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#43.声楽と音楽 私を作った出会い 【社員インタビュー】

こんにちは!株式会社ソーラーパートナーズ広報担当の坂下智子です。


今回は社員インタビューのご紹介です。ソーラーパートナーズ入社2年目、伊﨑菜々子(いざき ななこ)さんにお話を伺ってきました。みんなから「ざっきー」と呼ばれていて、社内でも新卒のみなさんと近い年齢のざっきーから、学生時代の事や色んな事を聞いてきたのでご紹介します!



伊﨑 菜々子プロフィール

-今日はよろしくお願いします。ざっきーは福岡出身と聞いています。子供の頃はどんな子供でしたか?

はい、福岡県出身です。小学生の頃は、本当に引っ込み思案でした。今はそんなことないように見えると思いますが、当時は周りが心配するほど。そんな私を心配した母親が、色んなきっかけを探してたくさんの習い事を探してきては試してくれました。

運動系や演劇などの芸術系、色んなジャンルがありましたが、その中で声楽が一番私に合っていたようで、小学生の時から始めて大学を卒業するまで続けました。声楽との出会いは私のこれまでの人生に大きく影響を与えてくれた出来事なんです。


中学生の時に行ったカンボジアの写真を提供してくれました!

-声楽やってたの?!知らなかった~しかも小学校1年生から大学卒業するまでとは、長く続けていたんだね。先生とも相性が良かったんだね。

そうなんです!イタリア歌曲とか、ミュージカル歌曲、オペラなど本格的な曲もたくさん習いました。イタリア歌曲好きでした!!

-おーすごい!私も大学時代声楽のレッスンあったけど上手く歌えなくて苦労したよ~。声楽との出会い、先生との出会いはざっきーちゃんに良い影響を与えてくれたんだね。

はい、声楽の先生に出会えたことが、私の人生のターニングポイントです。先生は穏やかだけどはつらつとした部分も持ち合わせている魅力的な先生で、歌だけでなく生き方や考え方も教えてくださいました。そのおかげか長く続ける事ができたし、「続けられた」という自己肯定感も持つことができました。

先生と出会わなければ、私の人生は全然違ったものになってたんじゃないかな?と思います。先生は私自身を形づくるきっかけをたくさん与えてくれた人で、今の私が「いいな」と思っているものの多くはその先生から教わりました。続けてきたことで得た技術は、今では大切な財産だと思っています。

声楽を小学校から続けていた事もあり、一時は極めるために東京へ出て学ぶことも考えたんですが、先生が好きすぎて笑 他の先生に習う気にはなれず、結果として福岡の大学を選びました。

貴重な歌っている姿

-良い先生との出会いがざっきーちゃんのこれまでを作ったんだね。そんな色々な思い出やきっかけが詰まった福岡では、どんな学生時代でしたか?

先ほどお話ししたように、大学は福岡の大学に実家から通いました。専攻は文学部の人文学部日本語日本文学科、日本語学か日本文学のどちらかを勉強する学部です。(日本語学とは私初めて聞きました!)日本語学とは、日本語の成り立ちや歴史、方言などを掘り下げて研究し、日本文学は文字通り作品を研究するという学部でした。

日本文学を専攻したので卒論では宮沢賢治について書き、同時に音楽にもどっぷりとハマっていたので、いわゆる文系の大学時代です。もともと中学高校時代の国語の成績が良くて得意だったので、進学して勉強するなら語学にしようと思って日本語学を選んだ経緯があるのですが、音楽といい文学といい私は完全に文系の人間ですね。アルバイトもほどほどにしていました。

大学生活で外せないのは、コロナウィルスの影響です。大学3年生の年明けからコロナの流行が本格的になり就活も大変でした。就活解禁になった大学3年生の3月には説明会などが全くなく、リモートでできるところはリモートでの説明会、その前にインターンもいくつか行きましたが、後のコロナ流行の影響も受けてしまいその後に上手く繋がりませんでした。タイミングが悪かったんですね。

目まぐるしく社会や環境が変化し続け、大学4年生の時は授業がリモートになり、図書館にこもって卒論を書く日々になりました。

-コロナの流行初期は本当に毎日状況が変わるような変化速度だったね、大変な時期の就活、本当にお疲れさまでした。みんな同じような時期に就活してましたか?

はい、インターンから大学3年の秋に就活をしていた人は1~2割くらいかなという割合でしたが、就活解禁になるとみんな夏までに終わらせようと頑張って就活してました。その中で私はぎりぎりまで、大学4年の1月まで就活を続けたんです。(本当にぎりぎりまで頑張ったね!)解禁の時期から就活を始めたんですが苦戦しました。

というのも、大学までは福岡でしたが就職は関東にしたいという思いがあったので粘ったんです。地元の企業もいくつか受けていて内定もいただいていたんですが、でもやっぱり関東の会社に就職したかったんです。

新卒の時代に遊びに行った先で撮った写真

-おお、ここで関東に目が向くんだね。大好きな先生がいる福岡ではなくて関東で良かったの?

はい、確かに福岡だったら先生がいらっしゃるんですが、先生から教えていただいた好きなものたち、歌や演劇は、一番充実しているのが東京だなと思ったんです。そして、人がたくさんいる場所での居住経験は若いうちしかできないだろうと思い、思い切って関東での就職を希望して就活しました。コロナの影響がジワジワ出始めている時期だったので、企業の採用側も色々と苦戦したのではないかと思います。

今振り返ると、私自身に就活の軸(目標とする職種)を特に定めず、関東に出たい一心でジャンル問わず色々な業種を申し込みました。新卒で募集が多かったのが営業職だったので、自然と営業職で応募することが多くなりました。最終的に内定をいただいたのは介護関係の会社で、社会人生活のスタートはその会社でした。

社会人になってからお友達とディズニーランドに遊びに行ったとき

-ジャンル問わず色々チャレンジするとは関東に出たい気合を感じました笑 新卒の就職先からソーラーパートナーズへ転職と聞いてますが、どんなきっかけでしたか?

介護の会社では、結果約2年間働きました。働くうちに、介護という深く関係を築いていく職種だけでなく、もっと様々な人と関わる職種にチャレンジしてみたいと思い始めました。また、社内方針が大きく変わることになり、雰囲気が変わっていくのを感じたんです。方針が変わる中、その影響で多くの人が入れ替わる事になり、私もそろそろステップアップする時期かなと転職を考えるようになり、転職活動を始める事にしました。そして最終的に「そらっぱ」に転職しました。

・・・・


ざっきーちゃんありがとうございます!声楽を習っていたなんて知らなった、しかもイタリア歌曲なんて本格的です。ゆっくりおしゃべりしたら色々音楽の事はなせるんだろうな~と思いながら聞かせていただきました。

そして就活の気合がさすがですね!福岡での生活が実り多かった様子がよくわかりました。

次回はソーラーパートナーズに来てからのあれこれ、聞かせてください!



ここまで、本記事をご覧いただきありがとうございました!

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