身を置くことになりました。
その中で印象的だったのが、「US History and Governments」という授業です。
それまで私は「自由」や「権利」を、
自分にとって都合の良いものとして捉えていました。
しかし実際には、「自由」や「権利」は単に与えられたものではなく、
また、初めからどこにでもあった物でもない。
歴史の中で勝ち取られてきたものであるからこそ、
義務や責任と不可分であり、大切にされているという文化的背景を含めて真の意味を学びました。
その時初めて、
「自分が見ているものは、あくまで一側面でしかない」と実感しました。
目の前の“木”だけを見るのではなく、
その木がどのような“森”の中に存在しているのか、
さらにその森を様々な角度から捉える必要があると考えるようになりました。
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■ 思考の獲得:「再現できる構造として捉える」
大学では歯科大学に進学しましたが、
その中で特に強い関心を持ったのが統計学と物理学でした。
統計学では、外れ値や分布、帰無仮説の棄却・採択といった考え方を通じて、
「ばらつき」を前提に物事を捉える視点を学びました。
特に印象的だったのは、±1SDのように、
「どの範囲までを許容するのか」という線引きに幅を持たせる考え方です。
絶対的な正解・不正解ではなく、
一定の範囲を前提として判断するという考え方は、
現在の業務における基準設計にも強く影響しています。
また物理学では、
事象を分解し、再現可能な形で再構築する考え方に強く惹かれました。
幼少期に抱いた
「なぜ同じ条件でも結果が変わるのか」という問いに対して、
「構造として捉えることで、結果を再現できるのではないか」
という感覚を、この頃に持つようになりました。
また、基礎科目と応用科目の関係性についても、
単なる知識の積み重ねではなく、
基礎で学んだ内容が応用における考え方の原点になっていると捉えるようになりました。
個々の知識を点として捉えるだけでなく、
それらが相互に関連する“面”、さらに言えば“立体的な関係性”として横断的に捉える思考です。
これは高校時代に学んだ「木ではなく森を見る」という考え方が発展し、
「木を見つつ森を見る」という捉え方へと変化したものだと感じています。
つまり、個々の問題や現場単位の改善にも目を向けつつ、
全体の流れを崩さない、止めないという視点を同時に持つようになりました。
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■ 現職での気づき:「説明」ではなく「改善」へ
現職では、
特定の曜日にアポイントが埋まりにくい、売上が低下するといった課題に対する会議がありました。
その中で、
「人気の先生がいない曜日はアポイントが少ない」
「リコール間隔の判断が曖昧で、患者が離脱している」
といった意見が出ました。
私自身も後者の意見を出しましたが、
その際、経営層から
「それは仕方のないことなのか?改善できないのか?」
という問いがありました。
その時、自分が
「現象を説明しているだけで、改善する前提で問題を捉えていなかった」
ことに気づきました。
そこで私は、
漠然とした問題を“環境や人の特性”ではなく、
“解決可能な課題として分解するもの”として捉え直すことを選びました。
問題を分解し、
どこに再現性がなく、
どこに判断基準の曖昧さがあり、
どこに情報の断絶があるのかを明確にする。
そして、それらを構造として再設計する。
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■ 実務での取り組み
実際の取り組みの一例として、
予防歯科におけるリコール設計の改善があります。
従来は、
患者ごとの対応が属人的に判断されており、
リコール間隔や対応方針にばらつきがあり、
担当者ごとに対応が異なる状況がありました。
簡単に言うと、
同じようなケースであっても、
担当者によって判断や対応が異なる状況がありました。
その結果、引き継ぎ時に認識のズレが生じるなど、
業務がスムーズに進まない場面もありました。
そこで以下のような設計を行いました。
・口腔内状態を点数化
・合計点からリコール間隔を自動決定
・リスク要因と組み合わせて次回方針を決定
これにより、
判断基準の統一と再現性のある運用が可能になりました。
具体的には、業務を要素ごとに分解し、
どの判断がどの条件によって行われているのかを整理しました。
その上で判断基準を言語化し、
誰が対応しても同じ結果になるように業務フローとして再構築しました。
その結果、対応のばらつきが減少し、
業務の引き継ぎもスムーズになりました。
さらに、
今回の問題を解決するにあたって、
単にリコール設計だけに留まらず、
他で課題となっていた「情報共有」に対しても、
横断的な解決策を設計しました。
具体的には、
・継続的に観察すべき部位
・観察すべき理由
・治療に移行すべき部位
・治療すべき理由
これらを明確に定義し、
「どの条件で記載するか」
「どこに記載するか」
まで含めて設計しました。
これにより、
情報の抜け漏れや解釈のズレを防ぎ、
チーム全体で同じ基準で患者を捉えられる状態を実現しました。
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■ 構造化の先にあるもの
こうした取り組みを通じて実感したのは、
構造化の目的は、
人を排除することではないということです。
むしろ、
構造化することで
人が判断しなくていい部分を減らし、
本来人の手が必要な領域に、
時間と意識を使えるようにすること。
これこそが本質だと考えています。
人の経験や感覚が活きるべき場所に、
きちんと人の力を使う。
そのために、
構造で解決できる部分は構造に任せる。
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おわりに
現場で起きる問題の多くは、
一見すると「人の問題」に見えます。
しかしそれらは、
構造として捉え直すことで解決可能なものです。
そして、
構造を整えることで、
人が本来持っている力を発揮できる状態が生まれる。
私はこれからも、
問題を構造として捉え、
分解し、再設計し、
その先で「人が活きる状態」をつくることに
向き合い続けていきたいと考えています。