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【導入事例】3次元データ×AIで引っ越しの見積り業務を効率化(アート引越センター様「ぐるっとAI見積り」)

Spakonaの最新技術を用いてアート引越センター株式会社様と株式会社アイスリーデザイン様とで共同開発したアプリ「ぐるっとAI見積り」が2024年5月にリリースされました。このアプリでは、引越しの見積りをする際、お客さまご自身が部屋の中をスマートフォンでぐるっと撮影するだけで、AIが自動で見積りを算出してくれます。

構想に至った背景や開発秘話、導入後の成果について詳細に迫るため、今回のアプリ開発におけるアート引越センターのキーマンである執行役員の田代様と、AI開発の主担当である株式会社Spakona代表の河﨑による対談を行いました。

引っ越し業界でデジタル化の波が迫る中、最新技術とアイデアの融合によって、これまでの業界スタンダードに変化の兆しが見えてきました。



※ぐるっとAI見積りイメージ


インタビュアー: 本日の対談趣旨としては、ぐるっとAI見積りの開発秘話や導入後の成果、ご利用いただいたお客様の反応などお伺いできればと思っています。ぜひざっくばらんにお話いただければ幸いです。お二人ともどうぞよろしくお願いいたします。

まず最初の質問として、今回の開発の背景について教えてください。

田代: 元々は2020年当初、ちょうど弊社の社長が代替わりする時の就任インタビューの中で「今後更なる品質を高めていく。その手段として、テクノロジーの活用やAIをはじめとしたDXを進める。」と全社的な大号令を打ち出しました。

これがターニングポイントとなり、改めて各部署毎に様々な業務の見直しをしていきました。結果として、社内の業務改善は劇的に進みました。ただ社内的なツールにしかならず、お客様が受けるサービス品質の向上に貢献するには至っていませんでした。

お客様目線に立って、改めて課題と改善点を考えたところ、引越しそのものの評価は良いですが、引越しを手配するまでのプロセスに改善がありそうだ、と考えました。基本的な引越し手配は、お客様から各引越業者にまずはお見積りの依頼をいただきます。そして、その多くは実際のお客様のご自宅へ営業担当者がお伺いして、ご家財量を把握し、お客様からのご希望・ご要望をお伺いしてお見積りを提示します。この家財量の確認をAIの力を使って正確にできれば非常に効率もよく、お客様にとっても手間が減るのではないかと考えました。その構想を考え始めたのが2020年くらいです。

ぐるっとAI見積りが実現できた要因としては、やはり河﨑さんとの出会いがいちばん大きいです。ちょうど3Dモデルの活用がエンタメ以外の業界にも出始めて、それを活用すれば家財の量が正確に把握できるんじゃないかという仮説を一緒にたて、実証実験をし、成功イメージができてから開発に着手しました。

河﨑: アートさんで最初にテクノロジーを活用し始めたのはいつからでしょうか?

田代: 当社は時代に先駆けてインターネットの活用を進めてきました。

古くは1996年、Internet Explorerの時代に引越し業界の中でネットで予約を受付するサービスをいち早く取り入れたのも我々でした。始めた当初の予約件数は1日数本だったのが、数ヶ月後には1日数千本になりました。

その時から当社ではデジタルの利便性がしっかり認識されていましたので、技術を使って更に利便性を深めていければいいなと思っていました。


※アート引越センター株式会社 執行役員 田代様との対談の様子


河﨑: なるほど。1996年からもうデジタルの成功体験があって、そこから今回のようなAI活用の発想がスタートしたのですね。

田代: そのとおりです。これまでも色んなシステムをオーダーメイドで開発している中で、市場にないものを具現化出来てきたので、ぐるっとAI見積りの構想も、やればできるんじゃないかと考えていました。

河﨑: 確か、僕がぐるっとAI見積りの構想を初めて聞いたのは2022年の12月くらいだったと思います。最初の構想では、ユーザーが撮影した動画から椅子が何個、デスクが何個と家財の数量をカウントしようと考えました。でも色々話を聞くなかで、引越しの見積りでは家財の体積を推定する必要があり、画像処理では限界があるだろうと思って、多分三次元でやったほうがいいかもと、なんとなく考えていました。

※ぐるっとAI見積りの使い方のイメージ


実は今回のプロジェクトは、いくつかの偶然が重なって成功したと思っています。

学部の時に三次元データの処理を行う研究室で研究を行っていました。日本では、画像処理を行う研究室は多いですが、三次元データを扱う研究室はそこまで多くはないと思います。たまたま学部時代の研究室で研究を行っていたおかげで、三次元データに関してのある程度の基礎知識を持っていました。

しかも、アートさんからお話をいただく直前の2022年11月にシリコンバレーの研究所で働いている友達に会った際、SfM(Structure from Motion, 撮影した複数枚の画像から、対象の三次元データを作成する技術)に関する研究を行っていて、その技術を教えてもらう事ができました。たまたま僕のバックグラウンドと、友達の技術と、アートさんの構想とがマッチしていました。

田代: 今回の構想のなかで、スマホで家財の量が正確に把握できたら絶対楽だなって素人ながら思っていたのですが、いくつかのITベンダーにこの話をしても真剣に考えていただけませんでした。河﨑さんの知見に巡り会えたことが、状況が劇的に変わるきっかけだったなと思っています。

河﨑: 弊社のなかでも、三次元データ処理は僕以外やっていないので、もし他の人に相談を頂いていたら、もしかしたら他のベンダーさんと同じく具体的な提案ができていなかったかもしれません。技術と課題とタイミングが本当にぴったり合いました。

田代: 今でも覚えていますが、一番最初に河﨑さんとWebミーティングした際に「引っ越しの見積りは実際にお客様の家に行っているんですか?このWebの時代に?」とお話されたことを覚えています(笑)。この時点で、単身引越スイスイという家財リストをお客様が選んで見積りをするシステムや、テレビ会議システムを使って画面越しに営業担当者が家財を確認して見積りをする「リモートLive見積りミライ」はありましたが、やはり基本は訪問による見積りでした。今まではそれが慣例でしたし、疑問をもったこともなかったです。

河﨑: 失礼な言い方ですみませんでした(笑)。多分それは僕の特殊な背景もあると思います。

今まで何回か引越しをした事はありましたが、洗濯機などの電化製品は一番安いやつしか使ってなかった、かつ、何年も使用して壊れていたので、引っ越しの際には捨てて新しいものを買っていました。しかも自分の服や荷物もそんなに量がなかったので、引越し業者を一回も使った事はありませんでした。だからこそ普通の見積りってどういうものか知らなくて、個人宅にわざわざ見積りに行くと聞いて「え?」ってなったので、純粋に驚きからそのような発言になったと思います。

田代: 一般的に引っ越しをするとなると、まず引越し屋さんに見積りを取ります。そうすると、例えばA社は2tトラックを使っていくら、B社は2tロングトラックを使っていくらという形で見積りが出されますよね。その複数の見積りの中から、お客様の方で判断を下していただくプロセスが今のスタンダードですね。

河﨑: 例えば3社見積りを頼むと、一社一社がみんな自分の家に来る?

田代: そうですね。比較サイトを使えば、一回の個人情報入力で複数社に見積りが依頼できるので、何回も情報を入力する必要性がなく便利です。

ただデメリットもあります。一括サイトに申し込むと、様々な引越し業者からどんどん電話がかかってきます。結局は、各社それぞれに家財チェックをしてもらい、見積りをもらう必要があります。これこそが、お客様が引っ越しをする前から疲弊すると言われる所以です。

河﨑: 見積りだけで1日潰れますよね。めんどくさすぎます(笑)。



インタビュアー: 今回の取り組みは、今までの引っ越し業界とか物流業界のなかであんまりなかった取り組みですよね。システム検討や実証実験段階で色々な苦労があったと想像していますが、そのあたりお伺いしてもよいでしょうか。

河﨑: 意外と最初の構想通りにシステムを作る事ができましたが、AIを作る際に色々大変でした。

特に学習データを収集するのが大変でした。学習データを収集するために、アートさんの社員の方に自分の家のデータを取ってもらいました。

田代: 実際に近い状況の学習データを作成するために、アートの従業員は全国に約3,700人いるので、お願いしました。

しかし、従業員が自分自身の家を撮影するというのはハードルが高かったです。でもその際に河﨑さんが言った内容をよく覚えていますが、「AIの開発に自分の家のデータが貢献するんですよ。こんな価値あることないですよ。」というエンジニア魂から出る言葉というんですかね、それを聞いてからは、全く同じ事を従業員に言いながら撮影してもらいました。

河﨑: あ、そんなことを僕が言ってたんですね。

田代: そうなんです。引っ越し業界が大きく変わるところに貢献できることは誇らしい事なんだよと従業員一人一人に言いながら協力を得ました。

学習データが十分に集まり、河﨑さんに共有してからしばらく経った後、AIの予測結果を開発メンバーで確認するという結果報告ミーティングがありました。

この時に一番衝撃的だったのは、河﨑さんが半ば興奮気味に「初めてAIが自分で答えを出しました!」という発言でした。画面共有で画像を見せてもらったのですが、全然よく分からないただの画像にカラフルな色がついているだけでした。

これ、もしかして実用性にはほど遠いのかなって一瞬思いました(笑)。

※結果報告ミーティングの際に使用したデータと類似データ(Spakona社のオフィスの3次元データ)に対するAIの推論結果の画像


河﨑: 僕としては、最後のパスまで繋げた!ミッシングピースが埋まった!って喜んでいたのですが、普通はそこまで分からないので、これ結局何の役に立つんだ?って思いますよね(笑)。動画から三次元データを作成する所は上手くいきそうとなっていましたが、作成した三次元データに対して高精度に机や椅子などの家財を抽出する事ができるかは不確定でした。そのため、学習済みAIによる推論結果を共有できて、ほっとひと安心し、嬉しかったのを覚えています。

田代: それまでの河﨑さんの印象って、ミーティング時にも淡々としゃべるエンジニアという感じで、普通は巡り会わない人だと思っていました。

自分たちのプロジェクトメンバーの中では、もしかしたら河﨑さんそのものがAIじゃないか?みたいな話もあったくらいです。

河﨑: 「感情がない!」って言われていましたね。なのに、AIが自分でちゃんと推論出来た事を興奮して話をしていたので、今思い返すと恥ずかしいですね。

田代: ようやく河﨑さんの感情が見えたけど、実際のシステムとしてはどうなんだろう、何がすごいんだ?という感じでした。AIの推論結果について説明を受けて、一応納得することが出来ましたが、当初はまだ精度が不十分でした。そこで、精度向上のためにデータ量をより集めるという戦略になりました。そこからが本当に早かったです。定例ミーティングの場を設けていましたが、毎月毎月精度が上がっていくことを実感する事が出来ました。

河﨑: 深層学習は、基本的にはパラメータの数を多くして、データ量が多くなればなるほど性能が上がる事が多いです。開発を進める中で、最終的なプロダクトにするためには、様々な状況に対応できないといけないとわかったので、アートさんの従業員の皆様に家を撮影してもらい、ひたすらデータ量を増やせばいけると思っていました。

田代: 従業員の自宅のデータだけでなく、相模原にある一戸建ての研修ハウスにも来ていただきました。引越スタッフが引越技術を磨くために建てられた建物のため、本当の家のような状況を作ることができ、河﨑さんのオーダーに合わせて家具を配置して撮影もしました。

例えば河﨑さんは液晶テレビをリビングのど真ん中の床に置いて撮ったりしていましたよね。

河﨑: 普通の家ではありえない状況を作りたくて、ど真ん中に置いてみました。そうするとやっぱりAIはテレビって認識していませんでした。

でもこのような状況が全くないとは言えないじゃないですか。部屋の窓際にテレビを置いている方もいれば、もうちょっと内側に置いている方もいると思います。でも壁際にテレビを置いている学習データしかないので、それだけで学習すると精度が落ちてしまいます。

なので普段は考えられない学習データも作ってみた、というのが意図です。AIの中身のパラメータ変更で精度向上を頑張るというよりは、様々な状況のデータを取るように皆で工夫しました。

インタビュアー: 結構地道な作業なんですね。

河﨑: 地道です。本当に地道ですけど、逆を言えば、地道な事さえしておけば精度が上がるので楽です。昔のように天才的な技術者や研究者が、凄いアルゴリズムを考えて精度を上げる必要はなく、淡々と作業しておけば精度を上げる事ができます。深層学習の良い所がまさにそこです。ちゃんとデータさえ集めていけば精度が出るので、企業向きだと思います。

インタビュアー: ぐるっとAI見積りのポイントはデータ量といえそうですか?

河﨑: データの量と質どちらもだと思います。今回、実際に従業員の方に自分の家のデータを撮影してもらいましたが、普通はそのようなデータをくださいって言っても、なかなか集める事は出来ないと思います。ましてやネットにも落ちていないです。実際の家のデータを集める事ができたことがポイントだと思います。



インタビュアー: ぐるっとAI見積りはもうすでに導入されているとのことでしたが、効果についてはいかがでしょうか。

田代: まだ大掛かりなプロモーションをしていないので、認知度はまだまだです。

ただ、最初にご利用いただいたお客様30人にヒアリングをしていて、ほぼ全てのお客様に大絶賛頂いたと言っても過言ではないです。一番の評価ポイントとしては、やはり夜中の自分時間で見積りを取ることができた、というのがお客様にとって非常に良かったようです。

もう一つは引越スタッフにもメリットがありました。営業担当者は、お客様の家の状況を事前に見ていますが、実際に作業する引越スタッフは家財のリストがあるだけです。細かな状況は、当日、お客様の家に行って初めてわかります。もちろん、何が起きても大丈夫なように十分資材などを準備して向かいますが、事前にお客様のお部屋を三次元で確認ができるので、非常に引越しの効率が良くなりました。

また一番効率が良くなったのは、トラックの配車です。2t トラックで行ったけれど、それ以上の荷物量だったから追加トラックを回す必要があったり、逆に2tトラックで行ったけれど実はそこまで荷物が多くなかったという事がありました。しかし、事前に部屋がわかるので、不確定要素によって生まれるロスは劇的に減りました。

これまでの業務改善といえば、過去のお客様で引越し荷物と一緒に埃も運ばれたという口コミを頂いて、それ以降は必ずタンスの裏の埃を落としてから搬入するなど、お客様の声から質の良いサービス提供に努めてきました。今回は、引越し作業そのものよりも、AIアプリを使って引越しの前後含めて全てがスムーズにいった事による業務改善になっていると思います。

実際に、引越し後にお客様からいただいているアンケートハガキに「全てが丁寧でスムーズでした。AI見積りが非常に良かった」との手書きのコメントをいただきました。

河﨑: わざわざ手書きで書いて送ってくれたという点に熱量を感じますよね。ちゃんと自分の字で書いて出してくれるくらいなので、その人にとって本当に良いサービスであったのだろうと思います。良い仕事をしたな、ってこのハガキを見て思う事ができました。

田代: ぐるっとAI見積りの効果として、てっきり見積り業務そのものがなくなって楽になるだけかなと思っていました。でもそこだけじゃなくて、お客様も24時間好きな時間に見積りができ、皆が嬉しい状況になっていると思います。

河﨑: 例えばお客様の利便性をトレードオフにしてアートさんが楽になるシステムは良くないと思いますが、お客様の満足度も高くなって、かつ、アートさんにとっても働きやすいというどちらにもメリットがあるのは良い事ですよね。



インタビュアー: 最後の質問になりますが、今後AIやテクノロジー活用といった文脈での展望などはありますか。

田代: そうですね。やはり我々はこれまで、お客様の「あったらいいな」をいかにサービス展開していくかというところで、いくつもの業界初のサービスを生み出し、それが業界のスタンダードとしても広がっていきました。

「他社に真似されてとやかく言うよりも、真似されるサービスとして業界全体をより良くしていく」ということを社長から常々言われていて、そのため資材などのハード面の業界スタンダードは大半がアート初じゃないかなと自負しています。

でも改善に終わりはないですし、ハード面では出尽くしている感じがあるので、やはりITやAIの力を使って、引越しだけではなく、引越し前後のいわゆる新生活に伴う煩わしい事も含めて負担を軽減できたり、より良いサービスをお客様に提供できるように我々はしっかり走っていく、これが目指すところです。

河﨑: 物を運ぶだけではなく、その周辺の煩わしさも解消するというところですね。

※株式会社Spakona 代表 河﨑


田代:  今回の開発に伴ってAIプロジェクトを立ち上げまして、社内で参加する人を公募したところ、約20人が参加してくれました。自由な発想を出すためのディスカッションをした際に、従業員から新しいアイディアが出ました。ITやAIの活用で我々のサービスにどう付加価値を追加できるかを考えられるようになったというのも大きな効果というか、予想していなかった展開です。

その際に出たアイデアの一例として、新居のレイアウトを事前にお客様とシミュレーションをするというものです。不動産屋さんと提携して、物件情報のデータを頂いて、引越す前からレイアウトを決めたり、カーテンの柄やインテリアもシミュレーションできるのではと我々の中で思い描いています。

河﨑: この構想が実現すればどういう順番で設置していくかがわかるので、積荷の最適化もできそうですね。

現状では、現地に行ってからタンスを先に出すのでトラックの手前に積みます、などと顧客と話しながらやらないといけないですが、事前にシミュレーションが出来れば、現地で考える必要もなくなります。

実際に自分が引越しをする際にも、次の部屋のCADデータを自分で簡単に作成して、家具の配置を考えました。それをアートさんのアプリの中で一気通貫してできるようになったら、運び入れてもらう際のコミュニケーションも楽になると思います。

田代: 引越し業者にできる事はまだまだあると思います。これからも河﨑さんと協力しながら、ITやAIの活用によって弊社が業界スタンダードを作っていく、という意気込みで取り組んでいきたいと思います。

インタビュアー: 田代部長、河﨑さん、本日はお時間いただきありがとうございました。


※インタビュー最後に二人で記念写真


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