優しさの無責任な配布所にしない
就労支援の現場に来て、4年が経ちました。
最初の頃は何のための場所なのか、よく理解されていなかったこともありました。働きたいと思っているが働けない人が、どこかに会員登録したり出向いたりしなくても電話やメールで相談できる窓口なのかな?とか。転職エージェントのように、登録すれば自分に合う条件の求人を紹介してくれるのかな?とか。そのくらい、「会社がプロジェクトに外部から参画する人を募集する」「その会社は行政の委託を受けている」という形態に、前例がなかったのだと思います。
電話やメールでたくさん質問をいただく方に、先のステップとして本来のプロセス(個別説明会)をご案内すると、今はそこまでではないとか、このまま続けてもらえないかといった戸惑いを示されることもありました。自分が主体の一方的な情報収集から、双方向の情報交換に段階が進むということは、相手からも色々と聞かれるということです。仕事はGive & Takeです。私たちが見たいのは、さまざまな顧客から案件を受託してプロジェクトとして運用している私たちと一緒に仕事を進められる人かどうか。ここではないどこかに就職できそうな能力がある人か、も大事ではありますが、正直なところ二の次なのですね。ご本人の納得感や行動にもよるので。
相談援助と事業上の判断
私は社会福祉士の資格を持ち、
- 本人主体
- 自己決定の尊重
- エンパワメント
- ストレングス視点
- 非審判的態度
といった支援職の必須キーワードは理解しています。相談援助という職能スキルとして備えていても、事業の判断とは別の視点であるとの認識をしています。異業種から2022年10月に入社した現職も、福祉業界の会社/職場であると思ったことは一度もありません。
現場で葛藤が生じやすいのは、クライエントの意思を尊重することに対する支援観の差です。「受容と許容は違う」とよく言います。「そう思うんですね」とクライエントの言ったことを認めることは、全肯定とは違います。その人の願いを尊重するのと同時に、環境・能力・リスクを現実的に評価する役割を持ちます。ソーシャルワーカーは単なる伴走者ではなく、高度な現実調整役でもあるのです。
クライエントご本人の希望ではなく、仕事を任せられる条件に重きを置いて見ています。夢や希望をお聞きしつつも、現時点の機能評価として不可能と言うこともあります。しかし、支援界隈では時々、希望を否定しないことが強調されすぎて、実現可能性を見積もること、限界を伝えること、段階設定することが冷たいことのように扱われることがあります。
福祉が主目的だったら、希望を受け止め続けることができます。仕事の現場では、他人の時間・信用・収益・品質が絡んできます。そんな中で、自他共にできないとわかっていることを支援者が「できる(かも)」と励まし続けることは、短期的にクライエントにとっては救いでも、長期的には自己効力感を壊すことがあると考えます。ご本人の中で失敗体験が積み上がっても、支援者から「挑戦したことに意味がある」と言われてしまう。これは、本当によい支援だったのでしょうか。
理想と現実を埋める
就労意欲(働きたい気持ち)は尊重しつつ、現時点でできる範囲を線引きします。それは労働からの排除ではなく、プロジェクトやご本人を壊さないための支援です。ご本人の内側だけを扱って、現実の制約を軽視することはできません。現場で責任を負っている私は、そのズレに常に敏感です。
プロジェクトに参画するに当たって、
- ご本人に変化意思がある
- 自己観察がある程度できる
- 内省する余裕がある
- 試行錯誤できる環境がある
- 問いを抽象化して扱うことができる
これらの特徴があると、こちらからさせていただくフィードバックを取り込んで伸びて行かれるのかなと思います。そのために、日々の稼働報告で時間や作業内容だけでなく体調・所感をつけていただいたり、作業一辺倒の時間とならないようにやり取りを挟んだりしてきました。
社会課題になるくらいだったら、現場の支援者の思いやスキルだけでは解決しません。「ここでは何が求められているのか」という本質を理解し、それを最大限に活用できるように自分が何をできるかを関わる一人ひとりが主体的に考えることが、問題を先送りせず現実的に解決に近づけていくための行動規範だと思います。