「ミュージションが広がることで、音楽業界全体が変わっていくと本気で信じています」
そう語るのは、リブランの資産活用部に勤める横山美里さん。高校生からトロンボーンを吹き続け、音大でプロを目指していた彼女は、コロナ禍を機に就職活動へ舵を切り、1社だけ受けリブランに入社しました。
賃貸管理部門を経て現在は、土地を持つ地主に防音賃貸マンション「ミュージション」の建設を提案する営業職として活躍しています。自らもミュージションの入居者として暮らしながら、週末にはトロンボーン奏者として演奏活動を続ける横山さん。コロナ禍の逆境、新卒2年目での大型フェス企画、そして地主への提案営業——仕事と音楽、両方に本気で向き合ってきた3年間の軌跡を深掘ります。
「音楽を続けられる会社」1社に絞った就活
── まずは音楽に関する経歴を聞かせてください。
横山: 音楽を始めたのは、小学生の時に吹奏楽部に入ったのがきっかけです。もともと入りたかった運動部はなく、ピアノを習っていたこともあって「じゃあ吹奏楽部でいいか」くらいの気持ちで入部したんですよ。それが小中高と続いて、気がついたら音楽にのめりこんでいました。
高校は進学校だったんですが、勉強と音楽を同時にこなせなくて、音楽に集中することにしたんです。そのまま音楽の先生になりたいという気持ちも強くなって、音大に進学しました。
── 音大では、どのように就職活動を進めたのですか?
横山: 音大に入るとプロ奏者といった道も見えてきて選択肢は広がったのですが、ちょうど大学2〜3年にかけてコロナ禍になってしまって……ライブハウスが次々と閉まって、演奏の機会がほとんどなくなりました。トロンボーンは飛沫が飛ぶ楽器なので、感染対策という意味では一番相性の悪い楽器なんです。
音楽業界は人のつながりで仕事をもらう世界なのに、コロナによってそのつながりがどんどん薄れていきました。音楽の先生という道も、自分の好きな楽器だけを教えられるわけじゃなくて、苦手なピアノも合唱も担当しなければいけないと気づいて断念しました。就活では「音楽を続けながら働ける会社」だけが絶対の条件で、業界にはこだわりがなかったです。
── その中で不動産業界、特にリブランを選んだ理由も聞かせてください。
横山: 応募したのはリブラン1社だけでした。就活中はいろんな会社のホームページを見ていたんですが、「明るく楽しく」みたいなありがちな言葉を並べている会社が多くて、そういうのが正直あまり好きじゃなくて。その中でリブランのページを見た時に、「筋が通っているな」とビビッときたんです! 実際に企業説明会をオンラインで受けてみても、その印象は変わりませんでした。
人事の方が話す「何のためにこの仕事をしているのか」「どんな経緯があって今があるのか」という話の筋もすごく明快で、用意された言葉ではなく、その人自身の言葉で話しているのを感じました。それを聞いて「ただ雇われているのではなく、この仕事がやりたくて働いている人だな」と思ったんです。
それに、音大卒の社員が複数いることや、社内に合唱団があることも教えてもらって。「ここなら音楽を続けながら働けそうだ!」と確信して、そのまま入社を決めました。
ルーティンでは終わらない。新卒2年目、コロナ後初の音楽フェスを立ち上げる
── 入社後の仕事内容について聞かせてください。
横山: 最初は賃貸管理の部署に配属されました。先輩と一緒に物件を回りながら、自社ブランドの特徴や各部署の役割といった、会社全体の仕組みを覚えていきました。やることが明確で着実にこなせる仕事でしたが、ルーティンが中心でだんだん物足りなさを感じるようになっていきました。
そんな時期に、会社主催の音楽フェスの企画に手を挙げることにしたんです。リブランではコロナ前まで、大規模なフェスを定期開催していたのですが、コロナ禍を境に途絶えていました。社内では「またやらないとね」という声がずっとあったんです。フェスの話を聞いてから、ずっと楽しそうだと思っていたので、自分からの発案で復活させることにしました。
── どのように準備を進めていったのですか?
横山:最初に行ったのはコンセプト決めで、「リブランらしさ」を前面に出すことを意識しました。リブランには、社員の書籍代を上限なく会社が負担するという福利厚生があります。漫画でも雑誌でも何でもOKという、なかなか珍しい制度です。相談役が本を執筆していたり、社史があったりと、会社と本の縁がもともと深くて、それと音楽を掛け合わせて「本と音楽のフェス」をコンセプトにしました。
準備は本番の1年2ヶ月前から通常業務と並行して進めたのですが、最大の難関はキッチンカーをめぐる行政とのやりとりでした。
カレー屋さんに出店を打診していたのですが、調べたら豊島区の公園ではキッチンカー自体がNGだということが本番2〜3ヶ月前に判明しました。ただ「豊島区の公認を得られれば出してもいい」というルートがあることがわかり、上司が数十年前から豊島区の関係者と縁があったことで、なんとか公認を取得できました。
行政の壁、人脈、分業——フェスが教えてくれた「1人じゃできないこと」
── フェスを経て、仕事への向き合い方はどう変わりましたか。
横山: もともと何でも1人でやり切りたいタイプなのですが、1,000人超規模のイベントになるとさすがに自分1人ではどうにもなりません。社内メンバーに担当を割り振って、期日を決めて、遅れそうなら声をかけてと、チームで動くことを初めて本格的に経験しました。それが自分にとってはすごく大きな経験になりました。
フェスの準備では、アーティストのブッキングや会場との調整、集客の告知など、同時に複数のことが動いています。どれか一つが遅れると、全体に影響する。だからこそ「この人にはいつまでに何をお願いするか」を自分の頭の中だけで管理するのではなく、チーム全員が状況を把握できるようにしておく必要があるんです。そこで初めて、「仕事を人に任せる」ことの難しさと大切さを実感しました。
── その経験から、具体的に意識するようになったことはありますか?
横山: 「自分の中だけで解決しない」「業務の進め方を説明できる状態にしておく」ということを意識するようになりました。いずれ後輩ができた時に、自分が全部抱え込んでしまうと相手が育たないですし、今はそこを見据えて、行動するようにしています。
この経験以降、同僚に何かお願いする時も、以前より物怖じせずに頼めるようになりましたね。あと、上司の人脈に助けられた経験も大きく、知らないことを1人で抱え込まず、周囲を頼ることの大切さを実感しました。
地主と向き合い、音楽でつながる。「ゼロから一を作る」仕事
── 3年目に資産活用部へ異動した経緯と、現在の仕事内容を教えてください。
横山: 3年目からは、土地を持っている地主さんに防音賃貸マンション「ミュージション」の建設を提案する資産活用部で働いています。「できあがった物件を管理する」のではなく「物件をゼロから作る側に関わりたい」という気持ちがずっとあり、資産活用部はまさにそれができる部署でした。
営業スタイルは飛び込みだけではなく、税理士の先生や不動産コンサルタント、金融機関といった地主さんとつながりのある方々から紹介をいただくのが基本的なアプローチ方法です。まず担当者レベルで関係を築いていき、信頼が深まったら上司に同席してもらいます。
地主さんと向き合う上で大切にしているのは、こちらが話し続けるのではなく、まず相手の話をしっかり聞くということ。自分自身がミュージションに住んでいるので、住み心地や実際の遮音性を自分の言葉でリアルに話せるのも強みだと思っています。
── 音楽が好きであることは仕事に影響していますか。
横山: すごく影響していると思います。賃貸管理時代に仲良くなった入居者さまを自分のライブに招待したり、今の部署でも新築物件で実際にどのくらい音が響かないかを体感してもらう際に生演奏をしたり、地域のイベントで演奏する機会をいただいたりしています。演奏の機会があると、社外のミュージシャン友達にも声をかけるので「横山さんと一緒にいると演奏の仕事がもらえる」と思ってくれる友人も増えてきて、音楽と仕事が相互に影響し合っている感じがありますね。
ミュージションは、音楽を「楽しむ場所」というより、音楽と「向き合う場所」だと思っているんです!ライブハウスやカラオケは外にありますよね。でもミュージションは住宅なので、人に見られない場所でステージを想定した練習ができる。そういうプライベートな空間で音楽と向き合える場所が増えることで、音楽がもっと身近になっていくと思っていて。ミュージションが広がることで音楽業界全体が少しずつ変わっていくんじゃないかと、本気で信じています。
── リブランに入社を検討されている方に向けて、メッセージをお願いします。
横山: 音楽でも何でも、続けたいことがあるなら、それを諦めずに就職活動の軸にしていいと思います。私自身、「音楽を続けながら別の仕事をする」という一点だけを軸に動いて、リブランにたどり着きました!
営業職と聞いて構えてしまう方もいるかもしれませんが、音楽業界で感じてきた精神的なプレッシャーに比べれば、挑戦することへの怖さはあまりなかったです(笑)。やりたいことを続けながら働きたいと思っている方は、ぜひ話を聞きに来てください!