「組織端末×投稿前の倫理チェック」で採用目標を達成した病院の実例と、万一のときの「初動72時間」
はじめに:前編のおさらい
前編では、医療の個人情報がなぜ「特別」なのか、いま増えている「SNS経由の情報流出」の特徴、そして医療者のためのSNS注意事項10か条をお伝えしました。
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後編では、SNSを「禁止」でも「放置」でもなく、病院の力に変えた実例と、万一のときの危機管理広報、そして病院・管理者が今すぐ見直すべきことを紹介します。
4. 実例:経営施策としてSNSを成功させた、横浜市立みなと赤十字病院
※同院の動画制作・SNS運用は、メドエックスが支援しています。
前編を読んで、「医療者はSNSに関わらないのが一番」と感じた方もいるかもしれません。しかし、看護師不足が続くなか、SNSは採用や病院の魅力を伝えるうえで欠かせない手段になっています。大切なのは「撮るな」ではなく、「組織として、どう撮り、どう確認して出すか」です。
その好例が、横浜市立みなと赤十字病院(横浜市中区、624床)の看護部です。取り組みは、副院長兼看護部長の間瀬照美氏が『看護部長通信』で詳しく報告しています。本稿では、その報告と間瀬氏への聞き取りをもとに紹介します※3、4。
背景:看護師の確保は「経営の重点課題」だった
同院の看護師の離職率は、2019年度の11.9%から、コロナ禍の2020・2021年度には16%に上がりました。2021年度には看護師数が減ったため、緩和ケア病棟と小児・成人混合病棟の一部を休床せざるを得なくなります。
看護師の確保は、病院経営の重点課題になりました※4。
コロナ禍で対面の説明会や病院見学ができなくなり、2012年から続けていたブログやInstagramの写真投稿だけでは、ホームページへの誘導や採用につながりにくくなっていました。そこで、採用活動の一環として、SNSでの動画配信に踏み切ります。
ポイント1:管理者が先頭に立った
- 看護部長と看護副部長が、まず「採用のターゲット」と「伝えたいこと」を検討。これまで新卒看護師ばかりをターゲットにしていた偏りに気づき、経験4〜10年目の中堅看護師に狙いを定めた
- 人事担当の看護副部長をリーダーに、各部署の師長を中心に推進する体制をつくった
- 部内18部署それぞれが「伝えたい特徴とその理由」を言語化し、工程表に沿って進めた
SNSを「若手が勝手にやるもの」にせず、経営課題を解決するための施策として、管理者が目的とターゲットを決めた。これが成功の土台です。
ポイント2:投稿前に責任者が3重体制で「個人情報・倫理」面を確認
同院の動画づくりは、テーマ設計からSNS配信までの6つの段階で進められています。流れを大きく分けると、次の3つです。
- 企画:各部署が「何を伝えたいか」をテーマにまとめ、それをもとに委託先がシナリオを書く
- 制作:シナリオに沿って現場で撮影し、委託先がテロップや音楽を付けて仕上げる
- 確認と公開:完成した動画を、個人情報と倫理の両面から確認し、通ったものだけを病院の公式アカウントで配信する
ポイントは、配信の前に「個人情報と倫理」の確認工程が必ず入っていることです。完成した動画を主任クラス看護師→看護部副部長→副院長兼看護部長の順で、地域の皆様や、患者さん視点も踏まえて厳しくチェック、目的とシナリオが先にあり、組織が確認したものだけが、病院の公式アカウントから世に出ます。個人のスマホの中で「撮る→共有する」が完結してしまう私的な投稿とは、構造がまったく違います。
ポイント3:撮影は「組織の端末」で
同院では現在、撮影に組織の端末を使ってSNSを運用しています。看護部長は「倫理上あるいは個人情報保護の観点から、さまざまなリスクを考慮すれば組織専用の機器が望ましい」と述べています※3。
個人のスマホで撮った院内の映像は、本人の写真フォルダやクラウドに残り、ほかのアプリと同じ端末に入ります。「院内で撮るなら、組織の端末で」。成果を出している病院がこの考え方で運用していることは、多くの病院にとって大切なヒントになります。
成果:再生数だけでなく、採用につながった
- 動画配信は2024年12月に開始。2025年8月からは月2回の動画と週1回の静止画の配信を継続
- 最も多く見られた動画は、手術室の師長と職員の日常を紹介したもので83万回再生※3
- フォロワーはInstagram 5,633人、TikTok 3,254人※3
- 新卒看護師募集要項へのアクセスのうち、SNS経由の割合は12月が最も高く8%※4
- 遠方で見学会に参加していなくても、SNSやホームページを見て受験を決めた人もいた
- 2025年度の既卒看護師の採用試験の受験者数は2023年度より大きく増え、10月時点で採用数が目標に届いたため、予定時期より早く募集を終了※4
看護部長は、SNSがすぐに採用につながるとは言い切れず、継続的な発信が必要だとしたうえで、手軽に閲覧できるSNSが病院を知るきっかけになり、受験者の増加につながっていると評価しています。
横浜市立みなと赤十字病院の取り組みから学ぶ4つのポイント
① 管理者が先頭に立つ 看護部長・副部長が目的とターゲットを決め、
師長が各部署を動かす
② 目的とシナリオを先に決める 「何を、誰に伝えるか」を言語化して
から撮る。思いつきで撮らない
③ 投稿前に「個人情報・倫理」の確認工程を入れる 組織として止められ
る関門を必ずつくる
④ 撮影は組織の端末で 個人のスマホに院内の映像を残さない
5. 万一のときの危機管理広報:初動72時間が勝負
どれだけ備えても、情報流出をゼロにすることはできません。大切なのは、起きたときに患者さんと社会の信頼をこれ以上失わない対応ができるかどうかです。
初動の「72時間」が勝負
災害救助では人命救助のタイムリミットとして「72時間の壁」という表現が使われますが、これは不祥事における企業の危機管理広報でも有効な概念といえます。この数字そのものを証明した研究があるわけではありません。それでも、「最初の数日で、自ら事実を出す」ことの重要性には、法律・研究・司法の裏付けがあります。
- 法律が求める時間軸:要配慮個人情報の漏えいでは、個人情報保護委員会への速報を、事態を知ってからおおむね3〜5日以内に行うことが求められています※1。72時間(3日)は、この法定の速報期限の目安の始まりにあたります
- 研究:Arpan & Roskos-Ewoldsen (2005) の研究「スティーリング・サンダー:危機情報の積極的開示がもたらす影響の分析」によると、他者に暴露される前に自ら危機を公表することは、組織の信頼性評価を有意に高めることが実証されています。※5
- 司法:品質不正をめぐる裁判で、大阪地裁は2024年1月、行政への報告と公表は「可及的速やかに」行うべきで、調査を理由に長期間公表しないことは通常相当ではないと判断しました※6
- 上場企業向けの指針:日本取引所自主規制法人の「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」も、不祥事を把握した段階から、迅速かつ的確な情報開示を求めています※7
つまり、最初の72時間で「自ら事実を出す」「法定の報告に着手する」「続報の道筋を示す」ことが、信頼を守れるかどうかの分かれ目になります。そのために押さえるべきポイントは次の6つです。
① 「8時間以内」を目標に、遅くとも把握したその日に「第1報」を出す
72時間の中でも、最初の一手は特に急ぎます。実務では、トラブル発生から8時間以内に最初の情報を出すことが推奨されています※8。危機管理広報の基本は、「把握した時点で、分かっていることと分かっていないことを出す」ことです。調査の途中でも、事実を確認中であること、投稿の削除・関係者への聞き取り・患者さんへの謝罪を進めていること、続報を出すことを示します。沈黙の時間が長いほど、憶測の報道やSNSの書き込みが先に広がります。
② 「第◯報」の形で段階的に更新する
第1報(お詫びと初動)→第2報(確認できた事実と対応)→第3報(処分と再発防止策)のように、情報を段階的に出し、各ページを相互にリンクします。「いつ知って、何をしたか」を時刻と日付で並べると、透明性が伝わります。
③ 法定の報告を最優先で進め、公表文にも書く
要配慮個人情報が漏えいした場合は、人数にかかわらず個人情報保護委員会への報告が必要です。速報は事態を知ってからおおむね3〜5日以内、確報は30日以内が目安とされています※1。保健所や自治体への報告もあわせて行い、その事実を公表文に明記することで、「炎上対応」ではなく「情報漏えい対応」として組織が動いていることを示せます。
④ 人事・法務の言葉は、公表前に必ず確認する
「出勤停止」と「自宅待機」は、院内では似た扱いでも、報道では意味が大きく変わります。前者は懲戒処分、後者は処分前の措置です。公表後に言葉を直すと、すでに出た報道との食い違いが残ります。
⑤ 「どこから漏れたのか」を説明する
情報漏えい対応では、流出経路の特定が再発防止の出発点です。「仲間内で共有していたつもりだった」という当事者の受け止めをそのまま載せると、言い訳のように読まれるおそれがあります。それよりも、どの経路で外に出たのか、どこを塞ぐのかを説明しましょう。
⑥ 個人の処分だけで終わらせない
すばやい処分は組織の本気度を示しますが、現場の個人だけが処分され、管理体制や教育体制の責任に触れないと、「トカゲの尻尾切り」と受け取られかねません。研修だけでなく、端末やルールなど仕組みの見直しまで示すことが、信頼の回復を早めます。
6. 病院・管理者が今すぐ見直すべきこと
- 公式発信の「出口」をつくる:職員の「発信したい」気持ちを、組織端末での撮影と投稿前の倫理チェックを経た公式アカウントに集める(横浜市立みなと赤十字病院の例)
- 管理者がSNSを「経営施策」として担う:目的・ターゲット・責任者を管理者が決め、現場任せにしない
- SNSガイドラインに「アプリ別の具体例」を入れる:「SNSに注意」ではなく、「BeRealやストーリーズは勤務中に起動しない」と書く
- 私物スマホのルールを決める:持ち込みと使用の範囲、撮影禁止エリアを明示する。企業の8割近くが「禁止していない」現状※2を、病院こそ先に変える
- 「映り込み」を前提にした環境づくり:PC画面ののぞき見防止フィルター、ホワイトボードの患者名表記の見直しなど、撮られても漏れにくい環境に
- 委託・派遣・非常勤も対象にする:穴は委託先から開くこともある
- ソーシャルリスニングの体制をつくる:病院名・診療科名・制服などで定期的に検索し、外から指摘される前に気づく
- 「お詫び文」と「漏えい報告」の型を平時に用意する:第1報〜第3報のテンプレート、個人情報保護委員会への報告手順※1、人事・法務の用語の確認手順を事前に決めておく
おわりに
技術は「撮る」「共有する」をどんどん簡単にしていきます。だからこそ医療者には、アプリの設計に流されず、「ここは私物のスマホで撮る場所ではない」と線を引く力が求められています。
一方で、SNSは、看護の仕事の尊さや現場のリアルを社会に伝え、仲間を増やす力も持っています。横浜市立みなと赤十字病院の例が示すように、管理者が先頭に立ち、組織の端末と倫理チェックという「仕組み」で守れば、SNSは病院経営の力になります。
禁止するか、放置するか。その二択ではなく、「仕組みで守りながら、組織として発信する」。私たちメドエックスは、医療職専門のSNS運用を通じて、その仕組みづくりをお手伝いしていきます。
注釈
※1 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」3-5-3-1(報告対象となる事態)、3-5-3-3(速報)、3-5-3-4(確報) https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/
※2 東京商工リサーチ「『SNS投稿』約50社に1社が情報漏えいを経験 就業中の個人スマホ使用 7割超が『禁止していない』」2026年6月16日 https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202955_1527.html
※3 2026年10月27日時点
※4 間瀬照美(横浜市立みなと赤十字病院 副院長兼看護部長)「看護師の採用に向けたSNS活用の実際」『看護部長通信』Vol.23 No.5(2025年12・2026年1月号)、日総研出版、pp.44-50、および間瀬照美氏への聞き取り(2026年10月27日)
※5 Arpan, L. M., & Roskos-Ewoldsen, D. R. (2005). Stealing thunder: Analysis of the effects of proactive disclosure of crisis information. Public Relations Review, 31(3), 425-433.
※6 浅見隆行(弁護士)「危機管理広報で覚えておきたい6つのポイントとは? 変遷・事例解説」AdverTimes(宣伝会議)、2024年9月26日(大阪地裁2024年1月判決の解説) https://www.advertimes.com/20240926/article475202/
※7 日本取引所自主規制法人「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」2016年2月 https://www.jpx.co.jp/regulation/listing/principle/index.html
※8 PR TIMES MAGAZINE「危機管理広報とは?役割・実施する内容・成功の3つのポイントを解説」(ポイント1.最初の情報開示は8時間以内に迅速に実施する) https://prtimes.com/magazine/crisismanagement-public-relations/
文:右高稜大(メドエックス 代表)
危機管理監修 袈裟丸梨里子(メドエックス広報顧問)