「寄せ集め」がなぜ強くなるのか ― ワールドカップに学ぶ、多様なメンバーが一つになる瞬間
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皆さん、ワールドカップ見てますか?!
小・中・高とサッカー小僧だった僕は、この期間ほぼ毎日寝不足で、スーパースターたちが日夜繰り広げる熱戦に夢中になっています。
そんなワールドカップを見ていると、いつも不思議に思うことがあります。
普段は別々のクラブで、別々の言語で、別々の戦術・スタイルでプレーしている選手たちが、代表チームに集まった途端に、驚くほど息の合った戦いを見せる。しかも準備期間はわずか数週間。それでも、初出場国が強豪を倒したり、多国籍にルーツを持つ選手たちが一つの旗の下で走り回ったりする姿を見ると、「組織」というものの本質が見えてくる気がします。
なぜ、「寄せ集め」のはずのチームが機能するのでしょうか。
考えてみれば、これは多くの中小企業が抱える課題そのものです。中途入社、新卒、他部署からの異動や業務委託。今の職場が生え抜きだけで構成されているケースの方が、もはや珍しいのではないでしょうか。バックグラウンドも、得意なことも、大事にしている価値観も違う人たちが、限られた時間の中で成果を出すことを求められる。この構図は、各国の代表チームが置かれている状況と似ています。
共通の「勝ちたい理由」がある
代表チームの選手たちは、普段の戦術も、得意なプレースタイルも、場合によっては話す言語すら違います。それでも機能するのは、「なぜこのチームで戦うのか」という理由が、驚くほど明確に共有されているからだと思います。『国の代表として戦う』という事実そのものが、細かい説明を必要としないぐらい、強力な求心力になっている。
組織も同じで、メンバーの背景が多様であればあるほど、目的やビジョンの解像度が問われます。「頑張ろう」とか「良いものを作ろう」といった曖昧な目標は、価値観が均質なチームであればなんとなく通じても、多様性の中では簡単に形骸化してしまいます。
逆に言えば、目的が具体的で、誰の言葉でも語り直せるくらいシンプルであれば、背景の違いはむしろ気にならなくなる。目的の明確さは、多様性のある組織においては必須なのだと思います。
違いを恐れず、むしろ武器にする
異なる文化やスタイルを持つ選手が混ざり合うチームは、時に予測不能な強さを見せます。同質的なチームにはない発想やプレーが生まれるからです。育ってきたリーグやスタイルが違う選手たちが同じピッチに立つとき、そこには「型」に収まらない攻撃や、想定外の連携が生まれることがあります。
組織においても、多様性は「まとめるのが大変なもの」ではなく、「他にはない発想が生まれる土壌」として捉え直すことができるはずです。同質的なメンバーだけで固めたチームは、意思決定は速いかもしれませんが、盲点にも気づきにくい。違う前提を持つ人たちがその場にいることは、非効率なように見えて、実は長期的な強さの源泉になり得ます。
役割を明確に
強いチームほど、誰が何をするかの共通理解が速い。ポジションだけでなく、「誰がリスクを取り、誰がそれを支えるか」という暗黙の役割分担ができています。攻め上がる選手がいれば、必ずその背後をカバーする選手がいる。『目立つ仕事』と、『目立たないけれど不可欠な仕事』の両方に、きちんと敬意が払われている。
わかりやすい例が、メッシのような選手の起用のされ方です。守備の運動量を免除され、前線に留まって得点に最大限集中する役割を、周囲がチームとして許容している。これは「守備をサボっている」のではなく、「その選手が最大の価値を出せる仕事に特化させ、空いた守備の負荷を他のメンバーで引き受ける」という、明確な役割設計の結果です。もし全員に同じ運動量や同じ役割を期待していたら、こうした特化は生まれません。
組織においても、多様なメンバーが集まったときにまず必要になるのは、細かいルールよりも「役割と期待値のすり合わせ」ではないでしょうか。誰が意思決定し、誰が実行し、誰がフォローするのか。ここが曖昧なまま多様なメンバーを集めると、遠慮からくる仕事の抜け漏れや、逆に役割の奪い合いが起きやすくなります。逆に、メッシの例のように「この人にはこの強みに全振りしてもらい、他をチームで補う」という設計ができれば、個々の突出した強みが、チーム全体の弱点にならず武器になります。役割の明確さは、個人の自由を奪うものではなく、むしろ安心してそれぞれの持ち味を発揮するための土台なのだと思います。
「特化」と「属人化」は、似て非なる
ただし、一つ注意しなければならないことがあります。メッシのような「一人に極端な役割を集中させる」やり方は、見方によっては「一人に依存した属人的な体制」にも映ります。もし会社組織で同じことをやろうとすれば、それは特定の人しかやり方を知らない、いわゆるブラックボックス化・属人化になるのではないか、という疑問が浮かびます。
結論から言うと、両者を分けるのは「特化するかどうか」ではなく、「特化した業務の中身が可視化・共有されているかどうか」なのだと思います。メッシの守備免除には、なぜ彼が守備をしないのか、その分を誰がどう埋めるのかが、チームの戦術の肝として言語化されて共有されています。もし彼が不在になっても、フォーメーションを組み替えて機能するように設計もされている。
一方、属人化・ブラックボックス化の問題は、やり方が特定の人の頭の中にしかなく、その人が抜けた瞬間に業務が止まったり、誰も再現できなくなったりすることにあります。しかもそれは、ワールドカップとは異なり、期限のない継続的な業務であるにもかかわらず、代替の仕組みが用意されていない状態です。
つまり、得意分野に人を特化させること自体は、組織の生産性を上げる合理的な選択といえるのですが、危険なのは、特化と同時に「その仕事の判断基準やノウハウが、その人だけのものになってしまう」ことです。だとすれば組織として目指すべきは、「誰が何を担うか」を明確にした上で、その意図や業務内容・判断基準まできちんと言語化し、チームの共通認識として理解しておくこと。
特化を恐れず、かつブラックボックスにはしない。この両立こそが、継続する組織の中で重要なポイントです。
実際、僕たちの会社でも、現場の判断が特定の人の経験や勘に依存してしまっている業務を洗い出し、誰が見ても同じ基準で判断できる形に落とし込んでいくプロジェクトを進めています。地道で時間のかかる作業ですが、これをやり切れるかどうかが、"人に依存する強さ"を"仕組みで回る組織の強さ"に変えられるかどうかの分かれ目だと感じています。
「期間限定の結束」から「続く組織」へ
代表チームと会社組織の決定的な違いとして、代表チームは大会が終われば解散し、選手たちはまた別々のクラブに戻っていきます。ひとつの旗の下での強い結束は、あくまで期間限定のものです。
一方、会社という組織は、そうはいきません。多様なメンバーが一度は一つになれても、それを一過性の高揚感で終わらせず、日々の業務の中でどう再現し続けるかが問われます。目的の共有も、役割の設計も、お互いへのリスペクトも、一度作って終わりではなく、メンバーが入れ替わるたびに、何度でも語り直し、調整し直す必要がある。ここが、組織づくりの本当の難しさであり、同時に面白さでもあると思います。
サッカーの代表チームは、究極的には「短期間で結成される、超多様な組織」です。そこから学べるのは、結局のところ、組織を強くするのはルールの精緻さではなく、目的の共有度と、個々の役割への信頼、そして他者への敬意なのだということです。そして、それを一度きりの『奇跡』で終わらせず、日常の中で繰り返し作り続けられるかどうかが、会社という組織にとっての本当の勝負なのかもしれません。
多様な強みを、組織の財産に
僕らの会社でも、こうした「一人ひとりの強みを最大限に活かしながら、属人化させない」組織づくりに、日々試行錯誤しながら取り組んでいます。多様なバックグラウンドを持つ一人ひとりが互いを尊重し合い、自分の得意なことを思いきり発揮しながらも、そのノウハウがちゃんとチームの財産として残っていく。そんな環境を、当たり前にしていきたいと思っています。
もしこの記事を読んで、こういう組織のつくり方に少しでも共感してもらえたら、ぜひ一度お話ししましょう!
ワールドカップはまだ続きます。ピッチの上の「組織づくり」、僕は少し違う目線からも楽しんでみたいと思います!