挑戦が怖いあなたへ。國澤社長が語る「やってやれないことはないチャレンジャーであれ!」という考え方とは?「前編」
“やってやれないことはない、チャレンジャーであれ!”
そう言い切るのは、K・ライズ代表取締役國澤社長。
27歳で独立し、高知県で金融事業を立ち上げる。
四国、岡山、大阪で事業を拡大し、挑戦を続けてきた。
現在は金融だけでなく、
飲食・リユース・農機具・コスメチェック事業へと多角的に展開。
社員からは、
「決断が速い」
「立ち止まらない」
「どんな状況でも挑戦をやめない人」
と評される存在。
なぜ國澤社長は、挑戦を恐れないのか。
なぜ「無理」という言葉を使わないのか。
その原点を國澤社長に伺いました。
本記事では、社長インタビューを前後編に分けてお届けします!
これから何かに挑戦したい人、独立したい人、何かに悩んでいる人
とにかく、全ての人に読んでもらいたい!
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目次
「やってやれないことはない。チャレンジャーであれ」 この考え方が生まれたのは?
挑戦は、自己成長そのもの
「無理かもしれない」をどう扱うか
「やってよかった」と思う瞬間
社長がこれまで挑戦を続けてきて、「やってよかった」と一番感じる瞬間はどんな時ですか?
▶ 後編では…
「やってやれないことはない。チャレンジャーであれ」
この考え方が生まれたのは?
ウイン:「やってやれないことはない。チャレンジャーであれ」という言葉には、どんな想いが込められているのでしょうか?
國澤社長:
物事は、試してみないと始まらないんです。
やらない限り、成功も失敗も生まれません。
新しいことを試す。やってみる。
それをずっと続けてきただけなんです。
やってみて初めて失敗もするし、成功もする。
だから常に“動かす”
それが僕の習慣である考え方ですね。
ウイン: その「動かし続ける」という習慣が形作られた、具体的なきっかけはありますか?
國澤社長:
幼少期の体験ですね。
私は高知で育ったんで、当時小学2年生くらいのとき、テレビのチャンネルが2局しかなかったんです。
しかも私の家では、1チャンネルしか映らないからどうしても、もう1局を映したくて
雨の日も風の日も休まず、
日々、屋根の上でアンテナをずっと回していたんです!
父親には「無駄だ」と言われても、やめなかった。
ある日、いつものように兄がテレビを見ていたら映ったんです。
だから、
無理かどうかは、やる前に決めるものではない。
まずやってみる。そこからすべてが始まる。
この考え方は、今も変わっていません。
挑戦は、自己成長そのもの
ウイン:こういった挑戦を続ける中で、ご自身にどのような変化がありましたか。
國澤社長:
やっぱり、やると自分が賢くなりますね。
成功も失敗も、すべての 経験値が上がるというか、判断の質が変わる。
試してみれば、自分が成長する。
成長すれば、次はもっと上手くやれる。
私は失敗を“損失”とは考えたことは一度もありません。
やらなかったことの方が、よほど機会損失です。
ウイン:ここからは、その精神がどのように社長の人生を形づくってきたのかを
実際のエピソードを通して聞かせていただきます。
社長にとって 挑戦・「チャレンジ」 とは、どういう意味ですか。
國澤社長:
挑戦・チャレンジというのは自己成長(自分の成長)
というのが一番。
ウイン: そうですね!
自分が挑戦するから、”私もできた!”と感じることができて、どんどん成長の階段を上がっていけますよね!
國澤社長:
そう!
挑戦って成功もするし失敗もする!
でもやってみたら必ず自分が賢くなる。
成功をすると失敗をしない法則も生まれる。
私は、常に一歩踏み出し続けています。
踏み出し続けているからこそ、「次の一手」が見えてくる。
やらない人には、その景色は永遠に見えません。
ウイン :そうですね!
挑戦してきたこれまでの人生で特に「これは大きかった」と感じるものは何ですか?
國澤社長:
27歳で、独立したことですね。
あれは大きな挑戦でした。
18歳から金融業界に入って、約9年目のことでした。
独立した当時は、資金も十分じゃない。財産もあるわけない。
それなのに一番チャレンジしたのは自分の人生で一番大きかったことです。
その当時でいうと
高知県で金融事業を創立したのは最年少で
それは私が一番苦労した挑戦でした。
ウイン:その独立挑戦の中、最も苦労したこと・壁は何でしたか?そして、どのように乗り越えたのでしょうか。
國澤社長:
やっぱり、金融業界って、何十年も続く世界です。
その中で、若くして独立する。
外から見れば、完全に“勝負に出た”ように見えたと思います。
ウイン:
周りからはいろいろ言われましたか?
國澤社長:
そうですね!
「若くて独立なんて危ない」
「あいつは絶対失敗する」
「無謀だ」「乱暴だ」って。
正直、認められるまでには時間がかかりました。
創業してから13年、15年くらいまでは、認められてなかったと思います。
でも私は、「やりたいことは絶対やれる!」という気持ちでずっとやってきたから、
失敗も壁にぶつかることもあったけど最後はやりきれた。
それは自分がやれることを、ただ続けてきただけです。
そして15年経った頃に、ようやく
「まあ、できているか」と言われるようになった。
振り返れば、あの独立が一番大きな挑戦でしたね。
「無理かもしれない」をどう扱うか
ウイン:「もう無理かもしれない」と思った瞬間はありましたか?それでも諦めなかった理由は何ですか?
國澤社長:
“無理かもしれない”とよぎったことがあります。
でも、その時だけ。
翌日には忘れている。
忘れるというか、
“無理”という言葉をあまり考えない。
誰かがやっているなら、
みんなができるなら、
俺にもできる。
同じように乗り越えた人がいるなら、
「俺にも絶対できる!」って信じてきました。
その考えは、今でも変わっていません。
チャンネルを切り替える。
それが私の一番いいところです。
ウイン:
気分転換ですね。
國澤社長:
そう。気分を変えることはすごく重要。
昔からずっと自分のキーワードです。
人生って、
もちろん、失敗も、成功も、心がポカンと空くようなこともいっぱいある。
でも、ずっと気にしていたら何もできない。
落ち込む時間が長いと、前に進めない。
だから僕は、真剣に悩まない。
嫌なことがあったら、必ずプラスの言葉に変える。
ウイン:そうですね!
私の入社式の時に、社長がおっしゃってた「“吐く”から“叶う”」という言葉を思い出しました。
“吐”という字は、口の中に「+」と「−」がある。
マイナスを吐き出して、プラスを口にすれば叶う。
「無理」じゃなくて、
「できるかもしれない」。
「不安」じゃなくて、
「やってみよう」。
マイナスを外に出して、
プラスの言葉を言い続ける。
國澤社長:
そうそう。
「こうなったら悪いよね」とは言わない。
未来をマイナスで想像しないです。
言葉を変えれば、考え方が変わる。
考え方が変われば、行動が変わる。
「やってよかった」と思う瞬間
社長がこれまで挑戦を続けてきて、「やってよかった」と一番感じる瞬間はどんな時ですか?
國澤社長:
一番は、メンバーの成長ですね。
金融事業から始まって、
そこから
・飲食事業(國丸:味噌ラーメン専門店)
・リユース事業(RIZ(リズ):ブランド品買取・販売店)
・農機具事業(あぐり家:農機具の買取・販売店)
と広がっていきました。
最初は、本業じゃないことばかり。
「え!できませんよ」じゃなくて
みんなが一丸になって挑戦してくれた。
僕は環境をつくる。
適材適所を考える。
あとは、任せる。
そうやって、みんなが一緒に成長していったこと。
それが一番、喜ばしいできごとですね。
ウイン:
一つの道が難しいから諦めるのではなく、別の道をつくっていった、ということですね。
國澤社長:
止めるんじゃなくて、一からちゃんと道をつくっていたこと
それは挑戦して良かったと思っています。
▶ 後編では…
挑戦は、國澤社長一人の物語ではありません。
金融から始まり、なぜ飲食・リユース・農機具へと領域を広げたのか。
異業種参入のリスクをどう判断し、どう乗り越えてきたのか。
そして、國澤社長がこれからの仲間に求める「一段上の思考」の正体とは?
続きは後編で詳しく伺います。。。。