私は、大学合格後、家庭教師や塾講師など、多様な教育の現場でアルバイトとして生徒と向き合ってきました。授業を重ねる中で、生徒たちからこんな声を何度も聞くようになったのです。
「授業をきっかけに化学に自信を持つようになり、化学が関連する学科に進学しました」
「授業で学んだことが、日常生活で“なんとなく”だったものに“なぜ?”が見えるようになりました」
私自身は元々は研究者として科学的な発見をしていくことに憧れを抱いていました。けれども教育の現場に立ち、こうした生徒たちの声に触れる中で、次第に「科学の魅力を広めたい」「科学的に考える力を育む社会を築きたい」という思いが自分の生涯の使命であると確信するようになりました。
そのような思いを持ち、社会人になってからも教育の現場で多くの中高生や大学受験生と向き合ってきました。学校や受験の学習は、多くの若者が必ず取り組む場であり、意識の高低にかかわらず幅広い層と接点を持てるという意味で、科学コミュニケーションの第一歩として非常に有効だと感じています。
一方で、教育現場で直接生徒に教えるだけでは、科学を社会全体に根付かせるには限界もあります。だからこそ私は、授業に加えて教材の企画・制作や教育活動の後方支援にも力を注ぎ、さらにミセルリカとして教材開発・情報発信・広報・企業や自治体との連携など、多方面で科学教育と科学の魅力発信等を推進しています。
科学を広めるうえで意識していること
現代社会では、気候変動、原子力発電、ワクチン接種など、科学が深く関わる重要な課題が数多く存在します。これらのテーマは、単に科学的な知見だけで「唯一の正解」が導けるものではありません。人々の暮らしや将来への不安、社会のしくみ、文化的な背景が複雑に絡み合っており、簡単に一つの答えに収束させることができない難しさを抱えています。
そのため、たとえ専門家が情報を提供しても、それが「わかりにくい」「理解しづらい」ものであれば、社会に十分に浸透せず、結果的に科学的な知見が軽視されてしまうことさえあります。場合によっては、科学そのものに対する反感を招くこともあります。
そこで、私はその実践として、生徒に科学を伝える授業や教材づくりのなかで、次の点を大切にしています。
- 理解の壁を取り除く
専門用語や抽象的な説明をそのままにせず、「なぜそうなるのか」を言葉や具体例で丁寧に伝え、生徒が「なるほど!」と納得できるよう心がけています。 - 興味・関心の火を灯す
知識の伝達にとどまらず、生徒自身が疑問を持ち、調べ、考え、発見する楽しさを味わえるように導いています。 - 日常や社会との結びつけ
科学を教科書の中に閉じ込めず、生活・社会問題・環境など身近な出来事とつなげることで、「科学的に考える力」が実社会でも役立つことを実感してもらえるよう努めています。 - 双方向・対話の姿勢
生徒の疑問や発言を大切にし、一方通行の講義ではなく、対話を通してともに考える場を築くよう心がけています。
教科書にあるような「正しい情報を伝える」ことは大前提として重要ですが、それだけでは十分ではないと私は考えています。人々が理解しやすい形に「翻訳」してこそ、知識は初めて生きたものになります。
私自身が感じている科学の純粋な面白さや知的なワクワク感を広く伝えるとともに、科学が社会の中で実際に役立ち、人々の暮らしや価値観に確かに結びついていくように届けていきたいと考えています。
終わりに
もちろん、いきなり大きな理想を掲げても、現実は一足飛びには進みません。だからこそ私は、まず教材開発や教育活動から着実に取り組み、そこから少しずつ広げていこうと考えています。
一人だけでできることには限りがあります。だからこそ、多様な方々と協力しながら、科学を広め、社会に根付かせる活動を続けていきたいと思っています。