内陸の奈良県で育ち、海とは無縁の環境で過ごしてきた澤藤豊。
社会人として営業職に就き、忙しい日々を送りながらも、心のどこかで「海のそばで暮らしたい」という想いを抱いていた。
そんなある日、テレビの釣り番組で見た隠岐の島の海。
「この場所、なんだろう?」──その直感が、彼の人生を少しずつ動かし始める。
釣りが好き。海の近くで働きたい。
その気持ちを頼りにたどり着いたのが、島根県隠岐郡海士町(あまちょう)だった。
現在は隠岐汽船 海士営業所で事務員として働きながら、島の暮らしと、釣りのある日常を送っている。
これは、内陸で育った一人の釣り人が、“海のある人生”を選んだ物語だ。
<プロフィール>
澤藤 豊(さわふじ ゆたか)
出身:奈良県磯城郡川西町
社歴:2023年9月入社
所属:海士営業所 事務員
趣味:釣り
1.奈良での営業職から、島へ向かうまで
──隠岐諸島に来る前はどんなお仕事をしていたのですか?
澤藤:
社会人になってからは大阪や滋賀に住んだり、直近では地元の奈良で営業の仕事をしていました。雪駄(せった/和装で履かれる日本の伝統的な履物)を扱うメーカーで働いていて、仏閣向けの卸(おろし)から、ファッションとしての販売まで幅広く従事。
東京の展示会に出たり、新規開拓営業を行なったり、飛び込み営業で東北、北陸、近畿を飛び回ったりしていました。
──かなり忙しそうですね。
澤藤:
正直、ずっと外回りの仕事だったので、心身ともに少し無理をしていた時期もありました。一生懸命やっているのに売上が伸びなかったりして、「この働き方をこの先も続けられるのかな」と考えるようになったんです。
──そこから釣りと隠岐につながっていくんですね。
澤藤:
中学生くらいから釣りが好きで、琵琶湖や奈良の津風呂湖でブラックバスを釣りに行ったりしていました。社会人になると、理想通りの生活ができない時期もありましたけど、「海の近くで釣りしながら仕事できたらいいな」という気持ちはずっとありました。
そんなとき、テレビの釣り番組で隠岐の島のイカ釣り特集を見て、「何やこの場所…!?」ってワクワクして、そこから隠岐のこと調べ始めました。
──最初は隠岐に対してどんな印象でしたか?
澤藤:
「隠岐ってどこ?海士町ってどこ?」ってレベルでした(笑)。
でも調べるうちに、海士町がIターンと共存している町だと知って、隠岐の島よりも海士町の方が仕事も探しやすそうだなと思ったのが最初の入口です。
2.海士町複業協同組合から始まった、隠岐での仕事
──最初に島に来た日のこと、覚えていますか?
澤藤:
めちゃくちゃ覚えています。
2022年12月に初めて来たんですが、大しけでした。2泊3日の予定だったんですけど、日本海が荒れていたので早めに帰りました(笑)。
でも、島民の方から釣りスポットを教えてもらったり、どんな魚が釣れるのか情報をたくさんもらったりして、「あ、島の人ってこんなに優しいんや」って思ったのを覚えています。
──その後、海士町の複業協同組合に参加されたんですよね。
澤藤:
はい。「大人の島留学」のオンライン説明会をきっかけに、海士町複業協同組合(島内の複数の事業所で働くことができる制度)の存在を知りました。
「この仕組みなら、島での仕事や暮らしを現実的にイメージできるかもしれない」と思い、2023年3月から複業協同組合に参加することになり、海士町へ移住しました。
その中で、隠岐汽船の海士営業所では労務員として働かせてもらっていました。
──実際に働いてみてどうでしたか?
澤藤:
仕事も人も、すごく温かかったです。
「ここなら無理せず続けられそうだな」って自然に思えました。
──そこから隠岐汽船に正式入社へ。
澤藤:
複業協同組合の仕組み上、隠岐汽船から別の事業所へ移るタイミングが近づいていた頃に、海士営業所の所長から「うちで正式に働かないか」と声をかけていただきました。
その時点で海士町での暮らしや釣りの生活もすごく気に入っていましたし、断る理由も特になかったので、2023年9月に隠岐汽船に入社しました。
3.島の“生活の基盤”を支える仕事
──営業所職員って、どんな仕事ですか?
澤藤:
事務員としては、窓口での切符販売や売上入力、車の予約の電話対応などが中心です。一方で、労務員としては、船が港に到着した際の係船作業(ロープを岸に固定して船を安全に停める作業)、荷下ろしにも従事しています。
また、最近はタラップ(お客さまが乗り降りするための可動式の通路)を掛ける作業にも関わっています。
──仕事をする上でやりがいに感じることはありますか?
澤藤:
隠岐と本土をつなぐ唯一の交通手段に関われていることが、やりがいに感じます。
「島の生活を支えている一部になれている」って実感できます。
──事務員として働かれてきた中で、印象に残っているエピソードはありますか?
澤藤:
大学で中国語を勉強していて1年間だけ留学もしていたので、中国圏の方が来られたときに中国語で案内したことがあるのですが、切符の買い方や乗船の流れ、バスの案内まで丁寧に説明してあげたら、すごく喜んでもらえて。「ありがとう」って言われた瞬間は、本当に嬉しかったですね!
──この仕事の一番の魅力は?
澤藤:
島の生活の基盤になれるところです。
島民の方と自然に話すきっかけにもなりますし、事務だけじゃなく外で体を動かす仕事もあるので、自分にはすごく合っているなと感じます。
4.釣りと島暮らし、そしてこれから
──島で暮らしていて好きだなと思う瞬間は?
澤藤:
自然がそのまま残っているところですね。
奈良にも自然はありますが、海士町は人の手が入りすぎていない感じがあって、とにかく海が綺麗です。「ちゃんと自然が生きているな」って感じます。
──釣りの環境はどうですか?
澤藤:
正直、最高です。
家から徒歩5分の海で1.5kgのアオリイカが釣れたり、40cm超えのイサキが釣れたりします。ついこの前は69cmのスズキも釣れました。
しかも、釣果は毎回Excelで管理していて(笑)。
あとから計算してみたら、2023年の来島初年度だけで220日間も釣りしていました。ほぼ2日に1回以上、海に立っていた計算になりますね。
都会で何年もかけて積み上げる釣果が、ここでは日常的に更新されていく感じで、「これはもう環境がチートやな」と思っています。
──それはすごいですね…。
澤藤:
1日で50匹くらい釣れることもあります。
春夏秋冬で釣れる魚が全然違うので、1年通してずっと飽きないんです。今年はヒラメを狙っています。
でも、大きい魚を1匹釣るよりも、中くらいのサイズがずっと釣れ続ける方が正直嬉しくて。引きを楽しみたい人もいれば、あたりが出た瞬間の合わせが楽しい釣り人もいると思うんですけど、僕はどちらかというと後者。
野球で例えると、ホームランを1本打つより、ヒットを量産したいタイプです。
──釣り以外の休日はどんな過ごし方を?
澤藤:
…って聞かれると、ほとんど釣りなんですけど(笑)。
それ以外だと、筋トレしたり、ゲームしたり、最近は『ハンターハンター』を読み返したりしています。
島は時間の流れがゆっくりなので、何もしないで海を眺めてるだけの日もありますし、「今日は釣らない日」って決めて、身体を休める日もつくるようにしています。
──島での暮らしや働き方を振り返って、今どんな気持ちですか?
澤藤:
正直、海士町に来たことと隠岐汽船に入社したことに後悔は全くないです。
来る前は色々考えましたけど、今は「来てよかったな」って素直に思えます。
仕事も無理なく続けられていますし、何より、毎日の暮らしの中に釣りが自然にあるのが自分には合っているなと感じています。
しばらくは、この島で、釣りを続けながら、島の生活を楽しみたいですね。
──最後に、これから隠岐汽船で働くことを考えている人へメッセージをお願いします。
澤藤:
ネットにはキラキラした島暮らしの情報も多いですが、実際は不便なことも多いです。病院も少ないし、店も早く閉まるし、海士町にはコンビニもありません。
それでも、「ここで働きたい」「この島の一部として関わりたい」と思える人にとっては、すごくやりがいのある場所だと思います。
隠岐汽船の仕事は、ただの職場じゃなくて、島の生活そのものを支える仕事なので、自分の仕事が誰かの役に立っている実感を持てます。
島の人とも自然に顔見知りになっていきますし、「ありがとう」と直接言ってもらえる場面も多いです。そういう積み重ねが、この仕事の一番の魅力だと思っています。
楽そうだから、という理由ではなくて、「島で働くことに意味を感じたい」「人の役に立つ仕事がしたい」と思える人なら、隠岐汽船はすごく合う職場だと思います!
内陸の奈良県で育ち、海に憧れ、釣りをきっかけにたどり着いた隠岐諸島・海士町。
澤藤の選んだ道は、決して派手ではない。けれど、仕事と暮らしと好きなことが、静かに、確かにつながっている。
隠岐汽船の仕事は、島の人の「当たり前」を支える仕事だ。
その一員として働く澤藤の姿は、島で働くことのリアルな魅力を教えてくれる。
もしあなたが、「どこで働くか」だけでなく、「どんな場所で、どんな人生を歩みたいか」を考えているなら。
この島での働き方も、きっと一つの選択肢になるはずだ。