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新型コロナウイルスの感染拡大により、小売業や飲食店をはじめとした対面での販売やサービスを提供する事業の売上が大きく減少しています。
苦しい状況ではあると思いますが、逆に、これまで棚上げにしていたDX(デジタルトランスフォーメーション)をする千載一遇のチャンスだともいえます。
「ウチではデジタル化なんて無理」「ITを導入したところで何も変わらない」…なんて思っている方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。デジタルとは無縁だと思われているアナログな業界こそ、デジタル化することで大きく変わる可能性があるのです。
そこで今回は、究極のアナログ業界のひとつである弁当業界でDXを進めているTokyo Bento Laboの関さんに、DXを実現した方法や、その効果をお聞きしました。聞き手は、関さんと旧知の間柄で、事業化の支援もさせていただいたイノベーションプラスの小坂です。
関 克紀(せき かつのり)
Tokyo Onigiri Labo/Bento Labo 代表
1978年生まれ、早稲田大学教育学部卒。雪印乳業株式会社を経て、プレジデント社にて食雑誌「dancyu」の広告営業、事業構築、アライアンスを多数手がける。東日本大震災を機に日本の米を盛り上げたいと一念発起。2014年に一般社団法人おにぎり協会を立ち上げ、2017年より株式会社Tokyo Onigiri Labo代表に就任。「日本米の消費拡大と価値向上」を目指して活動中。2020年、株式会社Tokyo Bento Laboを立ち上げ弁当事業製造事業に参入。
HP:https://www.tokyobentolabo.com/
小坂 武史(こさか たけし)
株式会社イノベーションプラス CEO 兼 Innovation Producer
新卒でインターネットプロバイダ事業を行う外資系企業に入社し、2007年に株式会社イノベーションプラスを設立。ベンチャーから大企業まで、新規事業を創出する企業のコンサルティングや支援のほか、ストラテジー支援、エクスペリエンスデザイン、プラットフォーム提供を行う。アイデアのタネから事業を生み出す、いわゆる0→1を得意とする。
HP:https://www.innovationplus.jp/
※本記事では、セミナーの内容を抜粋・編集してお届けします。動画をご覧になりたい方は、以下のURLからご覧ください。
【アナログ業界のDX変革セミナー 第1弾】お弁当屋さんが攻めと守りのDX化!? 攻めのDXと守りのDXの2つの課題にどうチャレンジしたか、トコトン話します!
第1部:アナログな業界こそDX化すべき!「5時のヒロインのDX物語」
パソコンを使える人が誰もいない!? DX化の鍵は75歳のおばあちゃんが使いこなせる仕組みづくり
イノベーションプラス・小坂武史(以下、小坂):
まずは、DXってなんだっけというところですが、デジタルフォーメーションの略称だということは、みなさんおわかりだと思います。
ただ、何かをデジタル化するだけでは物足りないんですよね。攻めと守りの両方が必要だと思ってます。「守り」は、システムやRPAを導入して効率が上がったとか、コストが削減できたというもの。一方で「攻め」とは、ビジネスモデルの転換も含めたデジタル化のこと。組織改革や業務改善なども含めた、今までの事業を壊すぐらい新しいことをやっていくことが、これからは重要になると思います。
経営者にとっては大きなチャレンジですが、これを実践している方からお話を聞いて、みなさんに参考にしていただければと考えています。それでは関さん、よろしくお願いいたします。
Tokyo Bento Labo・関克紀(以下、関):
ご紹介ありがとうございます。本日は「5時のヒロインのDX物語」ということでお話しさせていただくのですが、まずは、弁当業界の課題を挙げておきたいと思います。
- 受発注は電話かFAX
- 在庫管理は目分量
- 製造は受注があってから対応
- 慢性的な人手不足&高齢化
- 新メニューを考えられない
- 衛生管理の問題(HACCPって何?)
- メニュー方が作れない
- HP制作やSNSなんてもってのほか
- 販路を広げるノウハウがない 等々
といったように、仕組みがわからない、新しいことを知らないといったことがはびこっている、極めて属人的かつアナログであるのが、弁当業界の現状です。
この課題を打破するために考えたのが、受発注、業務改善、コンテンツ供給を掛け合わせた「江戸川モデル」です。
■受発注システム
受注の問題を解決できるシステムを独自開発
■業務改善システム
お弁当の3つの要素(ご飯、おかず、副菜)の製造方法を効率化
■コンテンツ供給システム
お弁当の魅力を伝えるコンテンツ
関:
この仕組みを導入すれば、すべての問題は一発で解決するし、全国の小規模弁当事業者に横展開して、地域の発展にも寄与できると思っていたのですが…。
小坂:
みんなそう思いますよね。
関:
そうです、魔法のツールだと思っていたのですが、現実は厳しかった。弁当業界は、とにかく朝が早い、慌ただしい、そして手書きと、制限が多いんです。そこでまずは、この状態をなんとかするところから始めよう、となったわけです。
ですが、ここでまた問題がありまして。スタッフ3人の平均年齢は65.3歳、パソコンを使えるのは私だけという、DXとは一番遠い状態だったんです。
じゃあ、どうしよう? と考えた結果、開き直りました。
出来上がった仕組み、DXという仕組みを使いこなそうとするのでなく、今ある組織ができることを考えればいい。そういう仕組みを作ればいいと、発想の転換をしました。注目したのが、彼女、谷口輝子さん75歳。御年75歳です。
小坂:
すごいですね、75歳。この人がシンデレラ?
関:
5時のヒロインでございます。彼女は前オーナーのときからの20年選手で、超ベテランの盛り付け師。彼女がいないと工場が回らないというぐらいのキーマンで、かつ、ムードメーカー。
ただ、一方で、携帯はガラケーを使い、パソコンは触ると電気がビリっとくるんじゃないかと怯えている、そういう世代のおばあちゃんです。じゃあ、裏を返せば、この谷口さんが恐れずにできれば、(DX化は)成功なんじゃないかと考えました。
「やってみせ」ならぬ「失敗してみせる」ことで、機械への恐怖を取り除く
関:
最初にやったのが、機械に慣れてもらうことです。お弁当作りの工程の中でも特に時間がかかるのが、お米を炊くという工程で、アナログな炊飯器を使う場合、1時間半もかかってしまうんです。
小坂:
けっこう、段取りが必要なんですよね。
関:
お米を研いで、水につけて、炊飯して、蒸らす。作業自体はそれほどむずかしくはないのですが、とにかく時間がかかってしまう。そこで、ボタン1つで翌日や翌々日でもタイマーで予約して自動で炊いてくれる、全自動業務用炊飯器を導入しました。
小坂:
これ、ほぼロボットですよね。
関:
ですね(笑)。ただ、操作はさほどむずかしくないんです。といっても、液晶パネルだったり、メーカーがつくった手順書を見てしまうと、おばあちゃん(谷口さん)が怯えてしまいます。ボタンを押したら勝手に動いちゃうんじゃないかとか。まぁ、実際に、変なボタンを押すと動いてしまうんですね。
なので、私が最初に変なボタンを押して失敗すると。ここがミソです。代表自らが失敗してみせることで、「社長が失敗しだんだから大丈夫だ」と油断させるんですね。
小坂:
安心させるんですね。
関:
あとは余計なことは言わずに、基本設定をして、「ここのボタンを押して」という必要最低限の指示だけを出しておく。こうすることで、谷口さんも恐れずにボタンを押してくれました。
何があっても笑って水に流すことが、経営者の役目
関:
次のステップが、LINEを取り入れること。お孫さんの希望でスマホに乗り換えたのを機に、工場でのコミュニケーションをLINEでやりとりすることにしました。
たとえば、製造指示書。これをエクセルのデータのまま送ってしまうと、おばあちゃんが警戒してしまいます。そこで、あえてプリントアウトしたものを写真に撮ってLINEで送る。すると…
謎の落書きとセリフを残して(LINEグループを)退会するという事件に発展。しかし、ここでも叱ったりはしません。「こんなことあったよ」と笑って流してあげることで、「こんなことやっちゃってもいいんだ」と思ってもらえますし、コミュニケーションもぐっとスムーズになりました。
PCに慣れていない人は、とにかく怖いんです。なので、その怖さを取り除くために、経営者が率先して、安心させてあげる、笑ってあげることが大事なんじゃないかなと思います。
朝3時出社が、5時に改善! アナログ業界でのDX化はシンプルイズベスト!
関:
最後は、工場での業務改善です。弁当工場という場所柄、衛生面を考えると、PCを持ち込むのは難しいんですね。でもタブレットであれば、アルコール消毒もしやすい。というわけで、タブレットを導入することにしました。
製造指示書はもちろん、外部の受注システムも見られるようにしているのですが、谷口さんが一つひとつログインして確認するのは、かなり無理があります。そこで考えたのが、ブラウザを強制的に2つに分けて、タップしてリロード(更新)さえすれば最新情報が見れるようにすること。
結果、「こっちの丸マーク押せばいいんだろう」と言いながら、完璧に使いこなすまでになりました。今や、谷口さんがタブレットを手放さないという状況になっています。
小坂:
それはすごいですね。
関:
すごい進化ですよね。それで、3つの取り組みをして最終的に何が起きたかというところなのですが、早朝の5時前勤務がゼロになったこと、これが一番ですね。これまで朝3時に工場に入るのが当たり前だったのが、早くても5時、遅いときは7時でも間に合うようになりました。
この「半デジタル化」を実現したことで、職場環境が非常に良くなりました。
小坂:
この笑顔が効果を物語ってますよね。ヒロイン、ピースまでしちゃってるじゃないですか。仕事って、ちょっとでも楽しいところもあればやる気もどんどん出てくるし、結果が生まれれば、さらに元気になっていきますからね。
第2部:対談〜弁当業界の風雲児が描く未来の弁当業界、駅弁とは?〜
「IT」ではなく、「便利な道具」を使って改善する
イノベーションプラス・西林(以下、西林):
ここからは、関さんと小坂による対談のパートに移りたいと思います。まずは、私の質問から。関さんはどうして、出版から畑違いの弁当業界にいかれたのでしょうか?
関:
もともと「食」に強い興味があって、生業にしたいと思っていたんです。その中でも、日本の食の中心である「米」を盛り上げたいと思って。3.11(東日本大震災)を機に、飛び込んだんです。最初はおにぎりから入って、そこからの派生で、今はお弁当を中心に取り組んでいます。
西林:
なるほど。もうひとつお聞きしたかったのが、どうしてお弁当でIT、DX化をしようと思ったのかという部分です。
関:
(セミナーの冒頭でお伝えしたように)弁当業界は極めてアナログで、そこに課題感を持っていました。とはいっても、すごいシステムを導入して、仕組みを作って、「今日からこれでやってください」というのでは、なかなか上手くいかない。それに、ITを導入しよう!と声高に言ってしまうと、慣れていない人は引いてしまいますよね。
そこでまずは、ITという言葉を「便利な道具」という言葉に置き換えることにました。その上で、パーツを切り分けて(業務を細分化して)、便利な道具を使えるところは使って、少しずつ地道に積み上げて改善していく。これが、アナログ業界に最適なDXなのかなと思います。
小坂:
そうですね。デジタル化を一生懸命に進めても、意外と使いこなせない、途中から使わなくなってしまったという話をよく聞きます。
(関さんが言うように)システム導入を目的にするのではなく、どういうふうに使いこなすか、システムを使ってどうやって中身を変えていくのかが、DXで目指すべきゴールなんじゃないかと思います。
炊飯ロボの導入もひとつのデジタル化ですが、そのほかにも何か考えているんですか?
関:
次のステップとして考えているのは、「冷凍」です。たとえばハンバーグだと、当社では1個ずつ手でこねてつくって緩慢冷凍しているのですが、真空パックにして冷凍する仕組みに変えようと思っています。
品質が格段に上がるだけでなく、湯せんをするだけでいいので、作業の効率化にもつながるというわけです。
小坂:
なるほど。少人数でもさらにたくさんのことが対応できるようになるんですね。
関:
そうですね、3人の「5時のヒロイン」でなんとか回せてしまいます。仕組み化とデジタル、システム化を組み合わせることで、弁当業界を変えていけるのではと思っています。
五つ星お米マイスターとタッグを組んで冷凍駅弁を開発中!
西林:
これからどんどんスケールすることを目指しているのですね。今後、駅弁で何か新しいことをやろうとしているとお聞きしたのですが、どのようなことを考えていらっしゃるのでしょうか。
関:
もともと鉄道が大好きなのですが、旅での「食」といえば、やはり駅弁ですよね。その駅弁業界が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、かなり苦しい状況にあるんです。
一方で、駅弁というのは、地域の食のフラグシップ的な存在でもあります。この文化をなんとか残すために、冷凍の駅弁にチャレンジしたいと考えています。
小坂:
どこの駅弁?
関:
全国の駅弁でやりたいですね。すでに動き出しているのですが、冷凍ご飯のハードルが高くて。いや、冷凍させること自体はさほどむずかしいことではないんです。
むずかしいのは、冷凍後の保管、流通、解凍の部分なんです。特に、保管と流通で失敗してしまうと、白蠟(はくろう)化といって、お米から水分が抜けて、生米のようなポロポロの状態になってしまうんです。これを、味を担保しつつクリアするのが、冷凍駅弁の大きなポイントですね。
小坂:
むかしから、お米にはこだわってましたもんね。ここはマシン頼みというよりは、プロのテクニックのようなものが必要だと感じたのだけど。
関:
そうなんです。実は、五つ星お米マイスター(お米に関する専門職経験がある人にのみ受験資格がある資格で、いわば、お米の博士号)が仲間に入ってくれまして。冷凍に向いた品種や冷凍に向いたブレンド米、炊飯の方法など、いろいろ研究を重ねて、本当においしいお米、おいしい冷凍のご飯をつくりたいなと思っています。
小坂:
コロナ禍だと、みんなで外に食べにいくのはむずかしいですが、たまにはちょっといいご飯を食べてみたいなというときにも、いいですね。
関:
そうですね。あとは、たとえば、グループホームの誕生日会で、旅の映像を見ながら冷凍駅弁を食べてもらうのもいいかな、と。
小坂:
お得意のコンテンツですね。
関:
駅弁を食べながらオンラインツアーができたらおもしろいんじゃないかなと、そんな未来を思い描いてます。
小坂:
弁当業界からは、まだまだ夢のある話がたくさん出てきそうですね。今後も楽しみです。関さん、本日はありがとうございました!