はじめに
「空間 x 顧客接点で不動産DXを加速する」の連載Part2の記事(こちら)に続き、CSOのTottiがSTYLE PORTの事業成長可能性を深掘ります。
前回のCTO木村との対談を通し、成長戦略を支える開発組織の全体像やロードマップ、背景にある開発思想、今後のチャレンジについてお話いただきました。
今回の記事では、STYLE PORTの代名詞である3Dデジタルツインによる空間体験システムの産みの親と言っても過言ではないProductグループのGM/PdMである吉田 巧(Yoshida Takumi)をお招きし、ROOVの誕生秘話やプロダクトの進化の変遷についてお伺いします。
目次
はじめに
まずは吉田さんの経歴について教えてください
”3Dデジタルツイン空間体験システム”の誕生秘話
スタイルポート創業者との出会い
3Dの民主化を実現させたい
どう実現するか
プロトタイプ開発と独自エンジンの開発
そして初リリースへ
エンジンの限界と更なる改善へ
プロダクトの0→1のフェーズを経て
さいごに
まずは吉田さんの経歴について教えてください
totti:私もこれまでのキャリアの中で色々な国の人と働いてきましたが、吉田さんのお話を聞くとまだまだ世界は広いなと驚かされます。
是非STYLE PORTへの参画前も含めて、吉田さん(以下、巧)がどのようなご経験を経て、これまでのキャリアを積んでこられたのかを教えてください。
巧:僕はオーストラリアのシドニーで生まれました。父の仕事の関係で、幼少期から様々な国を転々とし、人生の半分以上を日本以外で過ごしてきました。どの環境でもアウトサイダーだった僕にとって、新しい場所に馴染むことは日常でしたが、それが新しい発見と成長の源でもありました。
特に僕の価値観に強く影響を与えた体験は大きく二つあり、イギリスでの高校生活と、大学卒業後に働いたイタリアでの職場環境でした。よく海外の学校ではDiversityが重視されるということはありますが、僕が留学した高校はなんと190ヵ国から留学生が集まる環境でした。様々な国や文化をバックグラウンドとして持った学友との生活はとても刺激的でした。
その後、イギリスの大学へ進学し、工業デザインの学位を取得し、新卒でイタリアのデザイン会社で働き始めました。この職場環境もまた非常に刺激的で、ブラジルや韓国など、半分くらいの同僚が世界中から集まっていたインターナショナルな環境でした。
大学(デザイン科)卒業時に技術賞3位を受賞
イタリアのデザイン会社に勤めていた時の打ち合わせ中の様子
振り返ってみると、この多様なバックグラウンドをもった学友や同僚が集まる環境で育ち、働いた経験を通し、自然と”Universalなものづくり”を意識するようになったのだと思います。つまり、特定のローカルコンテキストに依存しなくても、どのようなバックグラウンドのユーザーであっても、ユーザーが直感的に使い方がわかるようなプロダクトをつくる、ということですね。
totti:”Universalなものづくり”というのはとても面白いポイントですね。以前に元任天堂企画開発の方が書かれた”「ついやってしまう」体験のつくりかた”という本を読んだ時に、「マリオの顔には髭が生えているが、あれは適当に生えているのではなく、彼がどちらの方向を向いているのかをプレイヤーにしらせるための重要なデザインで、右を向いているから右にいけば何かがあるのでは、というプレイヤーの直感を生む」みたいなことが書いてあったのを思い出しました。老若男女、国籍問わず、直感的にわかるデザインの必要性が、巧さんが過ごした環境では当たり前だったんですかね。
巧:そうなんです。僕らの提供している空間体験のプロダクトであるROOV walkにおいてもこの”Universalなものづくり”というポイントは非常に重要で、誰が見てもすぐわかり、直感的に操作できるということが必要不可欠です。
細かい話ですが、例えば3Dというのは2Dスクリーンにおけるタッチやマウスという二次元の入力では移動・回転をすべて同時に行うことは原理的に不可能なので、どの操作を限られた入力に紐づけるのかといった面でもより普遍的な期待値に合わせる判断が必要なわけです。
totti:まさか、巧さんの特殊なバックグラウンドが、ROOV walkという空間体験システムのUI/UXに直結していたとは想像もしていませんでした。では、早速スタイルポートの代名詞とも言えるROOV walkの誕生について深ぼっていきましょう。
余談:3D空間の自由移動には必ず「移動する方向」と「視点が向いている方向」という二つの要素がありますが、マウスやタッチ入力は一つです。今や当たり前になっている3Dゲームにおいてコントローラに2つのジョイスティックがあるのはこのためです。ROOVはスマホやパソコンがターゲット端末であり、ターゲットユーザーの多くが3Dゲームや操作に不慣れで当然という前提があるため、それに合わせた設計に苦心しました。
”3Dデジタルツイン空間体験システム”の誕生秘話
totti:前回のCTO木村さんとの対談でSTYLE PORTのROOV事業の開発体制は大きく①3Dデジタルツイン空間体験システムと②接客活動支援CXプラットフォームのプロダクト群があるとお話いただきました。
巧さんはこの”①3Dデジタルツイン空間体験システム”をそれこそROOV事業が誕生する前から関わってこられたと聞いています。私自身このプロダクトを初めてみた時にその美しさや可能性に”一目惚れ”してしまい、転職を決意したのですが、是非このプロダクトがどのような経緯で誕生したのかを教えてください。
スタイルポート創業者との出会い
巧:事の始まりは、当時僕が働いていたITスタートアップに、スタイルポートの創業者である間所さんと中條さんが「ITと3Dをつかって不動産取引の常識を変えたい」というような相談を持ちかけてくれたところでした。
間所さんご自身が、スタイルポートを創業する前も長年不動産領域で経験を積んでいた中で、従来の不動産取引の非効率性に課題意識を持っており、これをITを使って変えていけるという確信を持っていました。その中でも3Dでまだ存在しない住居の間取りを再現できたらめっちゃよいのでは、という話がでていました。元々僕は工業デザインを勉強していたこともあり、3Dエンジニアリングもある程度わかる人間だったので、二人と話を進めながらも「めちゃくちゃハードルが高いことを言っているな」とは思っていましたね。
少し現実的なことを言ってしまうと、パッと思いつくようなことはすでに大体誰かがやってしまっているものだと思っていましたし、もしできたとしても、スタートアップとして勝負になるのかというような漠然とした不安ですね。
一方、実はこの話をする少し前に札幌で新築マンションを購入していたのですが、その時の日本におけるマンション購入の負の体験を強く感じていました。ものすごいお金をかけて壊す前提のモデルルーム、イメージ映像や模型を作っていて、そのコストも価格に反映されていることへのモヤモヤ感。また、そこで受ける接客にしても、顧客として本当に知りたいことをなかなか知ることができないという情報の非対称性も感じました。この原体験があったからこそ、二人のやりたいことに対して価値や意義を自然と見出せていたのだと思います。
3Dの民主化を実現させたい
巧:今でこそVRやARという言葉が一般化し、Vision Proなどのデバイスも販売され、3Dの世界はだいぶ身近になっていますが、創業者の二人と話していた2016~2017年頃は、リッチな3D情報というのはまだまだ消費者にとって身近じゃなかったと思います。空間の選択をするという不動産取引において、3Dの情報をより正確に、手軽に体験できるようにしたいと考え、”3Dの民主化”をキーワードに、プロダクトの方向性を練り上げていました。
当初から間所さんの頭の中には完成系の一定イメージがあったのですが、まずは技術検証も兼ねてプロトタイプをつくるべく間取り空間の再現と内覧ができることをミニマムとし開発を始めました。まさに、現在提供している新築マンションの室内空間を体験できるROOV walkの原型ですね。
現在ROOV walkの中でも提供している”家具シミュレーション”や”部屋のテーマカラーを変更”する機能などの細かい各論はその上にのっかってくるイメージを持ちながらも、一番重要なこととして、マンション購入の消費者が生活体験を先行体験できるようなサービスを目指しました。
どう実現するか
巧:作りたいもののイメージはあったのですが、これをどう実現するかというハードルがめちゃくちゃ高かったです。
一番大きなところでいうと、このサービスをWebで提供するのか、もしくはアプリで提供するのか、という点です。当時からアプリにおける3D表現は一般的だったので、ネイティブアプリ方向でいけば3Dの空間表現は比較的簡単にできることはわかっていました。
一方でマンション購入を検討する消費者の目線で考えた時に、いくらマンションという高額な買い物だとしても、そのためだけに特定の物件やデベロッパーのアプリを入れてもらうには相当ハードルが高いはずとも考えていました。気軽にアクセスできるが3D表現の制約が大きいWebと、3D表現は十分な品質で作れるが消費者へのリーチが悪いアプリ。どちらで行くべきかこの段階では決め切らないでいました。
プロトタイプ開発と独自エンジンの開発
巧:Web vs アプリ、どちらへ転んでもいいようにまずはどちらも対応可能なUnityを試しました。一つのコードベースからアプリへもWebへもパブリッシュできるので、一旦は中身のUI・UXにフォーカスしたプロトタイプというわけです。実際にできたのはこちら。
Unityベースのプロトタイプ
巧:今みるとあまりのプリミティブさに苦笑してしまいますね。とはいえそれっぽい中身ができた段階で、やはり僕たちが提供したい顧客体験を実現するためにはWebでなければダメだよねという結論に至ってWebバージョンを吐き出してみたのですが、当時のUnityのWeb出力だと重すぎて全く使い物にならなかったんです。いきなり大きな壁にぶつかるわけです。どちらに転んでもいいようにUnityを使ったのですが、結局より軽快に3Dを動かせるWebネイティブな3Dエンジンが必要となりました。
そこで当時STYLE PORTに参画してくれたばかりの一人目の3Dエンジニアが「自分、Web用の3Dエンジン作れます!」と言い出し、すぐに独自エンジンの企画を資料化しプレゼンしてくれました。あまりに大胆な計画にメンバーの賛否は真っ二つに分かれましたが、引き続きUnity版の最適化を模索しつつ、並行して独自エンジンのR&Dもやってみる方針で決定しました。
その結果彼はなんと1ヶ月そこらで独自エンジンを作り上げてくれました。まさにスタートアップですよね。下記がそのエンジンを使ったWebで動くROOV walkのベータ版です。この段階で現行バージョンにもあるいくつかの主要機能も実装できました。
余談:実はこの段階では他にプロダクトがなかったため今提供している「ROOV walk」は単に「ROOV」という名前でした。
巧:3Dエンジニアの開発したエンジンはStyler3Dと名付けられ、各種機能やUIも作り込んで晴れてROOV walkのV1ができあがりました。
ROOV walk ver.1
そして初リリースへ
巧:そうこうしている間に、当時三井不動産リアルティ様とフィージビリティーテストを実施する機会をいただけ、デビュー案件として世に放たれたのがThe Residence MEGURO(ザ・レジデンス目黒|KENの高級マンション情報 )のROOVです。たしか当時中古で200平米40,000万円くらいの高級物件だったと記憶しています。
余談:この頃は3Dエンジニアもエンジン開発者一人しかおらず、僕自身もアプリケーションのコードを書いたり3Dモデルのテクスチャを調整したりもしていました。この折り上げ天井の間接照明は僕の仕事ですね。ライトマップ(モデル内のすべての面の陰影を一枚の画像にまとめたもので本来自動生成される)から該当箇所をわりだして、手動で白黒のグラデーションをつけて綺麗な間接照明として表現されるようにしました。フィジビリに間に合わせるために制作チームに混ざって泊まりこみで見た目の調整をしたのはいい思い出です(笑)。
totti:上記のカットだけみると僕のような素人目には素敵な3Dのようにみえるのですが、フィジビリの結果はどうだったんですか?
巧:実は、このフィージビリティテストは散々な結果でした。エディターのバグが多く、物件編集データは運がよければ保存されるレベル。動作が不安定で、制作時間は1プロジェクト150時間、画質も正直厳しかったです。
totti:なるほど……現在の制作時間が1プロジェクト約25時間なので、ビジネスモデルとして全く採算合わないですね。
巧:上記のVer.1に粛々と改良を重ね、画質も少しずつでも改良し、今のROOV walkにも受け継がれているような機能もつくられ、Ver.2となったのがこちらです。左下の全体Mapや、右下にあるメニューアイコン(インテリアサンプルやカラーセレクトなど)もあり、プロダクトとして多少は垢抜けてそれっぽくなってきたのがこの頃です。
ROOV walk ver.2
巧:このあたりでROOV compassがデビューし、ROOV walkとROOV compassがセットで動き始めました。新築マンションでも採用事例があつまりだして、いわゆるイノベーター理論におけるアーリーアダプターくらいまでのお客様がプロダクトの価値を高く評価してくださいました。ただ、マジョリティ顧客の皆様に受け入れていただくには、まだまだ課題が大きかったです。
デベロッパーの営業の方によっては、マンション購入検討者の方に物件情報を開示しすぎることで、逆に商談プロセスが長くなってしまうのでは、というような懸念を持たれるケースも少なくありませんでした。他にも間取りの細かいところまで見れるが故に現物との微細な違いへのクレームや間取りの弱みが「伝わりすぎ」て販売に逆効果になりうるといった不安も聞きました。
totti:確かに、あえて情報の非対称性を残す方が事業者側にとっては都合がよいケースは発生しそうですね。私もこれまで何度かマンションを購入しましたが、引っ越してから「思ってたのとちがうな」ということは小さなことを含めると何度もあった気がします。
巧:そうなんです。ただ、僕たちの掲げる「空間の選択に伴う後悔をゼロにする」というミッションを達成するためには、この情報の非対称性は無くしていきたいですし、なによりも初期で導入してくださったデベロッパーの皆様が「不動産取引はこうなっていくべきだよね」と支持してくださったことが励みになりましたね。
エンジンの限界と更なる改善へ
巧:その後、さらにプロダクトの導入ケースが広がっていったのですが、独自で開発したStyler3Dエンジンの限界も見えてきていました。もともとStyler3Dを開発した3Dエンジニアは、3Dの理論に精通し画像を画面に表示させることは得意でしたが、グラフィックの専門家ではなかったので美麗な絵作りに特化していたわけではありませんでした。それもあり画質改善のための拡張がしづらかったり、するにしてもグラフィックエンジニアリングやWeb3Dに精通した他のエンジニアも独自エンジンが故にゼロから学ばないといけなかったりと、独自性が逆に進化の足枷になってきたフェーズでもありました。
一方、特に新築マンションの販売における空間体験において、商品である空間の美麗な表現というのはデベロッパーからの期待値として大きく、この先マジョリティーのマーケットに浸透させるためには、避けては通れない道でした。
この後、現在も Principal 3D Engineerとして活躍している方も参画し、独自エンジンを完全に捨ててオープンソースエンジンに乗り換えることになります。そうして下記の画像のような現在僕たちが提供しているV3のROOV walkとなるのですが、これはまた別のお話です。
ROOV walk ver.3
プロダクトの0→1のフェーズを経て
totti:これまでのお話はまさにプロダクトの0→1フェーズですよね。ミッションやビジョンがはある中、何を作るかやどのように作るかを決めるフェーズをPdMとしてささえてこられた吉田さんが”ROOV walkの生みの親”と社内で呼ばれている所以がよくわかりました。最後に、このフェーズで吉田さんがPdMとして重要だと感じていることを教えてください。
巧:上記のプロトタイピングから製品化の中で、変わらなかったことはエンドユーザー思考ですね。冒頭にもお話しましたが、一番はじめに間所さんとお話したころから、エンドユーザーにどのような体験価値を提供するのか、という点はぶれませんでした。これは社長の間所さんもまったく同じだと思います。
ビジネスとしてどのように事業が登っていくのかというのは僕は当時ノータッチでしたが、エンドユーザーへの絶対的な価値があれば、必ずビジネスユーザー(僕らのケースではマンションのデベロッパーの皆様)に届くと思っています。僕のマンション購入の原体験でも痛感しましたが、マンションの購入において、情報の非対称性というのは不動産取引では当たり前でした。ROOV walkによってエンドユーザーが間取りの体験をして購入検討をすることに反発するデベロッパーの声は最初はとても多かったです。便利なのはわかるけれど、そんなに念入りに検討されても困る、と。ただ、この情報の非対称性を取り除くということを突き詰めていくと、エンドユーザーのポジティブなフィードバックとともに、ビジネスユーザーの中で浸透していくことが何度もありました。
totti:ありがとうございます。STYLE PORTの根幹である3D体験が、どのように産まれ、育ってきたのかがよくわかりました。
さいごに
totti:今回はProduct Manager/GMの吉田に3Dデジタルツインプロダクトの誕生秘話についてお話しいただきました。次は、ROOV walk Ver.2からVer.3への非連続な成長を実現させたPrincipal 3D Engineerの上松と、その背景の技術について深掘りしていこうと思います。