旭中学校 / 中学生
マイノリティの生存戦略
当時9割以上が何らかの部活に属していた中、野球部を辞め(裏切り)”狩られる”身となった中1。スポーツが得意でもない&イケメンでもない自分(creep)にとって、ここは自分の居るべき世界ではないのだな(I don't belong here.)、などと諦観めいたド底辺中2 転機は中3。中2から”陰キャ専用ポジ”として細々続けていた新聞部で、なんと部長に立候補し、また選ばれたのだ(というか対立候補が居なかった)。かつそこで全校集会が開催され、部長としてスピーチする中「ひと笑い」とってしまった(「人前でしゃべる」スキルは放送部時代に磨かれていた)。ここから少し、スタート地点がメジャー寄りに傾いた さらに運が良かったのが「メディアを掌握していた」点(編集部員は、ひとクラス1名だった)。当時、壁新聞なんて”掃除のとき、気づけば目に入る”程度の認知度だった。だがここでも放送部時代に培った編集スキルが、「目立ちたい」という自己目的的な欲望により後押しされ、最終的に”次回更新が期待される”メディアにまで成長した 学期に1回が月イチ〜随時更新となり、イラストのうまい同級生をメンバーに引き入れ、そこそこ調査も行うなどしながら協力者を巻き込み、気づけば2学期にはちょっとした「編集チーム」ができあがり、クラス内一大コンテンツにまで昇華した。そしてそこで「偏重報道」を行い、なんと自らを「イケメン」認定させてしまうという荒業までやってのけた 今にしてみりゃ赤面エピソードなのだけれど、諦めず陰キャには陰キャの、辺境には辺境の生存&成長戦略があるのだな、と学ぶ貴重な機会になった