1
/
5

【開発本部 Operation Engineeringチーム 木村幸弘】開発チームと他部署の間をつなぎ、強い地盤を作りたい

――自分よりすごい人がいても「自分の可能性が広がった」と思うだけ

――これからを担う新しい技術に関わることが、自分の価値を上げていく

――分断しがちな開発チームと他部署。そこにギャップができないよう動いていく

開発本部 Operation Engineeringチーム 木村幸弘

ゲーム制作の専門学校に行きたかったが、担任のすすめで大学へ

子どもの頃からゲーム好き。ゲーム以外にも漫画やライトノベルなどをたくさん読んでいて、今も変わらず好きですね。今の仕事に直接関係しているわけではないですが、マクアケはサブカルやオタク文化が好きな人でも溶け込める雰囲気があるので居心地がいいです。

幼少期の体験から考えると、ゲームが好きだったことは今の仕事につながっています。自分でRPGを作れる『RPGツクール』というソフトに夢中で、さまざまな設定やストーリーを考えていくのが好きでした。「宝箱を開けたらこのアイテムが取れる」「この人の前でAボタンを押したら会話が流れる」など、今思えばプログラミング的な思考で考えていましたね。

「RPGゲームが作りたい」と専門学校を一度は希望しましたが、「大学を出てからでもできる」と担任に諭され情報工学部のある大学へ進学。奨学金を受けながら、名古屋でひとり暮らしをしていました。大学でコンピュータ部に入ったはいいものの、部室でゲームばかりしており、3年生に上がるタイミングで留年が確定します。

その時に決まっていた奨学金は4年間分で、5年を賄うことはできない。それ以上借金が増えることも気が進まず、ナーバスになって飛行機で実家に帰り「大学、辞めるわ」と突然親に告げました。

ただし、何の計画もなかったわけではなく、通信制の大学で大卒資格は取ろうと思っていました。その算段が付いたので退学したという面もあります。

通信制の大学で学びながら、Web制作のアルバイトをスタート

親に「働け」と言われていたので、大学で学んだプログラミングを活かそうとWeb制作の会社でアルバイトを始めます。大学のプログラミングでは、自分や同級生が作ったものや、教科書に載っているプログラムしか見ませんが、仕事ではプロが製品として作ったソースコードを見られる。また、オープンソースソフトウェアなどにも触れることができ、大きな経験でした。

その会社では、ショッピングカートや宿泊予約システムなどをサイトに組み込んだり、ポータルサイトの開発などを担当していました。当時はAjaxが流行り出して、Googleマップをサイトに埋め込みだしたころでしたね。システム周りを担当できる人が少なく、アルバイトながら対外的には「システム課課長」として従事していました(笑)。

数年アルバイトとして働いたあと、フリーランスに。他社からの仕事を請け負ったり、クラウドソーシングのサイトで仕事を見つけたりしていました。地元以外にも東京や大阪の人とやり取りするようになり、友人経由でガラケーのゲームを作るプロジェクトに入りました。

高校生の時からゲームを作りたいと思っていたので、当時は「夢が実現する!」と感動。東京に上京して2年ほどゲーム作りをしました。しかし、取引していた会社の業績が悪くなり、チームも解散に……。それなりのスキルを持った人たちの集まりではありましたが、複数のプロジェクトが並行で走っており、何かしら兼務しているような状況でした。自分も複数のプロジェクトのメインプログラマーをしていましたが、上手くいかなかったですね。

サイバーエージェントで「チーム開発」を経験。視野が広がる

付き合いのあった会社が紹介してくれたのが、サイバーエージェント。ちょうど、大量にスマホアプリを作っている頃で、業務委託として携わり、その後社員として働き始めました。

当初はスマホゲームの開発人材としてアサインされましたが、その前のゲーム案件の経験が気持ち良いものではなかったため気持ち的には乗り切れていませんでした。ところが入社して2ヶ月ほどで別の部署に異動に。ビジネスSNSを作る部署で「やりたいことができそう」と嬉しかったです。

それまでは、いろいろできるエンジニアとして重宝されていた自負があったし、何があっても個人でも飯は食えると思っていた。でも、サイバーエージェントでチームとして働いてみると、これまでとは全く違ったんです。ディレクションやプランニングをする人や、それぞれの分野でスキルが高い人がいる。自分のできていないところが浮き彫りになりました。

でも、それによって落ち込むわけでなく「自分に伸びしろがある」と思えた。それまでは自分がいないと開発が進まないことが多く、自分の作っている場所が全体の進捗の中心になってしまっていました。でも、チームとして動くとさまざまな動きをする人がいて、自分の認識できる領域がぐっと広がるんです。それぞれの領域で自分よりできる人がいるから「頑張ろう!」と士気も高まりましたね。

それぞれの領域に詳しい人に対して、自分はある程度の広い分野がわかる。それを生かして、各専門分野の「間」を取り次ぐような働き方もしていました。

その後にCyberZへ異動し、広告の効果計測ツールを作ることになります。サーバーまわりもやりましたし、フロントを触っていた時期もありました。インフラエンジニア研修を受けて、インフラ回りも出来るようになりました。ところが、自分の仕事を人に説明しようとした時に、うまく説明出来ないんですよね。一般の人の目につくものじゃないので。実は当時絶賛婚活をしていて、相手の方に自分の仕事の話をしようとしても「開発内容がわかりにくくて相手と話が弾まない」場面が多く、自分の仕事内容に対してやや不満に……。仕事を変える事を考え始めました。

マクアケでは、全体がわかる強みを生かして「つなぎ役」に

そこで目に留まったのがマクアケです。実は「Makuake」サービス自体のヘビーユーザーで、当時よく応援購入していたのは飲食店。初めてのお店で日本酒を覚えて趣味が広がったこともありました。そんな風に、自分がいつも使っているサービスに携わりたいと思ったんです。ちなみに婚活は、マクアケ入社後にうまくいきました。

入社後は、人材が足りなかったフロントエンド担当として、トップページのリニューアルを行いました。エンジニアの人数がまだまだ少なかったのもあり、話が通りやすくてとても仕事がしやすかった。「新しいことをやろう」という気概にあふれていて、楽しくスタートできました。

今はOperation Engineeringチームで、キュレーターや実行者さんの運用をエンジニアリングで改善する仕事をしています。月に2回程度、運用を担当している方とミーティングを行い、今後の方針を決めたり、リリースした機能のフィードバックを受けているので、使う人の声が直接聞けるのがやりがい。「作業しやすくなったよ」などと言われるのは嬉しいです。

実は、「社内でナンバーワンだろう」という自負していることがあります。それは、様々な場所で発生する、システムの細かい疑問に答えること。他部署で「ここがおかしい気がする」とSlackに書き込まれたのをキャッチして、わかる部分は素早く回答します。細かすぎてわからない場合は、専門の人につないだりもする。そうやって、社内の人が少しでも使いやすくなれば、と思っています。

これまでの経験から、残念ながら開発チームは他の部署との垣根ができがちだと感じています。自分が他部署とのやり取りを増やしていくことで、ギャップが生まれないようにできるんじゃないかと考えているんです。

部署間をつなげたいという気持ちから、開発以外の部署の方からの質問を受け付ける「開発100の質問」という社内企画も進めています。フォームに質問を書いてもらい、それに対して社内Wikiに解答を書き込む。さらに、全社員が参加する朝会で、2週に1度、回答を発表するんです。例えば「開発チームは出社したときにどこに座っていますか」「CTOはいつからその髪型なんですか」など……。オフィスのレイアウト図を付けて回答したり、個性的な髪形のCTOの写真を年代ごとに載せたり、楽しいコンテンツになるように心がけていて、開発部門と気楽にコミュニケーションができるような場づくりをしています。

自分は基本的には受動的で、頼られたことを全うしたいタイプ。だから、人手が足りないところに入っていくし、ひずみが生まれそうな隙間を埋めていく。加えて、これまでの経験から全体が広くわかるので、組織がフラットでいることに価値を感じていて、それが崩れることに敏感なんだと思います。

社員数がどんどん増えているので、どうしてもひびが入りやすくなると思う。だからこそ、これからも部署間のギャップをできるだけ減らして、会社全体として強い地盤を作っていきたいです。


取材・執筆:栃尾江美 Website

Invitation from 株式会社マクアケ
If this story triggered your interest, have a chat with the team?
株式会社マクアケ's job postings
28 Likes
28 Likes

Weekly ranking

Show other rankings
Like Sayuri Kakimoto's Story
Let Sayuri Kakimoto's company know you're interested in their content