2年間毎日ゲストを迎え続けたエンジニアが、沖縄で民泊事業を共同創業するまで【全2回 第1回】
「ゲストがやりたいって言ったら、自分がやりたくないことでもやってみようと思ったんですよね」
エンジニアとして10年働いた会社を辞め、沖縄に移住。知り合いゼロ、収入ゼロ。そんな状況で始めたのは、バックパッカーを無料で自宅に泊める「カウチサーフィン」だった。
プロフィール欄には何も書いていないレビューも返さない謎のホスト。ただ、キャンプに行きたい、ローカルの居酒屋に飲みに行ってみたい、など目の前のゲストがやりたいということに全力で付き合った。いつの間にかレビュー欄には「レジェンドだ」「男の中の男だ」と書かれていた。2年後、気づけば那覇のトップホスト。
株式会社はまかの共同代表の一人は、自分のスキルを誇示するのではなく、目の前の人に寄り添うことで信頼を積み上げてきた。その原点と、エンジニアから民泊事業の共同創業に至るまでの道のりを聞いた。
「レジェンド」と呼ばれた2年間——カウチサーフィンで見つけた原点
——体験産業(民泊・宿泊)に入る前に、カウチサーフィンで世界中のゲストをもてなしていたそうですね。始めたきっかけを教えてください。
世界一周旅行に行こうと思って会社を辞めたんです。まず沖縄でシステムを開発して収入源を作ろうと考えていました。その間に英語の勉強と世界中に友達を作るために、無料でバックパッカーを泊めるカウチサーフィンというサービスを始めました。
その時に一つルールを決めたんです。当時は仕事をしていなかったので、ゲストがやりたいと言ったことは、たとえ自分がやりたくないことでもやってみよう、と。一人でいたら選択しないことも、あえて一緒にやる。
——その結果、那覇のトップホストになったそうですね。
気づいたら2年間、毎日ゲストが来るようになっていました。不思議に思ってサイトを見たら、那覇のトップホストになっていた。プロフィールの文章なんて何も書いてないのに(笑)。他のホストは趣味や旅行歴を細かく書いているんですけど、僕は写真だけ。レビューも返していなかった。
レビュー欄を見たら「こいつはレジェンドだ」「男の中の男だ」なんて書かれていて。何も書いてない「謎感」と、実際に会った時のおもてなしとのギャップが良かったのかもしれないですね。
1泊の予定が2週間になった人もいました。数ヶ月後にまた来てくれたり、翌年また来てくれたり。本当にみんな友達みたいになった。よく「怖い人はいなかったの?」と聞かれるんですけど、全然なかったですね。
「お金をもらわないで、ビジネスでもなくて、僕も遊びでやってたから。ゲストもそう感じてくれたのかなっていう感じはしますね」
弟がダウン症だった——「聞き出す力」はここから始まった
——仕事で大事にしている価値観の根底にある、「おもてなし」の原点はどこにありますか?
弟がダウン症で、子どもの頃からずっと、自己表現が苦手な方と一緒にいたんですよね。周りに障害を持った方がいる環境で育ったので、言葉にできない気持ちを汲み取るとか、仲良くなるとか、そういうことが自然にできていたんだと思います。
エンジニアとして働き始めて気づいたんです。自分はエンジニアとしてのスキルが高いわけじゃない。でも、エンジニアの中ではコミュニケーション力が高い方だった。
「他の人にできなくて、僕にできることは何だろう?」と考えた時に、過去のこういう経験があるから得意な部分だったのかなと。
——エンジニア時代、どんな課題解決やチームづくりに一番ワクワクしていましたか?
他のチームではうまくいかなかった人が、自分のチームに来ると活躍してくれることがありました。みんなが気持ちよく働けるように、それぞれの能力を活かせる動き方を自然にしていたんだと思います。
一人、すごく印象的な先輩がいました。会社中のチームから「難しい人だ」と言われて、追い出されて僕のチームに来た方。自分より4〜5年上のベテランです。プロジェクトが終わって食事に行った時に、その方が「これまでで一番楽しかった」と言ってくれた。
「エンジニア時代、前の会社で働いてた時に一番嬉しかったことですね。モチベーションを上げたり、話を聞き出したりするのは得意かもしれないですね」
崖から飛び込んだ日——共同創業者との出会いと「価値観の違い」
——共同創業で「このチームならやれる」と思えた決め手は何でしたか? まず出会いから聞かせてください。
社会人がいろんな仕事をしながら集まるキャンプイベントで初めて会いました。奥多摩のキャンプ場で、川を挟んだ向こう側に崖があったんです。「あそこまで登ったらジャンプできそうだな」と思って、登っていって飛び込みました。
その後、何人か飛び込んで、もう一人の共同代表も登ったんですが——なかなかジャンプしない。飛ぶそぶりはするんだけど、結局足を滑らせて川に落ちた(笑)。下から見る感じと全然違って、多分10メートルくらいあったんですよね。その「事故」でみんな「もう終わり」となって、そこから話すようになりました。
——起業(共同創業)に踏み切ったとき、最大の不安と、それを上回った確信の根拠は何でしたか?
特に不安はなかったですね。会社を作った時点で、まだ2〜3回しか会ったことがなくて、知り合って1年くらい。「この人はどういう人なんだろう」という興味はありましたけど、不安とは違う。
沖縄で2年間、知り合いゼロの場所で無職をやっていた人間なので(笑)。将来が不安という感覚がそもそもなかった。エンジニアとして得意なことで参加できるし、民泊はまだ仕組みができていない新しい業界。いろいろ作れそうだなとワクワクしていました。
「価値観が違う部分があったからこそいいかなと思えた。ただ、ゲストに対するおもてなし——掃除が汚いとゲストがかわいそうっていう考え方——そのおもてなしのところは共通だったのかなと思います」
「仕事を仕事だと思いたくない」——エンジニアが作る、はまかの仕組み
——エンジニア時代と今を比べて、どんな課題解決・ものづくりに一番ワクワクしますか? 仕事で大事にしている価値観も教えてください。
ないものを作ることですね。エンジニア時代は受託開発で、お客さんに頼まれたものを作る仕事でした。今は違う。自分で問題を見つけて、解決策を考えて、形にして、運用したら現場がガラッと変わる。3日かかっていた作業が1時間で終わるようになったり、見えなかった情報を可視化したら新しい改善ポイントが見えてきたり。
大事にしている価値観は「楽しい」「好き」「ユーモア」。仕事を仕事だと思いたくないんですよね。みんなが笑ってる。ゲストも笑ってる。スタッフも笑ってる。そういう状態が理想です。
——新しい改善案は、誰がどう提案して、どう決まりますか? 仕組み化を進めるほど現場との距離が開きがちですが、リアルを取りこぼさない工夫は?
「困っていることはない?」と改まって聞いても、なかなか出てこないんですよ。でも雑談していると「それ、もっと楽にできるんじゃない?」と気づくことがある。
特に若い人やシステムに詳しくない人は、そもそもそれがシステムで解決できるという発想にならない。だから力技や手作業で毎回同じことをやってしまう。そういう人たちとの雑談の中にこそ、改善のヒントが眠っているんです。
業務委託の方が60名ほどいるのですが、3ヶ月に1回「お掃除ミーティング」を開催しています。会社の状況共有、表彰式、ゲストからの部屋の評価の発表。ただ正直に言うと、参加者が固定化してきている課題もあって。全員の声をどう拾うか、まさに今取り組んでいるところです。
「現場と話して、"1回これでやってみようか"っていうぐらいの感覚なんです。1回入れてみて、ダメならダメでまた変えようと。清掃は最後の最重要なおもてなしの部分。そこは人がやる。それ以外でシステムにできるところはシステムに任せるっていう考え方ですね」
この会社がある意味——ゲストのために
——入社直後のメンバーがハマりやすいつまずきと、その乗り越え方を教えてください。
何のためにやっているのかを忘れないでほしい。僕たちはゲストのためにやっている。それがなければ、この会社がある意味がないんです。
はまかはラフな雰囲気のところもあるので、「ラフな会社かな」と勘違いされることもあります。でも、まず基本をしっかり。基本ができるようになってから、自分の興味のある領域にどんどん挑戦していけばいい。
「僕たちはゲストのためにやっている。そうじゃないなら、他にいくらでも会社はあるわけですから。ベースはちゃんとやろうね、と。そこができた上で、それぞれが楽しいと思えることをやっていけたらいいなと思っています」
プロフィール欄は空白のまま那覇のトップホストになった男は、弟との日々で育まれた「聞き出す力」と、エンジニアとしての「仕組み化する力」を携えて、民泊事業の世界に飛び込んだ。
次回(第2回)では、はまかが独自開発した「森の巣箱」プロジェクトの裏側、シフト自動化の挑戦と失敗から得た教訓、そして一緒に働く仲間へのメッセージをお届けします。