HRと利他学とニュータイプ
こんにちは、熊本県のIT企業で人事部長をしている石田です。
人事という仕事としている中で、会社のミッションビジョン達成に向けて制度の構築や、経営者の掲げる想いの言語化と浸透に取り組んでいますが、個人の成長や組織の成長や幸せの実現のために、もっと言うと企業人としてだけでなくひとりの人間として生きていくということを考えたときに、改めて個々で生きるのではなく他者とつながりが大切である、と感じる場面が多くありました。人と人が対話するためにはコミュニケーションをとるのは当然だと思っていますが、その本質は何かと考え始めました。そこで見つけたのが利他学という学問です。利他学の鍵となる「利他」という人の道を人事の観点から考えてみたいと思います。
なぜ今利他学なのか
今、人事という仕事をしている中で、改めて人とのつながりの重要性を感じています。例えばセールスとマーケとCXの連携、部内のコミュニケーションなど、事業の成果を出すためはもちろん、組織の運営をスムーズにしていくためにもつながりは大事です。つばがりとは何なのか、どのように強くしていくとよいかを考えていたときに、敬愛する若松英輔先生の著書を複数読むことで人との繋がりの広さ・奥深さ・根深さを知ることができました。若松先生から学んだ利他学と人事の仕事を結びつけることで、より人や組織をより良い方向へ進めていけると感じています。
つながりを持続的に深めるキーワードこそが「利他」です。
「利他」と聞くと、「他者にいいことをする」というイメージですが、それも謝りではないですが本質ではありません。もともとの意味を知ることで、本質が見えてきます。その中に、人事として、1人の人間としてもっと深みのようなものが見えてきました。
「利他」は「利己」の対義語ではない
「利他」の反対語として「利己」と考える人がいるかもしれませんが、実は言葉の成り立ちが違います。
「利己」はエゴイズムであり、西洋の言葉です。西洋では自己と他者は別々です。一方「利他」は日本では平安時代に空海が初めてその言葉を使いました。「利他」とは元は仏教の言葉ですが、空海は「自利利他」と表現し、自己と他者はつながっていると述べています。
現代のトレンドとしてジョブ型雇用が進む中で、一見専門性が高くそれぞれの生産性が高い組織のように見えますが、この分断的個人主義の弊害として、誰かが負担を強いられている、利己的に振る舞う人がいることで知らないうちに誰かを傷つけてしまう、ということもあるかもしれません。そのため、改めて利他という言葉を考え、利他に生きることをやってみることも良いかと考えています。
「利他」とは何か
空海は利他を「自利利他」と表現し、二つが1つになるときに、自利も利他を同時に成就されると言っています。例えば、営業職で受注した際に、お客さんにとってメリットがあるだけでなく、自分自身もお客さんに喜んでもらえたという心の糧になっているということです。物理的なインセンティブなどではなく、信頼や喜びなどの心のあり方だということです。
ここで重要なのは、「利他」を優先しすぎるのでなく、真実の利他のはじまりは「自利」からであると空海は述べています。自利とは自分こそが他者を救うために働く、と考えることです。極めていくと聖人のようになりますが、空海のいう自他を理解し「自己を深める」ということは、成人発達理論の発達段階の先にも通じています。「人のために」の「人」とは何を指すか、視点は何人称か、常に考えていきたいです。
「利他」とガンダム、そしてニュータイプ
改めて利他のことを学んだときにふと気づきました。これはガンダムの世界なのではないかと。私はガンダムが好きで大体のシリーズは見ています。ガンダムの世界(宇宙世紀シリーズ)では、地球連邦とジオン公国がしばしば「自己(自利)」と「他者(利他)」の対立として描かれがちです。しかし、空海の「自利利他」の視点で見ると、単なる善悪や自己・他者の二項対立ではありません。地球連邦は「連邦のため」「人類のため」という大義で戦いますが、同時に「自分が守りたい人」「自分が信じる正義」のために戦っています。これは「自利」と「利他」が重なり合う瞬間です。主人公のアムロは、最初は自分や家族を守るために戦い始めますが、次第に「人類の未来」や「敵であるはずのララァ」など、より広い他者への共感へと発展していきます。シャアは「ジオンのため」「スペースノイドのため」と言いつつも、個人的な復讐心や家族への想い(自利)も強く持っています。しかし、彼の行動が結果的に多くの人々の運命を動かし、時に「利他」となります。ここでも「自利」と「利他」は対立せず、むしろ複雑に絡み合っています。
そして最も利他を思い出したのが、「ニュータイプ」の存在です。ニュータイプは、従来の人類よりも他者の心を深く感じ取り、共感し合う能力を持ちます。ニュータイプは「自己と他者がつながっている」という感覚を持つ存在です。これはまさに空海の「自利利他」と重なります。アムロとララァの心の交流は「自分の喜びや悲しみが、他者のそれと不可分である」というニュータイプ的な利他の象徴です。ガンダムの世界観は、まさに「自利利他」の実践の場です。単なる善悪や自己・他者の対立ではなく、「自分を深めることが、他者のためにもなる」という空海の思想が、ニュータイプや登場人物たちの葛藤を通じて描かれています。
- 連邦・ジオンの兵士:自分のために戦いながらも、結果的に他者のためにもなっている(自利利他)
- ニュータイプ:自己と他者の境界が曖昧になり、共感を通じて「自分を深めること=他者を救うこと」になる存在
HRとして考える「利他」
ガンダムの話が長くなり過ぎてしまいましたが、HRとして利他学を考えるときに重要なのは、「利他=自己犠牲」ではなく、「自利利他」=自分と他者の幸せや成長が同時に実現する状態を目指すことだと考えます。この考え方は、ガンダムのニュータイプのように「自己と他者のつながり」を意識し、個人と組織がともに発展する組織文化の醸成に直結します。利他を「自分を犠牲にして他人を優先する」ことではなく、「自分の成長や幸福と、他者への貢献が両立する」状態だと捉えます。自己犠牲的な利他はバーンアウトや離職につながりやすいため、社員のwell-being(心身の充実)を実現したいです。残業過多や業務負担が多いと、利他的な行動を取る余裕がなくなります。まずは人事として最適な組織構造(ポートフォリオ)を見つけ出し、社員がやりがいのある仕事ができ、「自分の心身に余裕を持てる」状態を作りたいです。
言葉にすると安易ですが、その実意味は難しい「人のために」「他者のために」という言葉、人とは自分でもありあなたでもあり、他者は自分を含むこの世の全て、ある種論理を超えたものです。ただこのことを少しでも理解しようとし行動することが人事として大切なことかと考えます。組織における社員とは何か、マネジメントポリシーは何か、人事評価は公平か、どのようにコミュニケーションしていくかを共通言語化し社内浸透していくことで、真のつながりを生みだす土壌をつくることができると考えています。今会社で導入している「感謝の見える化」などの仕組みはめちゃくちゃ良く、利他的行動が称賛される文化が生まれています。人間は本来一人一人価値観が違うとされていますが、深い部分でいくとそんなに変わりなないです。言葉が使えるので、しっかり対話できる体制をつくり、まずは組織として何を大事にしていくかを明確化したいです。
利他学は「自己犠牲」ではなく、「自分と他者の幸せ・成長が両立する」状態を目指すものであり、社員一人ひとりが「自分と他者がつながっている」という意識を持ち、組織全体で「自利利他」を実現できるニュータイプ型組織作りがこれから必要なのではないでしょうか。