大阪でSNS運用の仕事をしていた彼女は、インスタのリールで一つの不動産会社を見つけた。
メンバー第1号として上京して、ボロボロのマンションで社長と2人、ないけんぼーいずは始まった。しかし、その道のりは順風満帆ではなかった。社長との衝突、「このままなら辞めてもらってもいい」と告げられた年末。
いま彼女は賃貸営業から売買営業へ移り、リーダーとして新人を育て、チームを率いている。売買営業リーダーの生田さんに、3年間のすべてを聞いた。
目次
リール1本から始まった、メンバー第1号のキャリア
――まず、いまのお仕事を教えてください。
生田:売買仲介の営業をしています。お客様のヒアリングから物件探し、内見、ご契約までをメインに従事しています。現在はチームリーダーとして、自分のプレイヤーとしての業務と並行して数名のメンバーをマネジメント、育成もしています。
――不動産業界に入ったきっかけは?
生田:30歳になるタイミングで別の業界で働いていたのですが、正直ちょっと飽きちゃったんですよね。「せっかくならまた違う仕事のスキルを手に入れた方がいいな」と思いました。ちょうどそのタイミングがコロナと重なりました。そのときに考えたのが、衣食住は絶対になくならないな、と。それで宅建を取ろうと決めて、宅建を取って、不動産業界に入りました。大阪にいた頃から不動産の仕事を始めて、途中から広報やSNS運用も担当していました。
前職時代の生田さん
――そこから、なぜ東京のないけんぼーいずへ?
生田:大阪でSNS運用の仕事をしていたときに、ないけんぼーいずのリールを見つけました。そこからアカウントをフォローして、そこから社長と知り合いました。
自分に刺さったのは、「良いことも悪いこともお伝えして正しい情報を消費者に認識していただく」という考え方でした。そこに共感して、大阪から出てきました。実は、ないけんぼーいずに一番最初にジョインしたのが私なんです。
――創業初期は、どんな環境だったんですか。
生田:社長とボロボロのマンションで、2人でスタートしました(笑)。
「このままなら、辞めてもらってもいい」
――順風満帆に見えますが。
生田:いや、全然順風満帆じゃなくて。当時はめっちゃ喧嘩してましたね、社長と。
――喧嘩、ですか。
生田:本当にめっちゃ喧嘩してました(笑)。今はすごく仲良しなんですけど。
2年くらい前の年末に、社長に呼び出されたんです。「このままだったら、辞めてもらってもいいと思ってる」って。
――かなり厳しい言葉ですね。
生田:私が社長と衝突したとき、悪口ではないんですけど「すごく嫌だった」みたいなことを周りに言っていました。それが結局、チームとしての士気を下げてしまっていました。だから、まずこの考え方・在り方を直さないといけない、とはっきり言われたんです。
自分では理解していなかった現実を突かれて、どうすればいいか分からなくて、2週間くらい本当に悩みました。
――何が引っかかっていたんでしょう。
生田:もともと私はフリーランスとして業務委託で関わらせてもらっていたんです。
他のみんなは正社員で働いているのに、自分は「どこか私は関係ないや」みたいな気持ちがどこかにあったんだと思います。
そこを改めるのが、一つのけじめかなと思って。「正社員になります」と伝えました。
代表・中島に聞く
――当時、なぜ生田さんを切らなかったんですか?
中島:「もう無理です」と突っぱねるのは、別に簡単だったんですよ。でも、それだと絶対に他でも同じループにハマるなって、めちゃくちゃ思ったんですよね。
俺が言わなきゃ、誰も言わないかもしれない。失敗する確率の方が高いかもしれないけど、本人がどこかで気づいてくれればいいな、くらいの感じで、逆にいろいろ言ってました。
――いまの生田さんを見て、どう思いますか。
中島:別の人ですよね、普通に。人はやる気になれば、この歳になっても変われるんだなというのは、めちゃくちゃ思いました。
ルンバみたいだなと思ってるんですよ。最初はガンガン壁にぶつかりまくって、ようやく部屋を把握して、最適化してきたみたいな。だからこそ経験していることが他の人よりも非常に多いと思います。
正直最初から強かったり器用にうまくできるタイプじゃないと思います。だからこそ彼女を信じられる人が絶対にいると思うので、そういう人を導いてほしいですね。
創業当時のないけんぼーいず
賃貸から売買へ。「お客様は振りません」からのスタート
――いまは売買の営業ですが、もともとは賃貸だったんですよね。
生田:もともと賃貸です。売買に配属されたのは2025年7月で、最初の4ヶ月で6件の成約をいただきました。
――4ヶ月で6件は、素人目にもすごいのでは。
生田:実は以前、2〜3ヶ月だけ売買営業をかじっていたこともあって、大枠の流れは知ってはいたんです。
ただ、7月に初めて配属されたとき、「会社からお客様を生田には供給しません」と言われました。自分で集客して、自分でお客様を取って、連絡して、成約しろというミッションを与えられたんですよ。そのミッションはなんとか達成できたので、良かったなと思っています。
――賃貸から売買へ、ハードルは感じませんでしたか。
生田:もちろん扱う金額もお客様の人生への関わり方も変わります。でも、うちの営業ってお客様の家族の一員くらいになって一緒に考えるスタイルなので、賃貸でやってきたことの延長線上でもあるんです。ゼロからのやり直しではなかったですね。
教える側になって、変わったこと
――いまは新人の指導もされていますよね。
生田:今月入ったばかりのメンバーのロープレを見たり、朝練をしたりしています。
――フィードバックがすごく丁寧でした。
生田:私もマネージャーにたくさん丁寧に教えてもらったので。みんなで切磋琢磨して、仲間として頑張っていけるのが、私は嬉しいんです。
――朝礼でも心理学を絡めてフィードバックを共有されていましたね。
生田:人って未来の報酬を低く見積もる傾向があるんです。将来これくらい貯めるぞと決めていても、目の前の飲み会でつい使ってしまう。家を買うときも「家賃補助が数万円もらえるから買わない」という選択をする方がいる。
でも、将来どうなるかを理論と一緒に伝えられると、納得感のあるヒアリングになる。そういう心理学的な視点も取り入れて営業しよう、とメンバーに共有しました。
チーム戦でリーダーを務めた話
――人を育てるのは、もともと得意だったんですか?
生田:やったことはあまりなかったんです。でも6月に社内でチーム戦をやって、そのときチームリーダーを務めたことがあって。
――チーム戦、ですか。
生田:営業メンバーが2手に分かれて、ポイント数を競う社内戦です。私のチームは、私がまだ賃貸で売上が低くて、6月に入ったばかりのメンバーはまだ何もできない状態、売買のメンバーも新人でした。正直、ポテンシャルは相手チームの方がすごくあったんですよ。だから、各々やれることがすごく限られている中で、「誰に何をやらせたら本人の性格上いちばん伸びるか」を考えながら、ロードマップを引いていきました。
――結果は?
生田:勝ちました(笑)。
終わってから社長にご褒美で焼肉に連れて行ってもらったとき、メンバーから「生田さんがいたからできたことがある」と言ってもらえて。あれはすごくグッときましたね。
お客様が、友達になり、同居人になる
――ご自宅にお客様が住んでいる、というのが衝撃でした。
生田:去年家を買って、いまお客様と2人で住んでいます(笑)。
私は3年前に大阪から出てきたときに友達がいなかったことがこんなことをしている背景です。。うちのお客様って年代が近い方が多くて、20代後半から30代前半とか。家の近くに住んでいらっしゃる方に声をかけて、飲み会を開いたんです。おかげさまで友達が増えました。
――営業が終わっても、関係が続いていく。
生田:成約したお客様とご飯に行くのは、普通のことになっています。
ある日のヒアリングで
――印象に残っているお客様はいますか。
生田:20代後半の女性のお客様です。SNSで勉強会を見て、「話だけ聞いてみようかな」くらいの軽い気持ちでヒアリングに来てくださった方でした。
最初のヒアリングで、「自分でなかなか決断をしてこなかった」と相談してくれたんです。千葉県出身で、親御さんに近くに住んだ方がいいと言われて千葉に住み、仕事も「こういうのがいいんじゃない」と勧められたものを選んできた。初めて一人暮らしをしたいと伝えたときも、「あんたにはできないよ」と止められたそうです。自分で選択して人生を生きてこなかったことが、本人にとって大きな悩みでした。
話を聞いていく中で、本人がぽろっと言った「東京に出たい」という一言に、「それが一番やりたいことじゃないんですか?」と問いかけたら、「それです」とめっちゃ泣いたんですよ。私もそれを見てもらい泣きしそうになって、本当に叶えてあげたいなと思いました。そこから、どうやったら親御さんを説得できるか、一緒に作戦会議をしました。反対されるのは分かっていたので、支払い計画など、親御さんが安心できる材料も一緒に揃えました。
――そのお客様にも、お話を伺いました。
お客様:その日のうちに、東京に住もう、親を説得しようと決めました。20代のうちに何かやらなきゃ、という漠然とした焦りがずっとあったんです。
親にはやっぱり反対されました。でも今回は、ふわっと伝えるんじゃなくて、「私はこうしたいから、こうすると決めた」と伝えたんです。自分のやりたいことを親に明確に伝えたのは初めてで、最終的には応援してもらえました。
家を買うという大きな決断ができてからは、すごくポジティブになりました。たぶん、前はこんなに明るくなかったと思います。新しい出会いも「疲れる」より「楽しい」が勝つようになったし、自信が持てるようになったのかもしれないですね。
生田さんは、まるで自分だけの担当かのように即レスしてくれるし、何を聞いても答えてくれて、最初から最後まで寄り添ってくださいました。生田さんに出会えて本当によかったし、感謝しています。
当時のお客様と生田さんとのやりとり
周りから見た、生田さん
――率直にどう見ていますか。
ばっち(COO):彼女は私の1つ上なんですけど、この年齢になってくると、自分の在り方を否定されたり指摘されたりするのって、結構しんどいし、なかなか受け入れにくいのが普通だと思うんですよね。若い頃は言われたこと全部を素直に受け入れて変われるけど、そこから10年15年経つと、そうはいかない。
彼女はそれが全くなく素直なところが、すごいなと思っていて。年下のマネージャーからめっちゃ鋭い指摘を毎日受けているんですよ。大丈夫かなと思うくらい。でも全部それを素直に受け入れて、成長の糧に変えて、ちゃんと体現している。実際に行動している一番の人、という感じですね。
先日も夜中にSlackが上がってきて、「契約書の作り方を教えてください」って連絡をしてきました。恥ずかしげもなく聞くんですよ。突破したい壁を、どんな手段を使ってでも、恥をかいてでも突破しに行く。成果や自分の成長のために恥をかくことを恐れない人という印象です。
――一緒に働くメンバーからは、こんな声も。
仕切(営業マネージャー):強い女性です。マインドの部分をすごく自分自身で吸収して、それを形にする吸収力がとても強い。
なんで人間ってここまで変われるんだろう、というのを生田さんを見ていて思いました。僕が入社した頃の生田さんは、もう別人でしたね。ネガティブなマインドが多かったんですけど、今はすごくポジティブになりましたし、何よりどんな指摘も本当に素直に受け止めている。そこがすごく印象的です。
個人では女性向けコミュニティを立ち上げ
――仕事以外で力を入れていたり、挑戦していることはありますか?
生田:個人的にはポッドキャストをずっとやっていたのですが、今年の4月には、ずっとやりたかった女性向けのコミュニティを立ち上げました。「Futura(フトゥーラ)」という名前で、ラテン語で「未来」という意味です。
原点は、上京したときに友達がゼロだったことなんです。お客様やこっちで知り合った人と飲みに行けるのがすごく嬉しくて、その人と関わると新しい価値観を知れて、数珠つなぎでいろんな出会いがありました。でも、大人になってから新しい友達や出会いをつくる場所って、意外と難しいんですよね。だったら、私が定期的にそういう場をつくれたらいいなと思ったんです。
――どんな場所にしていきたいですか。
生田:大人になるほど、人間関係って狭くなると思うんです。会社の同僚、地元の友達、パートナー、家族。転職や結婚、家の購入みたいに人生の選択を自分で決めなきゃいけないとき、身近な人の価値観だけで考えると、選択肢って意外と狭まっているんですよね。
いろんな人と出会うことで、「そんな生き方があるんだ」「30代から始めても間に合うんだ」と初めて知ることがある。だからFuturaは、新しい価値観とつながりを知る場所にしたいと思っています。
最近嬉しいのは、私がいなくてもメンバー同士で企画が生まれたり、幹事をやってくれる人が出てきたりしていることです。私がイベントを開くだけの場だったら、私が動けなくなった瞬間に終わってしまう。メンバー同士がつながって、私がいなくても回っていくコミュニティにしていきたいです。
これから。「人の人生を変えられる存在に」
――今後の目標を教えてください。
生田:人生のテーマが1つあって、「人の人生を変えられる存在になる」ということなんです。それが最大のテーマで、そのために今、ないけんぼーいずという仕事を選んで、人と関わっています。
人を幸せにすることが、その第一歩だと思っています。
同じように、迷っている方へ
賃貸から売買へ。フリーランスから社員へ。喧嘩ばかりしていた創業期から、新人を育てる側へ。生田さんの3年は、最初から強かった人の物語ではありません。
ずっと一緒にやってきた社長も生田さんについては「最初から強かったです、うまくいきましたというタイプじゃない。だからこそ、彼女を信じられる人がいる」というコメントをしてくれました。
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