AIは痛みを教えてくれない。
巨人の阿部慎之助監督が辞任した。
年俸1億5000万円。 球界の顔として数年にわたって積み上げるはずだった報酬と信頼が、一夜にして消えた。
きっかけは家族の喧嘩だ。 娘と次女が口論になり、止めに入った阿部監督が長女に胸倉をつかまれるような言い返し方をされて、カッとなった。 「殴る蹴る」ではなく、両手で胸ぐらをつかんで押し倒した——それが事実のようだ。
長女は混乱して、ChatGPTに聞いた。 「父親から暴力を受けた。どうすればいい?」
AIは答えた。 「匿名で相談できる児童相談所があります」
彼女はその通りに電話した。 児相は110番した。 警察が来た。 阿部監督は現行犯逮捕された。
娘はあとで手紙を書いている。 「警察が来るとは思っていなかった。父が連行される姿を見て、その場で泣き崩れた」と。
本意ではなかったのだと思う。 ただ——もう、戻らない。
ここで俺が言いたいのは、阿部監督の是非でも、娘の行動の正誤でもない。
AIは知識を与えてくれるが、痛みまでは教えてくれないということだ。
ChatGPTが娘に教えた情報は正確だった。 児童相談所は確かに存在する。匿名で相談もできる。 間違ったことは何も言っていない。
でも、「それを選んだら何が起きるか」——その結果の重さは、教えてくれなかった。
情報と、経験から生まれる想像力は、まったく別物だ。
俺は台湾生まれだ。 親が絶対だった儒教の教えで育ち、母親にしょっちゅう叩かれていた。 愛情からなのか、怒りからなのか、今となってはわからない。 たぶん両方だったんだと思う。
現地の小学校に入れば「日本鬼子!」と言われ、 日本人学校に転校すれば「この台湾人!」と言われていじめられた。
高校から一人で帰国した。
大学の学費も生活費も自分で稼いだ。
起業した時はネットもなく、知識を手に入れる手段もほぼなかった。
あの頃、もしChatGPTがあったら——俺はどれだけ楽だったんだろう。
情報がなくて悩んだ夜、誰かに聞けなくて苦しんだ日々、 全部ショートカットできたかもしれない。
でも、わかることがある。
楽と引き換えに、俺は耐性を失っていただろう。
汗をかかない。
痛みを感じない。
その結果、他人の痛みも想像できない人間になっていたと思う。
苦労してない人の話に、一ミリも魅力を感じないのはそういうことだ。
経験がないから、AIへの質問すら表面的になる。 深い問いを立てられるのは、深い経験をした人間だけだ。
AIが知識を平等に配ってくれる時代になった。 それ自体は素晴らしいことだと思う。
でも、知識によって「権利を主張することができる」と「権利を行使した結果を想像できる」は、まったく別の話だ。
阿部監督の娘は、知識を使って行動した。
でも、その行動の先に何が起きるかを想像する経験が、まだなかった。
それは責めることじゃない。
ただ、すごく勿体ないと思う。
レジリエンス——折れても戻ってくる力(耐性)——は、
情報から手に入るものじゃない。
痛みを経験して、乗り越えて、初めて体に刻まれるものだ。
今の子供たちは、知識を手に入れるのが異常に早くなった。
でも、自分の物語に重みをつけることを、どこかやめてしまったような気がしている。
一時の感情が、数億円の未来を消した。
親にとっても、子にとっても。
それほどの代償を払うことを、誰も想像していなかった。
AIが「正しい情報」を教えてくれても、
「この選択がどれほど重いか」を教えてくれるのは、
結局のところ一生懸命生きてきた人の人生だけだ。
痛みを知っている人間だけが、痛みを与えることの意味をほんとに知ってるんだ。
俺はそう思っている。
PS. しかし巨人軍も随分と簡単に阿部監督を辞めさせるんだね。
功労者でしょ?社会的に許されないほどの暴力なの?逮捕なの?犯罪なの?どの家庭にも起こってることじゃないの?って思う俺は古いのかな。
俺は23で長男が生まれて、父として未熟すぎて、手を上げることなんてよくあった。その長男も今や 25歳で自立してる。
稀に一緒に飲んでくれるけど、そのたびに「あの頃は未熟だった、ごめんな」って詫びてるよ。
数年後、阿部親子がこの件を飲みながら詫び合えるといいな、と思う。