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ニット代表、秋沢社長を直撃! 第1回インターンで痛感。人を動かす原動力は「未来をつくるワクワク感」

~ニット代表 秋沢社長の過去と未来 第1回~

未来を自分で選択できる社会をつくる」をビジョンに、「『あなたがいてよかった』をすべてのひとに」をミッションに掲げる株式会社ニットは、そもそもどんな経緯で誕生し、これからどんな方向に向かっていくのか。

ニット代表の秋沢崇夫さんに、秋沢さんのこれまでとこれからについて聞きながら、ビジョンやミッションの背景にある想いをシリーズで紹介します。

第2回 アメリカ横断旅行中のリモートワークで直感したこと
第3回「やりたい」「やってみたい」をあきらめなくていい社会に

目次

・チームでは、全員がそれぞれ大事な役割を担っている
・ベンチャー企業で、リアルなビジネスにふれたい
・ワクワク感や好奇心が、人を動かす原動力になる

チームでは、それぞれが大事な役割を担っている

—秋沢さんはどんな学生生活を送っていましたか?

青山学院大学の経済学部に進学し、最初はキャンパスライフをおもいっきり楽しもうと考えていました。「青学といえばテニスかな?」と思って、テニスサークルの新歓コンパに参加してみたり。でも、“キラキラ”すぎて自分には合いませんでしたね。

入りたいサークルがなかなか見つからなかったので、それなら自分でつくってしまおうと、ほかの大学に進学していた友人たちに声をかけて、インカレサークルを立ち上げました。

—そのインカレサークルは、どんなことをするサークルですか?

オールラウンドサークルですね。夏はバーベキュー、冬はスノーボードやスキー。そのほか、クラブを貸し切ってイベントも開催しました。多いときには150人くらい集客できて、企業から協賛を得て学生マーケティングもしていました。

—楽しそうですね。サークル運営は順調でしたか?

最初はよかったんですが、サークルの規模が大きくなって運営メンバーが増えると、「あいつは人を集めてこない」「あいつはフライヤーを配っていない」と不満を言う人がでてきて、メンバー間でもめるようになりました。

僕はそのサークルの代表をしていたんですが、「チームでは、それぞれが大事な役割を担っている。イベントの当日に受付をする人もいるし、司会をして表舞台で輝く人もいるし、人脈を使って集客する人もいる。だから、人をたくさん集めてくる人が偉いわけではない」と主張しました。でも結果的に、運営メンバーをまとめることができず、大学2年生の夏にサークルを解散することになりました。

ベンチャー企業で、リアルなビジネスにふれたい

—サークル解散後は、どんなふうに学生時代を過ごしましたか?

経営学を学ぼうと気持ちを切り替えて、資格取得の学校に通いながら中小企業診断士の資格取得を目指しました。このころ、ソフトバンクグループの孫正義さん、サイバーエージェントの藤田晋さん、京セラの稲盛和夫さんなど、ベンチャー企業家や評論家が書いたビジネス書を読むようになりました。

こうした本でベンチャー企業家たちの経験にふれているうちに、資格取得のための座学中心の勉強に疑問を抱くようになったんです。「ビジネスって、もっと熱くてリアリティがあるものじゃないの?」「本に書かれていることは一体、どこにあるの?」と。

それで、ビジネスについて実践的に学べるところを探していたら、当時はまだメジャーでなかったインターンシップ制度について知りました。早速ベンチャー企業のフェアに参加して、フェアを主催していた団体に「参加企業の中でいちばん厳しそうなところを紹介してください」とお願いして紹介してもらったのが、株式会社ガイアックスです。このとき、大学2年生の秋でしたね。

—インターン生として、どんな仕事にかかわりましたか?

インカレサークルを解散してからずっと、「あのとき、どうしていたらサークルを継続できたのか」と考えていて、人のマネジメントやモチベーションに関心がありました。だから経営者の近くで働きたいと希望したら、人事部がいいと言われて、人事部の新卒生を採用するチームに配属されました。そこで3カ月間、週5日、朝から夜遅くまで働かせてもらいました。

—インターン時代の仕事は順調でしたか?

ボロボロでしたね。ほとんど役に立つことができず、上司からはいつも厳しいことを言われて。でも、インターン期間が終了したとき「ここで辞めたら負けぐせがつく」と思い、上司に延長をお願いしました。そうしたら、営業部で新規事業が立ち上がるからそこに行くかと言われて、大学3年生の春から営業部で働かせてもらうことになりました。

ワクワク感や好奇心が、人を動かす原動力になる

—営業部ではどんな仕事をすることになったんですか?

入社2年目の先輩、新卒採用されたばかりの先輩と僕の3人で、インターネット広告営業をすることになりました。

当時はインターネットやメールが今ほど浸透していなかったし、3人とも広告営業未経験者で何から始めたらいいのか分からなかったので、とりあえず電話で営業のアポを取ろうということになりました。『会社四季報』に載っている企業の代表番号に片っ端から電話しました。「オレは前のページからからかける」「じゃあ、僕は後ろのページからかけます」といった感じで、ひたすら。1日100件は電話していましたね。

—1日100件とはすごいですね。それで、広告は取れました?

それが、最初の3カ月くらいは契約ゼロ件。毎日、仕事が終わったあと、上司や先輩と深夜まで飲みながら「オレたちは明日の広告をつくっているんだ、未来をつくっているんだ」みたいなことを語り合って、翌朝8時に出社して新聞に目を通す、といった日々を送っていましたね。まったく手ごたえがなく精神的にきつくて、辞めようと思ったことも。

—それでも辞めなかったのは、どうしてですか?

このチームに貢献したい、上司や先輩が話しているような未来を実現させたいという想いと、そんな未来を自分で実際に見てみたいという好奇心があったから、踏ん張れたのだと思います。

その後、当時はまだどこの会社もやっていなかった、アバターを使ったタイアップ広告をチームで企画すると、多くの企業が興味をもってくれて、事業が軌道に乗って。「僕らは新しいブームをつくれるかもしれない」と、毎日ワクワクしていましたね。

このとき、お金のために働くのとは違う、仕事に感じるワクワク感や好奇心が、人を動かす原動力になるのだと痛感しました。

—大学生とは思えないほどがむしゃらに働いていたようですが、大学の同級生からはどう見られていたと思いますか?

サークルに入ってキャンパスライフを謳歌している学生ばかりだったので、僕はかなり浮いていたと思います。毎日スーツで会社に出勤して、スーツのまま必須科目の講義だけ受けて、また仕事に戻る。そんな生活をしていたので、「あいつ、苦学生なの?」って思われていたかも(笑)。


―インターン生活でどんな成果を上げたのか、もう少し詳しく聞きたいですね。次回は、インターン後半から社会人、そして起業したステップを聞かせていただきます。

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HELP YOU ライター:小笠原綾子

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