コンパクトな客室に、必要最低限のアメニティ。チェックイン、チェックアウトはとにかくスムーズに。そんなビジネスホテルのイメージを、がらりと変えようとしている人たちがいる。
愛媛県宇和島市にある宇和島オリエンタルホテルのゼネラルマネージャー・福島徹さんと支配人・松田優さんだ。
福島さん(左)と松田さん(右)
「ここでできること」に期待 入社のきっかけ
福島さんは、宇和島オリエンタルホテルを運営する株式会社サン・クレアに2006年に入社。入社前は高校で進路相談員として働いていたが、同級生の父親が働いていた縁で宇和島オリエンタルホテルに勤め始めた。「もともとコミュニケーションはあまり得意ではなかったのですが、ここで学べるなと思いながら働いてきました」
入社して約8年で支配人になり、現在はゼネラルマネージャーに。株式会社サン・クレアが中国四国地方で展開する全7ホテルの予算、売上管理を担当している。
一方、2022年に入社した松田さんの前職はチェーンホテルのスタッフ。「前のホテルに入社して10年目くらいから転職は考えていて……。正直次もホテルというのは視野にありませんでした。でもサン・クレアはホテルでイベントをしたり、個性的なコンセプトのホテルを展開したりしていて、見ていてワクワクしたんです。いろいろなことができて、ホテルなのに面白そうだ!と思いましたね」
地域とつながる「Oriental Market」
松田さんは現在、フロント業務や予算管理の傍ら、ホテルの駐車場で開かれる「Oriental Market」の準備にも取り組む。愛媛県の飲食店や雑貨屋がホテルの駐車場に集まり、不定期でマルシェを開催。毎回数百名が来場する人気イベントだ。
2023年4月23日には3回目の「Oriental Market」が開かれた。今回は「うわじまじまん。」をテーマに、宇和島市の花屋やケーキ屋など約10店舗が参加した。
「Oriental Market」への出店のお願いは、松田さんが自ら行う。SNSでコンタクトを取るほか、実際に店に足を運ぶことも。地道にネットワークを築いたその先に、目指しているものがある。「ホテルのコンセプトは“街のコンシェルジュを目指す”なんです」
ホテルのイベントやプランをきっかけに、この地域の情報を発信したい。地域に住む人やさまざまな業種の人が集まり、新たなつながりが生まれる場所にしたい。出張や旅行で寝泊まりするための場所を、地域の魅力を見つけて発信する場所へと変えていきたいと願っている。
ビジネスホテルの枠を壊す 屋上で芽吹くミカン
さらに、ホテルの屋上では新たな取り組みも始まっている。特別にお邪魔すると、宇和島の街並みを見下ろす屋上の隅にいくつかの植木鉢が。
「ちょうど新芽が出始めました。収穫は2、3年後くらいですね」。福島さんが2023年3月から始めた「ミカンプロジェクト」は、ホテルの屋上をミカン農園にする取り組みだ。ミカンを自由に収穫したり、柑橘を使ったワークショップをしたり。福島さんもまた、このホテルにたくさんの人が集まる未来を目指している。
「ホテルを宇和島のシンボルタワーにしたいと思っています。新しいホテルが次々できてくる中で、ハード面で戦っていくのは正直難しい。だから、宇和島オリエンタルホテルはビジネスホテルの枠を壊して、別の方向に進んでいくことが大切だと思っています」
目指すはゲストハウスのような「ここだけのサービス」
ホテルのロビーを見渡してみても、いたるところにその思いがにじんでいる。いくつかの香りから好みの入浴剤を選べる「バスソルトバイキング」、宇和島市の農園の柑橘が食べられる「ミカンサービス」、木箱に並ぶ愛媛県の特産品。車で来館するリピーターには、駐車スペースを事前に確保する心遣いも。
福島さんは「普通のビジネスホテルよりも温かみのあるサービスが武器です。宇和島の地域柄を生かしながら、ゲストハウスのようなサービスを目指しています」と話す。
日々の業務の合間に、新たな挑戦を続けること。その背景にあるのは、地域を守りたいという思いだという。
「宇和島は過去に合併をしてきている地域で、どんどん人口が減ってきています。このまま人口が減り続けると、街がなくなってしまう可能性もあると思っていて……。まずはホテルから地域を盛り上げられたら、と思います」と福島さん。愛着のある地域を守ることができるホテルになるために、取り組みたいことがまだまだある。
求めるのは地域やホテルを「知り、発信したい」人
その一つが、SNSで地域の情報を日々投稿していくことだ。例えば、ホテルの近くの神社の桜が咲いたこと、商店街のお店に新しい商品が登場したこと。宇和島に住む人たちや季節がもたらす小さな変化に気づき、発信できる仲間を求めている。
福島さんは「午前中はフロントで働いて、午後は宇和島の街に出かけて情報収集、発信をしてもらうような働き方もできると考えています」と話す。そうして生まれたつながりは、ホテルのイベントや商品にも生かすことができる。
「お店とコラボしたりツアーを組んだり、実はホテルってすごく自由なんです。今までホテルで働いたことがない人でも大丈夫。僕は一つの職場で働き続けることがすべてではなく、人の循環が新しい風を吹かせることもあると思っています。そんなのあるんだ!というアイデアを持っている人と出会えるのを楽しみにしています」
ホテルでのフロント業務の先にも、もちろん目指せるものがある。「フロントのチェックイン、チェックアウト業務をマスターしたあとは、ホテルの料金をマネジメントする業務にもチャレンジしてもらいたいと思っています」と松田さん。新たな仲間を迎え入れることで、自分自身の挑戦の幅も広げていきたいと思っている。
「サン・クレアには、ホテルで働きながら藍染めをしたり、キャンプ事業をしたり、チャレンジを続けているスタッフがたくさんいるんです。その姿を見ていると、自分も何か挑戦しないとなって、引っ張り上げられるような気持ちになります」
地域に寄り添い、人が集うホテルになるために。変化を続けながら「街のコンシェルジュ」を目指す、新たな仲間を探している。
文/時盛 郁子