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ターニングポイント

※2024年12月11日の社内報を公開しています


先日、会社ホームページの社員インタビューで私の経歴が紹介されました。

その中で「今までで印象に残っている仕事は?」という質問があり、主にディレクションズに入社した後のことについて答えました。

そこで、今回は私がディレクションズに入社する以前のことについてお話ししたいと思います。(最近の話でなくゴメンなさい!!)


ところで、皆さんは「人生のターニングポイントは?」と聞かれて何が思い浮かびますか?

人との出会いや訪れた土地など、人それぞれいろんな形で人生のターニングポイントがあると思います。

ぼくにもいくつか思い浮かびますが、中でも大きなターニングポイントとなった仕事がありました。

それがこちらです。

【大塚製薬ポカリスエット「バリカンと海」篇(2002年)】

古いですね〜。道公法ギリギリ。時代を感じますね(笑

当時の私はAOI ProというTVCMの制作会社でプロダクションマネージャー(PM)をしていました。

まだ27〜28歳で、仕事も一通り覚え「どんな仕事でもかかってこいや!」と言わんばかりに鼻息荒く調子こいてた時期だったと思います。

(いやいや誰でもあるでしょ?そういう時期w)

ただ同時に、30歳を手前にして「このままこの仕事を一生続けてていいのだろうか?」なんて漠然とした悩みも抱えていました。


では、この仕事の何がターニングポイントだったのか?

それはこの仕事が「モノづくりの楽しさ」の原点を教えてくれたからでした。(なんか普通ですね)


1990年代、ポカリスエットのCMといえば「女の子」がアイコンでした。

宮沢りえさん、一色紗英さん、後藤理沙さん、鈴木杏さんなどなど。

いわゆる、国民的人気女優の登竜門でした。

それは一般ユーザーにも浸透していて「次はどんな新人女優が発掘されるのか?」なんて期待もかかっていました。(今もこの文化は継承されてますよね)


そこに、大塚製薬が一大決心。商品のブランドイメージを大きく変えようと起用したのがこの企画でした。

主演は当時まだ無名だった玉木宏さん(確か映画「ウォーターボーイズ」が公開されてまもない頃)。

クライアントにとっては炎上覚悟の挑戦でした。

その並々ならぬ決意に、広告代理店や我々制作チームも一丸となり、30秒のCMを作るのに、まるで一本の映画を作り上げるような団結力で臨みました。

仕事としてはかなり大掛かりで大変でしたが、そんなことよりもこのCMを作る工程の全てが楽しく愛おしく、ただただモノづくりに没頭していました。

そしてこの時の経験が、私の仕事に対するマインドセットを大きく変えました。

「そうだ、エンタメは作っている自分たちが楽しまなきゃダメなんだ!」と。

そしてこの後、私はTVCMから劇場映画の世界へとキャリアを方向転換することになります。


ちょっと真面目な話になりますが、仕事って与えられたり獲得したり生み出したり、いろんな側面がありますが、”出会う”という考え方もあると思うんです。

みなさんもこれからたくさんの素敵な仕事と出会うことでしょう。

そしていつか、みなさんのターニングポイントとなるストーリーを聞かせてください。


最後に、当時私がどれほどこの仕事に没頭していたかがわかる写真を公開します。

はい。ハート型モヒカンな私です。笑

玉木さんの髪型のテストとして、現場のスタンドダブルとして、この身(頭)を捧げました。

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