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ベジクル株式会社 / 代表取締役CEO
八百屋20年。スーパー、青果市場、業務卸と一貫して現場でやってきた、生粋の「野菜バカ🍆」です。市場の駐車場から始めて、ただひたすら素直に学び、量をこなし、改善を積み重ねてきました。
【第二創業する覚悟】ミッション実現のためベンチャー・スタートアップへ変貌したベジクルの沿革
ラクシーレを通じて、食材流通をアップデートする。
経営
2023.2より、同業者との事業提携を実施。 これにより都心部はダントツのシェアを獲得することができた。 しかし急激な顧客増加にともない現場は大混乱。 ここぞとばかりに自分も現場に入りオペレーションの最適化に関わる。 現場が混乱した時に最初にするのが、「100本改善ノック」 目の前にある小さな不便を言語化し徹底的に全員で潰しにかかる。 忙しくなると余裕がなくなり視野が狭くなるが、身近な改善が不具合を起こすこはない。 気合いで2週間で体制構築をしたのだが、 その後、現場に留まり八百屋の匠を磨き続けることとした。 100日の乱と呼んでいる。 このとき、「まだ若いものには負けない!」と気合い入れて作業にも取り組んだのだが、現場のリーダー陣にあっけなく負けてしまう。 すごいなベジクルの現場💪 ベジクルの現場力にデータとAIで武装して日本一の八百屋になりたい。
2020年2月 オリンピック開催の需要増を狙って、物流センターの移転投資を決行。 1億円の投資は10年かけてコツコツ貯めてきた。銀座エリアでは数百という顧客を獲得できて調子に乗っていたなと振り返る。 ワタルもジョインして第二創業期が始まると鼻息を荒くしていたのだが 皮肉にも彼が入社した2020.4.1は緊急事態宣言の初日。 いきなりのカウンターパンチをくらいノックアウト寸前。 20204月、5月はウン千万の赤字に.... コロナの緊急事態宣言はこの後、複数回に続くこととなるが 本当に辛かった。何度も泣きそうになった。 この時自分を支えてくれたのは「日本一の八百屋になる」という執念であった。 パートナーである取締役のワタルと共にどんなに辛くても投資を止めずに、仲間と顧客を増やし続けた。 「コロナが成長機会だった」 と言える未来を作るには何が必要かと試行錯誤の連続であった。 花の咲かない時期には根を伸ばす。 40過ぎたオッサンは簡単に成長ができないが、このストレスが成長を促進してくれたお陰で少しは成長ができた。 そして、頼もしい仲間たちが共にこの先の未来を変えてくれるのであった。
2015年頃から青果物流通のスタートアップ企業が複数参入。 彼らは現場の経験も何もなく、この業界が美味しそうと参入をしてきたようだ。 エクイティファイナンスを活用し先行投資を惜しまずにweb広告の競合ともなりCPAがどんどん上がっていく。 「上等じゃねえか」とカッと熱くなったことを今も覚えている。 現場力とマーケでどう勝つか。同じことを頑張っても仕方ないので、違う軸でどう差をつけていくか。本を読み、セミナーに行き、勉強をする。 戦略のような頭デッカチでなく、戦術で勝負をすると決めて、ありとあらゆる手段を講じてマーケ磨きをかける。同時にデータを活用し現場の弱みを補完する仕組みを作りより強く賢く成長をする機会にできた。(敢えて書いておくが、今でも当時のスタートアップ勢には何も負けていない。) そんな頃に知人を通じて紹介をされた現取締役の「ワタル」との出会う。 いかにもスタートアップの雰囲気だった彼をなんとか仲間にできれば、中卒の俺もベンチャー企業に変革できるかも。そんな期待から口説き落とし仲間になってもらうことに成功。 ワタルはその2年後にベジクルにジョインすることになる。 新しい風を吹き込んでくれ、第二創業としてのスタートでもあったが、大きな波乱と混乱とコロナを連れてくるのであった。
マーケティングで顧客の流入経路の安定確保ができ売上が成長していたのは嬉しかたのが、マネジメントには相当苦労していた。野菜の流通は商品の入荷に不確実要素があるだけでなく、鮮度管理や目利きという複雑な要素も併せ持つ。 属人的になりやすいが、メンバーの確保もうまくいかず我慢の連続であった。 なぜなぜと日々自問自答をしながら数年悩んでたどり着いたのが作業に規則を持たせれば効率が上がる。 そこで思いついたのが「レーンピッキング」であった。 出荷作業を個人に割り当てずに、チーム全員で出荷をするという仕組みに変えたことにより生産性が20%向上し、成長スピードがか加速。 データドリブンのオペレーションに辿り着くまでに3年はかかったと記憶している。
小売業の流通現場を見たくなり、修行をする。 オオゼキは一坪あたりの売上が日本トップクラスのスーパーであった。
祖父に紹介されて青果市場に流れ着く。 髪型自由、服装自由な環境で楽しく働かせてもらった。 市場の何でもありなところは自分の肌にも合うなとは思いつつも、働いてる先輩方が人生のお手本として相応しくないとは常に感じていた。
親元を離れて、イギリスに留学をさせてもらう。 英語が話せなくても友達はできるし思いは伝わることを学ぶ。
元気がモリモリ溢れる血気盛んな10代でした。 親からの勧めでイギリスに留学する
気合い
根性
八百屋
webマーケティング
貴大 綿貫
ボンディッシュ株式会社, 取締役COO
Rina Akimoto
株式会社ビビッドガーデン, 代表取締役社長
Hideki Ohara
ココカラ合同会社, Founder, CEO
Naoki Sanpei
COUNTERWORKS inc, CEO
Toshinao Sasaki
フリーランス, ジャーナリスト・作家
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