【社員インタビュー】相手をリスペクトし合える「やわらかさ」が持ち味!ビジネスサイドで活躍中の社員が語るDP社の働きやすさ
こんにちは!Digital Platformer株式会社(以下「DP社」)です。
今回は、経営企画グループ 渕 由香里さんへのインタビューをお届けします。
渕さんは、アフリカ・ウガンダで10年間、開発支援の仕事に携わり、2025年1月に中途採用で入社。現在はビジネスサイドの一員として、事業推進などに取り組んでいます。
ビジネスサイドから見たDP社の魅力はどんなところにあるのでしょうか。渕さんに、そのユニークな経歴や現在の業務内容、DP社の雰囲気などについて聞きました。ぜひご覧ください!
戦略企画グループ 渕 由香里
大学卒業後、ウガンダで10年間にわたり開発支援に従事し、現地で幅広い業務を経験。帰国後はスタートアップを経て、2025年よりDPへ参画。
10年間のウガンダ生活を経て、日本企業へ
――渕さん、本日はよろしくお願いします!まずはこれまでの経歴を教えてください。
渕:大学卒業後、親を亡くした子どもたちに奨学金を貸与するあしなが育英会に就職し、2年目からアフリカのウガンダという国にある国際NGOに出向となり、そこから2023年まで10年間、ウガンダで働いていました。
あしなが育英会に入ったのは、就活フェアのような場に行った際、海外で働けるチャンスがあると知ったためです。私は大学4年生の10月ぐらいに就活を始めたどうしようもないタイプの学生で、そもそも選択肢があまりなかったんです。そのなかで、あしなが育英会は面白そうだなと思えたのと、海外に行きたいという想いが叶えられる可能性があった。だから志望したという感じです。
――海外以外で、あしなが育英会に惹かれた理由は何だったのでしょうか。
渕:やはり海外に行けると言われたのが強いのですが、一風変わったところに行きたいという想いもあったのかなと思います。私は文学部の出身で、社会の役に立たないことをあえて選んで探求していくことに喜びを見出してきたので、大学3年生ぐらいから急に周りがスーツを着て就活に向かっていく流れに違和感があり、そこには乗れないなと思ったんです。そのタイミングで、決められたレールの上を歩かない選択をしてしまったようなものでしたね(笑)。
――入社後、1年を経て念願叶って海外へ。ウガンダについての紹介と、どういった仕事、暮らしをされていたのか教えてください。
渕:ウガンダはアフリカ大陸の真ん中あたりにある国で、日本のようにビルがそびえて車が行き交うところもありますが、少し外れると水道も電気もなく、トイレもない掘っ立て小屋のようなところで生活している人たちがいる場所もあります。
魅力の1つは天候で、年中25度、湿度も40~60%と人にとって1番快適なラインを維持していて、湿度計の針が一切動かなくて「壊れてる!?」と思ったくらいなんです。雨が降るときもスコールのようにすぐ降りやむので、ジメジメすることもありません。そんな地域に10年間もいたので、日本の暑さや寒さが本当に身に堪えています(笑)。
当初、ウガンダ暮らしは5年間の予定でしたが、もう少しいたいと思ったので、仕事を見つけてさらに5年間滞在しました。
――10年間、ウガンダで仕事を続けられたモチベーションはどこにあったのでしょうか。
渕:面白かったからですね。常識が全然違うんですよ。ちゃんと仕事をしているのレベルが「電話に出る」とか(笑)。私のことではないんですが、ドアの鍵の修理を業者にお願いしたときに、鍵部分を取り外したところで日が暮れてしまったのですが、なんとそのままにして「また明日」と帰られてしまい、ほかの人の家に避難した人がいると聞いたこともあります(笑)。大変ではあるのですが、私はそうした違いを面白がれたので、住み続けられたのだと思います。
仕事に関していうと、最初の5年間は現地の子どもたちの暮らしを知るために家に泊まらせてもらったりして、非常に楽しかったです。電気も水もないので、お風呂もポリタンクに入った水を渡されて、部屋の片隅のスペースで「どうぞ」みたいな感じで。
後半は、日本大使館のODA部門に勤めて、地方の小さな病院や学校の建設支援を行いました。マンゴーの木の下で勉強していた子どもたちに教室を提供し、完成後のフォローアップで彼らが屋根のあるところで勉強している姿を見られたときはうれしかったですね。コーヒー豆の加工施設を作ったときには、生産者が買いたたかれることなく、自ら商品価値を高めて売り、収入の向上につなげていく様子も見られました。貢献が目に見える支援ができたことは、すごく良かったなと思います。
――日本に戻ってこようと思ったのはなぜですか?
1つは開発支援の職場を転々とするなかで、「このまま現場には携われない」と思うようになったからです。支援対象である子どもたちが、電気も水もない環境でろうそくの火で勉強するような生活を送っている一方で、支援側は高級なマンションで良い暮らしを送っている。もちろんセキュリティ的な事情などもあるのですが、支援対象者と支援者との構図に違和感を抱いてしまったんですよね。
そもそも、なぜ先進国が支援をする必要がある国があるのかと考えると、先進国の人たちが自分たちの生活を成り立たせるためなんです。安い服を買うには、安い労働力がいる。その価値観が変わらない限り、支援をしたところで貧困国はなくならないでしょう。
問題があるのは貧困国ではなく先進国側にあるのだから、一度こちらに戻ってこなくてはと思ったんです。ずっと省庁勤務だったため、日本企業で働いてみたいなという想いもありましたね。
自分の強みを活かせるのは「新しい世界」
――帰国後、どのような仕事を選びましたか?
渕:モビリティ関連のスタートアップに転職しました。ウガンダで10年間働いていたことを武器にするしかない、というのがスタート地点でした。ただ、キャリアをそのまま活かせる開発支援を掲げている会社はあえて避けました。一旦、まったく新しいところに行きたかったので。
前職の会社は「IT知識はなくていいけれど、フットワーク軽く海外出張に行ける人」を求めていたので、ぴったりだったんです。子どもは夫に任せられる環境だったので、「明日、フィリピンに行ってきて」と言われても「行きます!」と言えるなと。
会社の技術を使って海外の交通の利便性を向上させること、渋滞などの課題を解決することが前職のミッションで、海外での実証実験プロジェクトを回すプロジェクトマネジメント的な仕事が私の役目でした。
――前職を退職された理由は何だったのですか?
渕:夫が仕事を始めたことで、前提だった「言われたらすぐに海外に飛べる」という環境が崩れてしまったんです。加えて、会社が大きくなり英語を話せる人もたくさん入ってきたため、私がこの会社で果たせる役割が何となく終わったなと思ったんですよね。環境を変えるべく再び転職活動を開始。それで入ったのがDP社です。
――DP社はエージェントからの紹介だったとか。当時の印象や入社を決めた経緯を教えてください。
渕:最初から好印象でした。DP社より前に他社の面接を受けてみたとき、コミュニケーションが一方的だなと感じたんですよね。DP社は一次面接から非常に和やかで、最後まで会社側がちゃんと私と働きたいと思ってくれているなと感じられました。
――選考はどういったフローでしたか。
渕:書類選考から一次面接、技術職のヘッドの方との二次面接、代表との最終面接でした。
――ブロックチェーンという最先端の技術を扱っている会社を受けることに不安はありませんでしたか?
渕:なかったです。むしろ、新しい領域であることが私にとっては魅力でした。私には営業やITに関する経験や知見がないため、「この商材を10年間売ってきました」という方とは勝負ができません。であれば、そもそも10年選手が少ないフィールドに行けばいいんだと思って活動していました。新しいところに飛び込んで生き延びることに関しては、ウガンダで実践してきましたから自信もありましたし(笑)。
面接のときに「ブロックチェーンについてはどのくらい理解がありますか?」と聞かれ、「全く知らないです!」と答えたところ、「知らないことを扱うことに対しては大丈夫ですか?」とさらに聞かれたんですよね。「大丈夫です!」と答えながら、自分に合いそうという手応えを感じました。
――「これがやりたくて志望しました」という方が多くなりがちななか、ユニークなケースだなと感じました。
渕:私の弱みでもあるんですけどね。海外に行きたいと思っていたのも、別に明確に「これがしたいから」という意思があったわけではなく、本当に行き当たりばったりでフラフラ生きてきてしまった人間なので(笑)。「これだ」と決めて10年間続けてきた人との差が見えてきちゃったなと思うところもあります。
――コンプレックスを武器に変えられたのは素晴らしいことだと思います。
プロフェッショナル同志のリスペクトがあるから、知らないことも安心して聞ける
――今の業務内容を教えていただけますか。
渕:ブロックチェーンを使っている海外企業とジョイントベンチャーを立ち上げるプロジェクトにおける、そのアグリーメントを双方で調整したり、プロダクトの共同開発や代理店になるときの窓口を担当しています。
日本の営業状況を見て、事業計画に反映されるような事業の売上予測や需要予測を立てたり、英語の文章をドラフトしたりもしています。面接時に、営業のフロントに立って数字を取ることはできないとはっきりお伝えしたんです。そのため、営業ではなく、自分たちに何ができるのかを考え、営業の人に頑張ってもらうための戦略を考えるような役割を担っています。まだ名刺がないので、肩書がどうなるのかわからなくて。営業というよりは事業推進になるのかな。ベンチャーあるあるで、いろいろな仕事をしている感じですね。
DP社では週に1回、役員陣が事業戦略会議を対面で行っているのですが、そこに混ぜてもらい、議事録を取りながら勉強させてもらっています。技術に長けた人たちの話は、私にとっては神々の言葉に思えるくらいレベルが高くて。「また神の世界の言葉で話し始めたぞ…!」と思いながら、一生懸命話を聞いています。
――これまでの経験が活きていることはありますか?
渕:海外で契約書をたくさん読んできたのは間違いなく活かせています。あとは、国や地域によってミーティングの際のニュアンスを調整するスキル。国によって会話のスタンスが違うんですね。そのチャンネルを合わせたうえで、どうやって話を進めていくかを考えなければいけないのですが、そこにもこれまでの経験を活かせていると思っています。
――新しい世界に飛び込んだことで、苦労していることはないですか?
渕:知識面でキャッチアップには苦労しています。そのため、ChatGPTで調べものをしたときは、その履歴をあえて残すなど、わからないアピールをするようにしていますね。「こんな基本的なことを聞いている人がいる」と思われるのが嫌だという人が多いと思うのですが、私はむしろ知っておいてほしいなと。わかっていると思われて進められると、結果的に会社のダメージになりますから。「基本的な質問なのですが」といろいろな人に聞いて回れるのも、もしかしたら海外でぐいぐいやっていたからなのかもしれません。
DP社の方々は、みんなすごくやさしいんですよ。どなたも親切に教えてくださいますし、聞く相手を誤ってしまったときにも、「それはこの人が詳しいから」と聞くべき相手のところまで誘導してくれます。突き放されることは一切ないです。安心して「教えてください」と言える環境で良かったなと思います。
面接のときの雰囲気と入社後に感じる社内の雰囲気に乖離はありませんでした。非エンジニア職だからといって見下されるということはなく、別の分野のプロフェッショナルとしてリスペクトしてもらっている感覚があります。社内Slackのやり取りで絵文字が多用されるようなフランクな社風ですね。
やさしい人たちに囲まれている環境に甘んじず、技術畑の人たちの言語を理解しなければと頑張っているところです。専門用語だけではなく、業界特有の使われ方をされる言葉が会話に出てくるのを理解できるようにしたいなと。それは聞いてしまうと野暮だなと思うんですよね。例えば、最近触れたのは「担ぐ」で、会話の流れから意味を推測して聞いていました。業界特有の使い方はGoogleで調べても出てこないんですよ。こうしたカルチャーフィットの部分に邁進している最中です。早く言語を使いこなせるようになりたいですね。
――現時点で感じているおもしろさ、やりがいは何ですか?
渕:これは「今やれている」という話ではなく、「これからできるのでは」という可能性の話ですが、私の判断や意思決定が事業に活かされて製品化される日がくるのかもしれないと思っていて。実際に、私の上長がそういった仕事をしているんですよね。もちろん、製品になるまでにはいろいろな方の力があるわけですが、「私がアイディアを出しました」と言えるものが形になっていくことがあるのかもしれないと思うとワクワクしますね。
――前職の退職にはご家庭の事情もありましたが、DP社のワークライフバランスに関してはいかがでしょうか。
渕:非常に働きやすいと感じています。予定を調整して入れていた会食の日に、保育園からお迎え要請の電話がかかってきてしまい、共有スペースで落ち込んでいたことがあったんですね。そのときに、「その会食には役員陣も参加しているんでしょう?だったらそんなに自分がやらなくちゃと思わなくていいよ。だって子どもがいるってそういうことだよ」と言ってくれて、気持ちが楽になったんです。私の上司も、「子どものことがあるからその時間の会議には出られません」とはっきり言いますし、それが是とされる環境なのは、子育て世代の方にとって非常に働きやすいと思います。
――ずばり、DP社を一言で表すといかがですか?
渕:「やわらかい」ですね。仕事は皆さんすごく真面目で、エンジニアの方たちってすごいなと思っています。そうした真面目さが根底にありながら、フランクに雑談もできる。真面目にやるときと力を抜くときとのバランスがあるという感じが「やわらかい」のかなと。ピザパーティーなども開かれている、雰囲気そのものが明るくやわらかな会社かなと思います。
――渕さんから見て、どういった方がDP社にマッチすると思いますか?
渕:何かしらを頑張りたい人ですね。他人に対するリスペクトなど、基本的なものさえ持っていれば、どうしてもこういうスキルや必要とか、こういう人でなければ役に立たないというのはないかなと思います。だからこそ、私もこうやって頑張れているので。
人って、環境に影響を受けるものだと思うんですよね。私は、寝ているおじさん社員が隣にいるような楽な環境だと、絶対に自分もいつか寝ているおばさんになってしまうと思ったことがあります。民間企業を志したのは、頑張らなければいけないところに身を置きたいと思ったからでもあるんです。そういう「何かに挑戦したいな」と思っている人であれば、何とかなるんじゃないかと思います。受け止められる力のある、やわらかい組織ですから。
――これから、DP社で何かやりたいことはありますか?
渕:入社前、地方創生に関わる可能性について聞いたお話に興味を抱きました。今はまだ本格的な動きがないのですが、ぜひいつか携われるチャンスがあればと思っています。
――渕さん、本日はありがとうございました!
今回は、ビジネスサイドで働く渕さんへのインタビューを通して、非エンジニア職の方から見た当社やエンジニアについて紹介しました。
この記事を読んで、少しでもDP社について知っていただけたら嬉しいです。
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企画・編集:株式会社スリーシェイク