NOT A HOTELの建築が、時を重ねても設計当時の思想を保ち、オーナーが安心して過ごせる場所であり続けるために、欠かせないチームがある。それが、ライフサイクルマネジメント(以下、LCM)チームだ。
彼らの役割は、一般的な「修繕」や「点検」の枠組みに留まらない。建物の維持・管理から、状況に応じた機能のアップデート、さらにはインフラ整備や内製工事までを自律的に担い、建築が持つ本来の質を高め続ける専門家集団である。
建物は完成した瞬間から、緩やかな経年変化が始まる。その変化を「劣化」と捉えるのではなく、日々実直に建築と向き合うことで、その場所が持つ価値を丁寧に育み「進化」させる。そんなLCMチームを立ち上げたリーダー・杉山 元と、大手ゼネコンから転身した竹口 勘太郎の対話から、ライフサイクルマネージャーという職能を紐解いていく。
自らの手で「ライフサイクル」を創る手応え
━━━ 都市型デベロッパー、そして大手ゼネコンという、業界の盤石な基盤を持つ組織から、なぜNOT A HOTELを選び、LCMという領域にチャレンジをしたのでしょうか。
杉山:前職でも建物の運営・管理に携わっていましたが、自社で一貫して管理・運用することの重要性を説く姿勢において、当時の組織とNOT A HOTELには共通の哲学があると感じていました。
ただ、前職がいわゆる「守り」に特化した部門だったのに対し、私は守るだけでなく、つくる段階から理想の管理体制を組み込みたいと考え、LCM組織を立ち上げました。大企業からスタートアップへ移ることに不安はなく、それよりも「より速いサイクルで新しい提案を具現化したい」という想いの方が強かった。その全プロセスに自ら深く関与できることに、大きな意義を感じていました。
杉山 元(Lifecycle Manager / MEP Engineering Manager):県立大宮工業高校卒。森ビル株式会社にて大型複合施設の運営に従事。2023年6月、NOT A HOTEL参画。建築設備領域の設計、ディレクション、プロジェクトマネジメントなどを包括的に担当。FUKUOKA、KITAKARUIZAWA、ISHIGAKI EARTHの設備ディレクションを担当。電気主任技術者。建築物環境衛生管理技術者。
竹口:自分は施工管理として、現場で技術を磨く日々を過ごしていました。確かな研鑽を積める恵まれた環境でしたが、組織が巨大であるがゆえに、自分の発言が形になるまでに要する時間の長さについて、深く考えさせられる場面もありました。
20代後半のキャリアをどう形づくるかを悩んでいた際に、もっと自分の裁量で、最前線で何かに没頭したいという想いを抱えていたんです。そんな時、SNSで見かけた記事を通じて「未経験でも最前線に行けるんじゃないか」という可能性を感じ、入社を決めました。
━━━ 実際に参画してみて、当時のイメージとのギャップはありましたか?
竹口:当時はまさにLCMの立ち上げ期で、杉山さんを中心に熱量の高い土台が既に築かれていました。当時3拠点の運営に加え北軽井沢の開業も控えており、凄まじい熱気とボリュームを感じましたが、むしろ「この環境なら自分の全力を注ぎ込める」と直感しましたね。
参考記事:建築から運営までこだわり尽くすーーNOT A HOTEL KITAKARUIZAWAの軌跡
杉山:私もギャップはほとんどなかったです。ただ、良い意味での驚きはありましたね。拠点で働く運営スタッフの方々の熱量が凄まじいんです。拠点のトラブルについては、LCMがすべてを担うつもりでしたが、彼らは「自分たちの拠点は自分たちで守る」というマインドが非常に強い。「自分たちでやる」というカルチャーは、これまでの環境では見たことがないものでしたね。
内製化することで、劣化を進化に変える
━━━ LCMという役割について、NOT A HOTELではどのように定義しているのでしょうか。
杉山:一言で表すなら「建築の価値を維持し、可能性を広げる部門」です。単に不具合を解消する「事後保全」だけではありません。立ち上げ当初は、設計チームに対して「なぜここに点検口が必要か」といった維持管理の視点を共有することに心血を注いできました。現在はそこから一歩進み、例えば木製風呂の経年変化に対して、単に修復するだけでなく「どうすればより魅力的な状態を保てるか」という、一歩踏み込んだバリューアップの提案ができる組織へと成長しています。
竹口:最初の1年は、維持管理の土壌を整えることに全力を尽くしました。LCMとして必要な建物管理・清掃項目や現地の運営メンバーと連携が必要な項目を整理し、そのうえで徹底的なマニュアル化を行い、どうすれば現地メンバーで管理可能な状態に落とし込めるか、そして進捗を可視化可能かを試行錯誤しながら仕組み化していったんです。
その土台があり、2年目には更に一歩踏み込み、空調のフィルター交換などの整備に関する部分も現地メンバーでの安定的な内製化土台ができました。その2年間の土台があり、ようやくここから、「自分たちの手でアップデートまで完遂する」という次のフェーズに移行し始めています。
竹口 勘太郎(Lifecycle Manager):熊本大学工学部卒。株式会社大林組にて、大規模更新工事やダム築造工事、シールドトンネル工事の施工管理に従事。2024年1月、NOT A HOTELに参画。主にNOT A HOTELの開業済み物件全体の施設/維持管理を担当。
━━━ 内製化が進んだことで、具体的にどのような変化がありましたか?
杉山:大きなメリットは、外部の環境に左右されず、自分たちが理想とするアップデートを迅速に、かつ適切なコストで実現できる点にあります。例えば、稼働中の物件に新しい設備を追加しようとすると、外部委託では非常に高額な見積もりになることも少なくありません。しかし、現場の構造を理解した私たちが直接手を下すことで、コストを適正に抑えながら、思い立った時にすぐ建物を最適化できるようになりました。
竹口:もちろん単に支出を抑えることが目的ではありません。現場を熟知した自分たちが直接手を加えるからこそ、品質面でも責任を持って細部まで詰め切ることができます。自分たちで守り、進化させていく。この「内製化」の積み重ねこそが、オーナーさまに安心して長く愛用していただくための、最も誠実なアプローチだと考えています。
役割を超え、常識を超えていく
━━━ LCMチームの自律的な動きを支えている、共通の価値観は何でしょうか。
杉山:大前提として「目の前のゲストにとって、この1日がどのような意味を持つか」を常に想像しています。たとえば一生に一度のプロポーズや、大切なご家族との時間かもしれない。そのかけがえのない1日が、設備の不備によって損なわれることは絶対にあってはならないんです。
新しいLCMのメンバーにも「もし今日ここでプロポーズが行われるとしたら、どう動くか」を問いかけています。そうした当事者意識を持つことで、「後で対応すればいいや」という甘えは消え、今できる最善の動きが見えてきます。
竹口:そういうシーンを目にしたり聞いたりすると、単なる設備の故障ではなく、ゲストの大切な時間を損なう重大な欠陥なのだと身が引き締まります。自分自身も現地へ赴く際は、細かな傷一つも見逃さないよう徹底しています。「自分がオーナーや宿泊者だったら、ここでどう感じるか」というゲストの目線を、常に持ち続けていたいんです。
━━━ その「体験へのこだわり」が、設備管理以外の領域にも広がっていると伺いました。
竹口:LCMは「改善」にとどまりません。改善内容はすべて「ナレッジ」として整理され、次に設計するNOT A HOTELのプロジェクトへと反映されていきます。ひとつの施設で得た学びが、次のNOT A HOTELを進化させていく。そんな循環を、チーム全体でつくっていきます。
最近では耐久性や意匠性、コスト面など、100%満足できる既製品がない場合は、自分たちで製作するようになりました。砂時計、テーブル、整いチェア、サウナヒーター、ゴルフカートなど、欲しいものがなかったらつくる。すべてにおいて完璧な状態を目指しています。
━━━ LCMの業務範囲を伺っていると、もはや「管理」という言葉だけでは括れない広がりを感じます。
杉山:私たちがやっていることは、建物を舞台にした「総合格闘技」に近いかもしれません。例えば、インフラの整っていない大自然のなかに拠点をつくる際、通信環境の整備から私たちが担うこともあります。通信キャリア各社と調整し、山奥に基地局を建設するプロジェクトマネジメントを自ら行う。地域の関係各所と交渉し、予算を組み、実装までを自分たちの手で動かしていくんです。
竹口:NOT A HOTELの展開スピードと領域の広がりには、正直驚きの連続です。瀬戸内でのクルーザー導入が決まれば、私たちも即座に船舶免許を取得しに行く。モビリティから、最新の建築資材や工法まで、昨日までの常識が次々と塗り替えられていきます。 それに伴い、LCMの管理領域も自ずと拡張し続けていますが、その変化に合わせて自分たちをアップデートし続けることこそが、私たちのスタイルだと思っています。
施設管理を「投資」として証明する
━━━ そうした地道で多岐にわたる活動が、結果として資産価値にも繋がっているのですね。
杉山:拠点ごとの適切な維持管理が評価され、セカンダリー(二次流通)での取引価格が開業時から30%向上した実績は、私たちにとって大きな自信になりました。施設管理は単なるコストではなく、価値を支え、高めていくための重要な「投資」である。それを具体的な数字で裏付けられたことは、チームの存在意義を明確にしてくれました。
竹口:自分もこれはものすごく嬉しいニュースでした。これまでは「不具合を元通りに修復する」といった現状維持が評価の基準になりがちでしたが、自分たちの動きがプラスの価値としてフィードバックされるのは嬉しいですよね。ただ、ここからが本番だと思っています。今後は既存の拠点をさらに進化させていく、本格的なバリューアップにも挑んでいきたい。自ら施工まで手掛けられるメンバーが増えてきた今、やれることは無限にあります。
━━━ 「管理」の枠を超えて領域を広げ続けるLCMですが、どのような方がこのチームにフィットすると感じますか?
杉山: 実は、今のメンバーのほとんどが施設管理の実務については未経験からのスタートです。Webディレクターやセールス出身者もいますが、共通しているのは、自分の強みを「自分ごと」としてLCMの業務に接続できていること。未知の環境への転身は不安かもしれませんが、NOT A HOTELのLCMなら、どんな経験も必ずどこかで活かせます。「自分には何もできないんじゃないか」と自らを過小評価せず、まずは思い切って飛び込んできてほしいですね。
竹口:今の環境に物足りなさや、どこか拭いきれない違和感を抱いている20代後半の施工管理経験者の方には、ぜひこの門を叩いてほしいですね。施工管理からのキャリアアップは難しいと感じる方もいるかもしれませんが、LCMなら培ってきた建築の知識を最大限に活かしながら、スタートアップの最前線に立つことができます。 現状を打破したいという意志さえあれば、ここではいくらでも打席に立てますし、驚くほどのスピードで自分の領域が広がっていく実感を持てるはずです。
━━━ 最後に、LCMチームが目指す目標を教えてください。
竹口:自分はいつか、LCMのなかに一つの「ゼネコン」と呼べるほど強力な施工チームまで構築したいと考えています。自社で完結できる領域を拡大し、より合理的で、かつ高いクオリティでNOT A HOTELを価値を上げ続ける。今年はNOT A HOTEL SETOUCHIをはじめ、複数の拠点の開業が控えていますが、この刺激的な局面をやり遂げ、組織としてもう一段上のフェーズへ到達したいですね。
杉山:当面の目標は、あらゆる実務の内製化を推し進め、体験の質を維持しながら管理コストや修繕費を最適化することです。ただ、拠点の数に比例して組織を巨大化させるつもりはありません。5年後、10年後を見据えても、チームは最小限の精鋭規模に留めたい。
テクノロジーを駆使し、一人ひとりが高いディレクション能力を持つことで、少数で最大のクオリティを維持し続ける。そんな「最小の人数で、最大の建築価値を支える、極めて純度の高い組織」で、ライフサイクルのスタンダードを本気でつくってみたいと思っています。