こんにちは!ギークリー新卒採用担当です。
早稲田大学を卒業後、新卒で人材業界のメガベンチャー企業に入社し、キャリアアドバイザーや新規事業の立ち上げなどを経験された後、新卒採用担当として中途入社した田村さん。未経験で人事へのキャリアチェンジをした理由は何故なのか。お話を伺いました。
舞台を夢見た日々の裏にあった挑戦と選択
ーまずは自己紹介をお願いします。
ギークリーで新卒採用を担当している田村です。
前職では人材業界のメガベンチャー企業においてCA・RAや新規事業の立ち上げなどさまざまな部署で経験を積ませていただきました。がむしゃらに働いていく中で、自分の人生で大事なことって何だっけ?と立ち返った時に、まだまだ本気で成長していきたい。本気で人と向き合いたい。そんな想いで未経験で人事にチャレンジしました。
ー学生時代は、どんな毎日を過ごしていましたか?
4歳でクラシックバレエをはじめてから、ずっとプロを目指して学生時代を過ごしていました。プロを意識し始めたのは8〜9歳頃で、小学校3年生のときに先生の推薦でプロ志望の子が集まる特別クラスへ移ったことが大きな転機でしたね。そこで少しずつ認めていただけるようになり、ジュニアとしてプロの舞台に立ったり、全国コンクールに出たりして、「自分はこの道を目指すんだ」と自然に思っていました。
実は、中学を卒業したら高校に行かずにそのままダンスの道に進むつもりだったんですが、さすがに勉強はしておいたほうがいいか…となりまして(笑)。どうせ行くならと選んだのが、授業の半分近くが英語で行われる国際系の高校でした。小学生の頃から英語だけは得意で、いつか海外で踊りたいという思いも強かったので、自然とその選択にたどり着いたんです。
そんな高校時代、体型管理の厳しさにも直面し、「クラシックバレエだけで生きていくのは難しいかもしれない」と感じ始めていました。だからこそ「クラシックとして挑戦できる最後のチャンス」に賭け、教室を辞めて1年間カナダへダンス留学することを決意しました。
その後はバレエ以外のミュージカルや舞台など他の表現領域に興味が広がり、帰国後には劇団のスクールにも通いながら“どうやって舞台に立つか”を模索していました。
ー大学で上京する選択をしたのはなぜだったんでしょう?
大学進学について考えるようになった時、周りは地元関西の有名大学を目指す人が多い中で、「舞台に立つためには東京に行かなければ」という想いで、関東の大学を目指しました。最初は得意な英語メインの受験方法の別の大学を目指していましたが、塾で「もっと上を狙える」と言われ、早稲田大学を本気で目指すようになりました。
必死に勉強した結果、見事合格を勝ち取りましたが、同時に「プロダンサーにはもうならないのかもしれない」という複雑な感情もありました。舞台芸術の世界では10代のうちに方向性が決まることが多いので、大学進学を選んだ時点で、「舞台の第一線に立つ未来」からは一歩離れたんだ、と自分で理解してはいたものの、嬉しさと喪失感が同時に押し寄せた思いでしたね。
舞台から離れた時間が開いた、新しい可能性
ーそんな中、どんな大学時代を過ごしたんですか?
大学でも引き続き舞台芸術に関わっていましたが、転機となったのは2年生のときのアメリカ留学でした。
本来の目的は語学留学でしたが、ここでもダンスに触れる機会に恵まれたんです。留学先がダンス専攻の学生もいる環境で、現地のダンスカンパニーのオーディションを見つけ、「留学生でも受けられますか?」と直談判。また毎日のように踊る生活に戻ったことで「やっぱり自分の居場所は舞台芸術だ」と確信しました。
しかし帰国後、ダンスレッスンに復帰した初日の一曲目、一拍目で前十字靭帯断裂と半月板損傷という大怪我を負いました。そこから手術・リハビリの日々。やっと医師から「踊ってもいいですよ」と言われた矢先にコロナ禍が訪れ、舞台もレッスンもすべて止まり、「踊る場所」そのものがなくなってしまいました。人生の中でも特に精神的につらく、自分でも驚くほど自暴自棄になった時期でした。
ーそんな期間、どんな気持ちで過ごしたんでしょう?
動けない状況とはいえじっとしていることが本当に苦手な性格なので(笑)、リハビリ中も何もしない状態に耐えられず、合気道の道場に通って身体の使い方を学んだり、劇場を運営する公益財団法人で長期インターンとして働いたりして日々を過ごしました。
劇場でイベントを企画したり、街づくりのプロジェクトを手伝ったり、さらにNGOやボランティア団体にも関わるなかで、「やりたいことがあっても、お金がなければ動けない」という現実にも直面しました。そこで初めて、「社会貢献って何だろう」「この“お金がないから何もできない構造”は、どうしたら変えられるんだろう」と深く考えるようになりました。
そして気づいたのは、劇場で出会う“かっこいい大人たち”は、一度ビジネスの世界や他業界で経験を積み、そのうえで芸術のキャリアを選択している人ばかり。対して私は、「芸術の畑しか知らない自分」に気づき、思い描く未来には根拠も約束もないことを痛感しました。「いざ社会に放り出されたとき、自分には何ができるんだろう?」「このままで本当にいいのだろうか?」そう思って立ち止まらざるを得なかった、人生の分岐点ともいえる時期でしたね。
ー就活時代、人材業界を選んだのはなぜですか?
同時期に、就職活動も並行して進めていて、早期選考を中心に受けていました。最初は自分の好きなこと・関心のあることから大手メーカーを受けていましたが、早期選考で受けた大手企業はどうも選考が上手くいかず。今考えれば、「なんとなく」ってだけで受けてしまっていたので、志望動機が曖昧なままだったんだと思います。
他にも長期インターンをしていたこともありNPO団体・NGO団体も見ていましたが、「想いがあっても、お金がなければ何も変えられない」という現実にもぶつかりました。「今の自分にはスキルが圧倒的に足りない」「“想い”だけでは社会を動かせない」そう痛感したとき、自分に必要なのは“理想”ではなく“スキル”だとハッキリ分かったんです。
そこで就活の軸を「自己成長」に定め、「想いを実際の行動や価値に変えられる実力をつけたい」と考え、無形商材の営業職を中心に就職活動を再スタートしました。
結果として選んだのは人材業界のメガベンチャー企業。会社規模としてはそれなりに大きかったので今思うと安パイだったなとは思いますが、自己成長を叶えられる環境であることに加えて、ずっと舞台に立っていた頃から持ち続けてきた「人を笑顔にしたい」という想いともつながると感じ、コンサルではなく人材を選びました。
数字より“人”と本気で向き合う瞬間を求めて
ー前職では、どのようなキャリアを歩まれたんですか?
入社後はキャリアアドバイザー(CA)としてキャリアをスタートしました。同期の中には圧倒的トップのメンバーがいて、最初は悔しくて仕方なかったものの、次第にその“悔しさ”すら薄れていく自分にも気づき、「このままでいいのかな」と違和感を抱くようになりました。
その後、新規事業の法人営業チームやCS立ち上げを任せてもらうなど挑戦の機会には恵まれていましたが、数年経って自分のキャリアを振り返ると、数字として結果を出しても心が大きく動いていないことに気づいたんです。
思い返せば、CA時代にいただいた長文のメッセージ、チームで成果を出したときの一体感、誰かの背中をそっと押せた感覚、そのすべてに共通していたのは、“人との関わり”でした。成長を求めて数字を追いかけていたつもりが、実は自分が本当にやりがいを感じているのは「人と深く向き合えた瞬間」なんだと初めて腑に落ちました。
ーそこから何故転職を決意したんでしょうか?
営業として新規事業の立ち上げにも関わらせてもらい、挑戦の機会自体には本当に恵まれていましたが、「この先もずっと営業を続けたいか?」と自分に問い続けると、どうしても“Yes”と言い切れませんでした。
私が一番やりがいを感じるのは、人と話している時間や、チームで何かをつくり上げていくプロセスでした。誰かの挑戦に寄り添うことが好きで、自分の経験が誰かの背中を押せるなら、それに勝る充実はないと思ったんです。
さらに、RAとして企業の人事の方と関わる中で、「入社前の期待と入社後のリアルをどう繋ぐか」というテーマにも強く惹かれるようになりました。私自身、入社後にしんどさを感じた経験があったからこそ、「同じように苦しむ人を減らしたい」という想いも強まっていきました。
そんな気持ちを丁寧に辿っていく中で、「向き合う側」である“人事”という選択肢が自然に自分の中に浮かんできましたね。
ー転職活動をしていく中でギークリーを選んだ決め手は?
転職活動を進め、出来るだけ関わりを深く持てる採用をしたい という想いが強くなっていく中で出会ったのがギークリーでした。話を聞く中で、「ここなら本気で人の挑戦に寄り添える」と素直に感じられたことが、転職の大きな決め手になりました。
私自身、これまで何度も自分に向き合っては挫折し、ときには逃げた時期もあります。だからこそ、本気で自分と向き合うことのしんどさや痛みを、身をもって理解しているつもりです。挑戦したい人を支えるときに、一人の人間ができることには限りがある。それでも、自分の手が届く範囲にいる人には、本気で向き合いたい。そんな価値観が、ギークリーの人たちと重なったんです。
私が大切にしている価値観に「半径5m以内の人を幸せにする」というものがあります。恋愛のフレーズみたいですが(笑)、本気でそう思っていて。学生時代は「社会貢献」や「多くの人を笑顔にしたい」といった大きな言葉を追いかけていましたが、怪我やコロナ、夢を手放さざるを得なかった経験を通して痛感したのは、「1人の人間が与えられる影響には限りがある」ということでした。
私が救われたのは、どこか遠くの誰かではなく、“半径5m以内”にいてくれた家族や友人、声をかけ続けてくれた先輩や上司たちだったからこそ、私も自分の届く範囲にいる人を幸せにしたいし、挑戦する人の背中をそっと押せる存在でありたいと思っています。
ギークリーの社員と話して強く感じたのは、「自分自身に本気で向き合い、挑戦し続けている」人が多いということ。その“向き合う姿勢”自体が、私にはとても尊く見えました。
ここなら、目の前の人と真剣に向き合い、支え、少しでも環境を整えられる。そう確信できたからこそ、私はギークリーを選びました。
ー実際に入社して、印象は変わりましたか?
いい意味で、ほとんどギャップはありませんでした。熱量は高いけれど、常に冷静さを欠かさない人が多い印象です。
「とにかく成長!」とアクセル全開で突っ走るのではなく、「どうやったら再現性高く成果を出せるか?」と一歩引いて考えるブレーキもちゃんと持っている。
このアクセルとブレーキのコントロールのバランスが良いのは、ギークリーが「圧倒的な成長性」と「再現性を重視する文化」の両方に重きを置いているからだと感じています。
自分を支えるものは自分の“頑張る理由”
ー人事として大切にしていることはありますか?
学生さんと向き合ううえで一番大切にしているのは「やりたいことを、具体化していくこと」です。
「人の役に立ちたい」「社会に貢献したい」といった言葉はとても素敵ですが、そのままだとフワッとしていて、就職活動の軸としてはまだ弱さがある。キャリアを考えるうえで本当に重要なのは、“誰に対して、どんな価値を、どのくらいの距離感で届けたいのか”を自分の言葉で語れるようになることだと思っています。
私自身も就活生時代、大手企業に進むかベンチャーを選ぶか悩んでいたとき、「“会社の一員として”より、“田村だから”選んでもらえる存在になりたい」と気づいた瞬間、進むべき方向が一気にクリアになりました。スキルを早く身につけて、目の前の人に直接インパクトを与えたい。その実感を自分の中で確かめながら働きたいと考えた結果、ベンチャーという選択肢が自然と見えてきたんです。
だから学生さんと接していく中でも、その人の中にある“ぼんやりした理想”を少しずつ縁取っていくイメージでお話ししています。「その選択は、あなたの“頑張る理由”とちゃんと繋がっていますか?」と、一緒に言語化しながら確かめていく。それが新卒採用としての自分の役割だと感じています。
ー最後に、就活生の皆さんに一言お願いします。
就活では自分の「軸」を持って意思決定してほしい と思っています。
大事な意思決定であればあるほど、周りからどう見られるかを気にしたり、自分の中のイメージに引っ張られたりしがちで、私自身、就活時代は憧れやイメージに左右されていた部分もありましたし、周囲の目もかなり気にしていました。
でも、それだけに頼ってしまうと、想定外の出来事に直面した時に自分を支えてくれるものがなくなってしまいます。
ある時期、仕事がうまくいかず「私は何のために働いているんだろう」と振り返ったことがあったのですが、結局自分を支えてくれたのは憧れでもイメージでもなく「自分が頑張る理由」でした。
私の場合は、自分の思い描くキャリアにどれだけ近づけるか、そして理想の人物像にどれだけ近づけるか。自分だけは自分の一番の味方だと思っています。
自分の強みは「簡単に諦めない力」だと思っていますが、ただの打たれ強さではなく「自分の軸=自分が頑張る理由」が明確だからこそ持てる力だと感じていて、見つけ出すことは簡単ではありませんが、それが見つかれば今後どんなことがあっても自分を支えてくれるはずです。
だからこそ、就活というタイミングで自分自身と向き合ってほしいなと思います。
あなたの“成長したい”想いを、ぜひ当社に届けてください。