プログラミングを学んだのは、エンジニアになってから
私は大学の学部生のとき、経済学部で教育経済学という分野を勉強していました。これはデータに基づき教育を経済学的な手法で分析するミクロ経済学の一分野です。
教育経済学を学んで行くうちに、日本の教育格差はどうしても所得の差が大きく関係するということがわかったんですね。お金がある人は良い教育が受けられるけど、もちろんお金がない人もいる。
満足な教育が受けられない人たちにとっての最適な教育とはなんなのか、所得の差による教育格差をなくすにはどうすれば良いのか――ということがなかなか見えてきませんでした。
こういった状況をどうすれば変えられるか考えていたときに、ちょうど楽天のようなECサービスがウェブで発展していたんです。店舗に来店しなくてもインターネットの力で売れるようになっていく、情報が届くようになっていく。
このインターネットの力をうまく活用できれば、自分が問題に思っていることを解決できるかもしれない――そのことにすごく大きな可能性を感じ、まずはインターネット業界のことをきちんと学ぶため、大学を卒業してEC業界最大手の楽天に入社しました。
エンジニアとして入社したのですが、当時はプログラミングについてはまったくの素人で、三本指でタイピングしていたくらいです(笑)。しかしオンラインサービスに携わるからには、プロダクトがどのように動いているかを理解して自分で作れなくてはならないと思い、入社してから勉強しました。
とはいえ大学で学んでいた経済学は統計的な分析や論理的なモデルの構築が大切な分野なので、プログラミングの世界にも違和感なく入っていくことができました。
楽天で最初に担当していたのは、マーケティングリサーチです。オンラインでアンケートを配信して、モニターのデータを集める「楽天リサーチ(現・楽天インサイト)」というサービスのシステムを開発しました。
3年ほどマーケティングをやった後に「楽天GORA」というゴルフ場の予約サービスに異動になり、そこで開発チームの立ち上げを経験しました。私が異動したときにはそもそも専任のチームがなかったので、会社の上のレイヤーに訴えて、チームを組織したんです。
ちょうどそのころ、同じく楽天で営業として働いていた針山(現・ハウスマート代表)が起業するということで、システムの開発に協力してくれないかと声をかけられたんですね。
不動産業界が抱えている課題を情報技術の力で解決していく、それによって業界自体をよくしていく、というビジョンは、自分が教育について考えていたときから持っていた問題意識と繋がるところがあって、協力することにしました。
同期の一割を動員する草ベンチャーチームを「勝手に」作る
とはいえ楽天の社員として働いているわけですし、ひとりで作るのは時間的にとても無理だった。そこで社内にいる人達に声をかけて、草野球ならぬ、草ベンチャーチームを立ち上げてしまおうと思ったんです。
楽天は大きな会社なのでエンジニアの同期だけでも100人以上いたんです。研修などで顔見知りではあるものの一緒に仕事をしたことがない関係性の人がたくさんいた。
優秀な同期たちとなにかを作ってみたいというのは常々思っていたことでした。あとはちょうど入社から3年目のあたりで、社内のことは一通りできるようになって、これからのキャリアに悩む時期でもあったんですね。だから社内のチャットシステムで「一緒にごはんでも食べに行こうよ」と話しかけるところからはじめて、順々に声をかけていったんです。
最初はひとりに声をかけて、それから1ヶ月で5人、その後は8人、12人と増えていって、最終的には13人が加わってくれました。実に当時のエンジニア同期の1割がチームに参加してくれていたことになります。
私としては、別に特別なことをして声がけをしたつもりはありませんでした。みんな心のどこかで、他の同期とも一緒に仕事がしてみたい、社内でなにかをやるだけじゃなくて、空いた時間を活用して新しいことにもチャレンジしてみたい、と思っていたんでしょうね。
ゲーミフィケーションとビジョンの共有が生む熱量
一方で、参加してくれた人がどのようにチームに関わるかについては工夫していました。
まずやっていたのは、全体にゲーミフィケーションの発想を盛り込むことです。ゲーミフィケーションとは、ゲームの要素や仕組みを他で転用することです。例えばタスクをチケットにして管理し、それぞれのチケットに対してポイントを割り振っていました。
それも一途に割り振るのではなく、軽いものは5ポイント、やや重いものなら10ポイントという形で、タスクの重さに応じてポイントに差をつけていました。
当たり前のことですが、開発の上ではタスクに時間をかけるのがよいわけではなくて、あくまでスピーディに消化できた方がいいわけですね。なのでかけた時間ではなく処理したタスクに対してポイントがもらえるような仕組みにしました。
さらに獲得ポイントが一位だった人には特典を用意したりして、みんなが楽しんでやれるようにしていました。
あとは、ビジョンを共有するということも気をつけていたポイントです。通常の開発では、システムの要件定義をする人がポジションとしてはっきりしていて、その人が決めたことを実装していくという手順になりがちです。
これだと、単に決められたことをやらされるだけになってしまって、つまらなくなってしまう。そうではなく、ハウスマートという会社が解決しようとしている課題がなんなのか、自分たちがやっているサービスがどのように役に立つのかということを根本からしっかり共有するようにしたんです。
すると、みんなが「今の仕様にはないけれど、こういう機能があった方がいいんじゃないか」というふうに、ボトムアップで提案してくれるようになって、それが実装されていくという状態になっていきました。
こうした工夫の甲斐あってか、単なる草ベンチャー活動であるにもかかわらず非常に盛り上がって、休みの日には合宿と称して温泉宿を取り、みんなで一日中作業しまくるようなこともやっていました。
言っておきますが、仕事とはまったく関係ない、課外活動ですからね(笑)。それにこれだけ熱意を持って協力してくれたんです。
「モチベーション」の持つすごい力
なぜこんなことができたのか。それはやはり、モチベーションについて常に考えていたからだと思います。
教育経済学をやっていたときから、モチベーションというものに興味があったんです。お金がある人はたしかに有利だけれど、ものすごいやる気にドライブされている人にはかなわない。
そういった意味では、ほとんど無から有を生み出すような、すごい力ともいえる。そんなモチベーションを味方につけたいということは、常に思っていました。
そうこうしているうちに、「楽天GORA」のサービスが属しているグループ全体で、プロダクトマネージャーを育成するプロジェクトが立ち上がり、その第一弾に採用されたんです。
嬉しかったのですが、逆にこれがきっかけになって、心が固まりました。このまま会社でエンジニアをやっていくより、スタートアップに参加した方が、自分が本質的にやりたかったことに近い経験ができる。これはちょうどいいタイミングだ。そう思って、本格的にハウスマートに参加することにしたんです。