いちご事業の募集をかけたら、外国の方から応募が来た。
秋田の八峰町という、決して大きくない町の、始まったばかりの事業に。
地方の農業って、国境を越えて見られているんだな、と。
実際に面接をしてみて、驚かされたことが多々あって、まず、母国語と英語と日本語を話せる方でした。
すでに日本の永住権も持っていた。
観光や短期滞在ではなく、日本で生活する基盤をもう作っている人。
本人は全然話せないっていうけど、日本語でのやりとりも、こちらが言葉を選ぶ必要がないくらいスムーズだった。不動産とのやりとりも普通にしてると言っていて、マジかよって。
一番驚いたのは、年収が下がってもいいから農業に携わりたい、と言い切ったこと。
普通、転職って条件を上げにいくものだと思う。
でもその人は、条件より優先したいものがはっきりしていた。
なぜ農業なのか、なぜこのタイミングなのか。
その理由も、その場で取ってつけたような話ではなかった。
話していて感じたのは、芯の強さ。
自分はこういうことをやりたい、という話が具体的に出てくる。
こちらの質問の意図を汲んで返してくるし、聞き返すべきところはちゃんと聞き返してくる。行動力という意味でも、そもそも国を出て別の国で生活を作った時点で、並の決断量ではない。そういう人特有の強さ、という気がした。
面接をしながら、正直こっちが試されている感覚があった。
というのも、この事業はまだスカスカ。
廃菌床をどう活用するか、ハウスの配置をどうするか、販売ルートを誰が作るか。
技術も、販売も、流通も、全部これから決める。
求人票に書けることより、書けないことのほうが多いかもしれない。
そんな状態の求人に、条件を下げてでも来たいと言ってくれる人がいる。
その熱量に、こちらの準備が追いついているのか。
面接が終わったあと、そんなことを考えていた。
椎茸農家の次の挑戦は、"いちご"。廃菌床を使って未来を変える | レンチナス奥羽伊勢株式会社
考えてみれば、地方の農業法人の求人が海を越えて誰かに届く時代。
うちが特別なわけじゃなく、探している人はちゃんと探しているだろうし、こっちが勝手に「こんな田舎に誰が」と決めつけていただけかもしれない。
八峰町は統計的にも人口が減り続けている町で、若い人が出ていく前提で物事を考える癖が、たぶん自分たちにも染みついているのかもしれない。
椎茸をやってきた会社が、いちごを始める。それも、まだ形になっていない状態で人を募集してるから、冷静に考えたら応募する側からすればかなり不確かな話。
それでも興味を持ってくれる人がいるということは、この不確かさ自体に価値を感じている人がいるということなんだろう。
完成された事業に入って、決まった役割をこなす。
これまでも多く伝えてきたようにそういう働き方を求めている人はたぶん向いていない。逆に、自分で組み立てられる余地があるほうが面白いという人には、これ以上ない状態だと思う。
設備の選定から、栽培の記録の取り方から、誰にどう売るかまで、決まっていないということは全部が余地だということでもある。
もちろん、余地があるということは、失敗する余地もあるということ。
そこは隠さずカジュアル面談をしてきた多くの人には伝えている。
いま手元にあるのは、構想と、試験栽培でできた小さな作物。
事業と呼ぶには、まだ何も揃っていない。育て方も、売り方も、任せ方も、これから一緒に作っていくことになる。
次にここへ来るのがどんな人なのか、こちらもまだ想像しきれていないが、海外からの熱量満点な人を受け入れられるような体制もいち早く作っていかなくてはならないと感じた時間でした。