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「世界の空を排気ガスから救った男」の次なる挑戦。社会を変える自動運転技術と向き合うエンジニア

「自動運転パーソナルカーは世の中に新しい価値を生み出す」

現在、最先端のAI技術を用いて自動運転車を開発する本田技研工業株式会社は、これまでも社会に大きなインパクトを与えてきた。

過去、世界中が頭を悩ましていた「排ガス問題」。自動車などから排出される有害物質によって都市の空気はスモッグで汚れ、青空は濁っていた。そんな危機を救ったのが、Hondaが当時開発した「低公害エンジン」だ。

その後も技術の進化を牽引し、今もなお「新しい価値」の創造に挑戦し続けるHondaは、どのような思いで「自動運転車」と向き合っているのだろうか。

低公害エンジンの開発からキャリアをスタートし、現在は自動運転車の開発に携わる研究員、安井裕司に話を聞いた。

スモッグで淀んだ空気を綺麗に――低公害エンジン開発で世界が変わったと感じた瞬間


安井裕司 統合制御開発室 ADブロック 主任研究員 1994年新卒入社

――安井さんは、Hondaの排ガス対策に対するビジョン「Blue Skies for Our Children ~子どもたちに青空を~ 」に惹かれて入社したと伺いました。

安井:私が大学を卒業するころ、「排ガスが汚いから、エンジンのついた車はもう乗れなくなる」と言われていました。私は車が大好きだったので、それを聞いて「低公害エンジンを自分で作って、後世に車を残したい!」と思ったんです。Hondaの「子どもたちに青空を」というスローガンには同じ志が込められていると感じました。

入社後は運よく低公害エンジンを開発する部署に配属されました。さっそく、今まで以上の低公害エンジンの開発に取り組み、数年後には車のハードウェアにほとんど影響を与えずに排出ガスを抑える方法を開発できたんです。無事に排ガス規制をクリアする低公害エンジンが完成し、「SULEV(スーパー・ウルトラ・ロー・エミッション・ビークル:極超低公害車)」を実現しました。

その後は開発したエンジンの量産化を担当。自分で技術を生み出すだけでなく、それが世界中のHondaの車に広がっていく。忙しくて目まぐるしい日々が続きましたが、充実感のある体験ができました。

――「子どもたちに青空を」というスローガンは達成されたのでしょうか。

安井:そうですね。ひとつ強く記憶に残っているエピソードがあって、1999年、講演のために初めてロサンゼルスに行ったときのことです。飛行機から見た景色はスモッグが濃くて「うわあ、汚い…」と誰もが思ってしまうような状態でした。外に出たら排ガスの臭い匂いがプンプンして。

この衝撃の経験から5年後、SULEVを開発した後に改めてロサンゼルスを訪れました。前回と同じく飛行機から外を見たときの、あの驚きは忘れられません。スモッグはどこにもなく、すごく空が綺麗になっていたんです。

Hondaが低公害エンジンを開発して排ガス規制をクリアしてから、ほかの会社もどんどん同じようなエンジンを開発できるようになりました。排気ガスを抑えた車が全世界に広がることで、ロサンゼルスの空気は様変わりしたんでしょう。「あぁ、空ってこんなに綺麗なんだ」と本当に感動しましたね。

排ガス問題はやりきった。次は自動運転で、より大きな社会価値を生み出す

――自分が開発した技術が世界中で役に立っていると実感したんですね。そこからなぜ、自動運転の分野に取り組むことになったんでしょう?

安井:ガソリンエンジンの開発に取り組み、量産化も実現。もちろん完全に解決したとは言えませんが、私の中である程度「やりきった」感覚がありました。

さて、次は何をしようか?そう考えたときに浮かんできたのが「ガソリンエンジンだけじゃなくて、もっと、楽しい、安心、安全、快適みたいなものを届けたい」という思いでした。

時を同じくして、上司に「安井には自動運転の開発をしてほしい。エンジンの開発はもう大丈夫だから、もっとチャレンジできるところに行こう!」と提案されました。確かに自動運転車なら、エンジン開発以上の大きな価値を生み出せるかもしれない。そう思って、挑戦することに決めました。

実は世の中には、2種類の自動運転があります。正式に名前が決まっているわけではないですが、Hondaではそれぞれを「限定エリア自動運転車」と「自動運転パーソナルカー」と呼んでいます。


まず「限定エリア自動運転車」は、限られたエリアで無人でモビリティサービスを提供するための車です。「完全無人運転」が目的で、老人や歩行が厳しい人に移動サービスを提供できますが、決められたエリアでしか走行できません。

私たちが創っているのは「自動運転パーソナルカー」です。これは、ドアtoドアで都市間移動ができ、行きたいところに行けるのが特徴です。決められたエリアだけ自動運転できればいいわけではなく、あらゆる場所への移動が想定されます。

ただ、この「都市間移動」は非常に変数が多く難易度が高い。実現するのは10年20年先の話になります。限られたエリアを走行するだけならシンプルにできるのですが、「自動運転パーソナルカー」は人工知能などをフルに使わないと走れません。より高度なAI技術が必要です。

――「限定エリア自動運転車」よりも「自動運転パーソナルカー」の方が、明らかに難易度が高いように思います。なぜあえてそちらにチャレンジするのですか?

安井:Hondaは「その実現がどんなに困難でも、これまでになかった新しい価値を生む車を実現して、お客様に届けていく」ということを市場から期待されているだろうし、顧客に提供する価値を考えてもやっぱり自動運転パーソナルカーをやりたいと思うんです。

Hondaはこれまで新しいものにチャレンジしてきたし、「なにかやってくれるんじゃないか」という期待感に応え続けています。

確かに自動運転パーソナルカーには高度な技術が必要で、時間もかかる。でも社会に必要だよね?と。じゃあ誰がやるのか?となったときに、やっぱり「自分たちがやるべきなのはこっちだ」と。社内でも議論を重ね、方向性を決めました。

元々Hondaには「新しく今までにない価値を創る文化」があります。自動運転で言えば、「限られたエリアを自由に移動できる」ではなく、「どこにでもいける」ことこそ、私たちが提供したい価値なんですよね。

「社会に必要なものを創る」――新たな価値を生み出すエンジニアであるために

――最後に、安井さん自身、どんなエンジニアでありたいと思って開発を続けているのかを教えてください。

安井:「この技術があるからこれを創りたい」というアプローチではなくて、まずは「今何が求められているのか」「世の中に何が必要なのか」を考えられるエンジニアであることが重要だと思います。

世の中で話題になっている情報も参考にしつつ、ちゃんと俯瞰して「本当に必要なものは何なんだろう?」と考えるんです。自分の中で情報を噛み砕いて、必要とされるものを創る。たとえ難易度が高くても、勉強したり、最先端の技術を持っている人に協力してもらいながら挑戦する。そういうスタンスが大切です。

実際にHondaは、2017年4月から、外部の企業や団体と一緒に開発をする「HondaイノベーションラボTokyo」というものをスタートしました。今までのHondaは他社の技術を取り入れてこなかったんです。世界に先んじて新しい価値や課題へのソリューションを提供することが使命なので、とにかく全部、自分たちで開発していました。

ただ、自動運転の開発をするときに「今まで通り、社内の優秀な人たちを集めて世界のトップレベルを追いかけるのがベストなのか?」と考えたんです。

世界最先端のAIに追いつくには、少なく見積もっても5年、10年はかかってしまいます。でも、その間に時代はどんどん進んでいく。過去のスタイルにこだわって、新しい価値の提供が5年10年遅くなるのは本質的ではないですよね。

そこで私たちは「変なプライドは捨てて、最先端の技術を他社からも取り入れて、一緒に価値を生み出した方がいい」という結論を出しました。「技術をもらってくる」という意識ではなく、お互いに情報を出し合って協力し、より大きな新しい価値を生み出そうスタンスです。

「技術で新たな価値を生み出すこと」こそがエンジニアの仕事であり喜びだと思います。これからも自分のスローガンを軸に開発を続けていきたいです。

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