白崎 大輔 (しらさき だいすけ)
1977年生まれ、苫小牧市出身。1996年に役場入庁後、都市建設課、理財係、商工労働課、健康福祉課と幅広い分野を経験してきた。現在は産業振興課に所属し、畜産・農政・新規就農等の農業分野に携わる。プライベートでは役場入庁を機に、小学生から続けてきた野球を再開。現在は町内の新しいチームを立ち上げ監督をしている。
“真面目な子”でいられなくなってしまった学生時代
自分は学生時代まで、散々だったんですよね。小さい頃の自分を一言で表すと、人見知りで真面目な子どもでした。小学校4年生からクラブチームに所属し野球を始め、学校では児童会長、生徒会長を務めてきました。ですが、別に前に出たい訳ではなく、積極的にやるというよりは、「やらないとダメだ」という感覚に近かったと思います。というのも、当時は内申点や周りの反応を気にしていたんですよね。自分で自分を押さえ付けていた反動もあり、中学を卒業して高校に行ったタイミングではじけてしまいました(笑)。高校では、好きだった野球を辞め、やんちゃをして親が学校に呼ばれることもありました。
自由を謳歌した高校生活を終え、卒業後は新卒で役場に入庁しました。役場を選んだ理由は、体を動かす仕事ではなく、事務的な仕事をしたいという思いからです。事務職は幅広いジャンルの業務に携われるし、先ほどお伝えした様に、人見知りの性格なので、あまり人とコミュニケーションを取らなくても良い仕事だと思ったんですね。役場に入ってから、そんな考えは良い意味であっという間に覆されましたが(笑)。
背伸びをして手に入れた、大きな仕事。
やる気のない学生だった自分にスイッチが入った
頑張れる様になったのは、役場に入ってからなんですよ。高校まで散々好き勝手に遊んでいた自分。そんな自分を拾ってくれたという感謝もありましたし、沢山の仲間に気づきをもらったことが、自分が変わる大きなきっかけとなりました。日常業務や役場野球部での活動を通じて、隣で先輩方が家庭と仕事を両立しながら働く姿を見ていて、自分だけフラフラやってられないなと、ある時思ったんです。
最初に配属された都市施設課では、公営住宅の管理運営に携わり、修繕の発注や家賃徴収、苦情の対応等、様々な業務を行いました。仕事に少しずつ慣れてきた頃、公営住宅の家賃に対する補助金を国からを受けられる機会があることを聞きました。チャンスがあるなら、一歩踏み込み掴みたい。そう思って、手を挙げたんです。周囲はきっとびっくりしたでしょうね。(笑)補助金の申請は資金調達ですから、この事業には投資をする価値があるということを国に説明する必要があるわけです。当時、新卒の私にはそんな大きな仕事をした経験はありませんでした。ですが、思いを汲んでくれた当時の上司達が、チャレンジすることを許してくれたんです。周囲のアドバイスを受けながら、右も左も分からない中で、必死に資料を作成しました。結果、無事に申請が通り、国からの補助を受けられることになりました。それが役場に入って初めて担当した大きな仕事でした。こういった日々の業務を通して、それまで全くやる気のない学生だった自分に、徐々にスイッチが入っていきました。自分の身の丈に合っていない仕事でも背伸びをして手を伸ばすことで、そこに追いつく為に自分を成長させるしかなかったんですね。
仕事を乗り越え生まれた、新しい基準。
これまでの役場仕事を振り返ると、自分だけでは手に負えない大きな仕事が、自分を育ててくれたと思います。30代前半に配属された健康福祉課では、主に高齢者の方々のサポートを行っていました。その活動の一環として行ったのが「ねんりんピック」という、高齢者を中心とするスポーツ・文化・健康と福祉の総合的な祭典の開催です。北海道が平成21年に開催地域として選ばれ、安平町がフランス発祥の球技である「ペタンク」の開催地になりました。開催は大きな都市で行われることが多いのですが、安平町が手を挙げ、唯一「市」に並んで「町」が選ばれたんです。開催にあたって事前準備を重ねてきたのですが、前の年に急遽、主担当だった上司が異動になりました。そして次の主担当が僕になったんです。当時は相当なプレッシャーを感じていましたね。開会式を札幌ドームで行った後、300〜400人の方が一気にバスに乗って、安平町を訪れます。北海道に対して良い印象を持っていただくことも狙いとしてはありましたので、安平町の失敗によりイメージが悪くならないように万全の準備をしました。運悪く、開催間近になって新型インフルエンザが流行したので、救急車や病院、看護師や医者の手配等、万が一のことが起きた時の対応方法も確認して、当日を迎えました。
▲事前に行われた会議の様子 ▲当日の様子
迎えた当日、なんと大雨が降りました(笑)。ですが、当時の仲間が開催直前まで総出でリンクの水出しをやってくれて、なんとか開会式を迎えることができました。準備期間も含め、「ここは俺がやるから」と言ってくれた沢山の仲間がいたからこそ、大きな問題もなく、大会を無事に行うことができました。それまで頼りにしていた上司がいなくなって、自分にかかる責任が大きくなったこともあり、準備期間中に体調不良になったこともありましたが、大会が終わった後の達成感はとても大きかったです。大会終了後に当時の副町長と握手をした時は、涙が出そうになりました。それ以降、大変な時でも「あの時よりは大変じゃない」と思える様になり、自分の中で1つの基準が出来たと思っています。
目の前の仕事を精一杯こなすことで、できることが増えていく。
その後、現在の担当課である産業振興課(旧農林課)に配属になりました。産業振興課では、畜産と農政家畜全般の仕事を担います。業務内容は、農家さんの衛生管理指導や国の事業に対する申請のサポート等、多岐に渡ります。
時には、獣医さんと一緒に各地の農家を回って、牛のワクチン接種をする為に、暴れる牛の首にアームロックをかけたりすることもあるんです(笑)。牛のワクチンの接種は非常に危険が伴います。牛は口や鼻を触ったり、手を入れたりすると大人しくなる性質を持ち合わせている為、時には、口の中に手を入れて対応することも。それこそ今までやったことのない仕事も、今では当たり前になりました。
この課に配属されて、「全日本ホルスタイン共進会」という、ホルスタインの全国大会を担当したこともあります。5年に1度、酪農家が酪農経営を行う上で乳牛に求める理想的な体型を競い合う大会です。牛の世界では、そこでトップを取ることで、種付け料が高くなります。自分の育てた牛が選ばれることを目標にされている方も多くいらっしゃる、とても重要な大会です。その開催地として安平町が選ばれました。380頭前後の地区予選を勝ち抜いた牛や、その関係者(1頭につき10人以上!)が安平町に集まります。安平町で牛の審査会を行い、同時並行で札幌会場でイベントも開催しました。安平町で行う大会の様子を札幌会場にエキシビジョンで放映し、会場では三國シェフがビュッフェを振る舞う等、かなり大規模なイベントとなりました。緊張で迎えた当日、まだ11月なのに真っ白になるくらい雪が降ったんですよね(笑)。それでも、先述した「ねんりんピック」の経験があったからこそ、周りの仲間を頼りながらイベントを無事に開催することができました。1つ1つの案件を乗り越えていくことで、大きな気づきを得ることが出来ています。
役場を志す人に向けて
役場職員という仕事の一番の醍醐味は、成果を出せることなんですね。この規模感なので、一人一人の裁量がとても大きい為、自分のやった仕事がちゃんと表に出て残りますし、自分が頑張ることでその後の町の発展に貢献できます。自分の行動によって相手の生活が変わる可能性がある。それくらい責任の重い仕事ですが、その分、大きなやりがいを感じることが出来ます。志を持って、ぜひ飛び込んできてもらえたらと思います。