医療職専門SNS運用のプロが教える、医療の個人情報の“守り方”と、医療者のためのSNS注意事項10か条
はじめに:個人情報の中でも、医療は「特別」です
このところ、企業の個人情報漏えいのニュースが続いています。個人情報保護委員会が処理した民間事業者の漏えい等の報告は、令和6年度に1万9,056件と過去最多を記録し、令和7年度も1万7,139件と高い水準が続いています※1。今年の春には、テレビ局や銀行で、社員や関係者がSNSに投稿した写真から社内の資料や顧客の名前が漏れる事例も相次ぎました。
残念ながら、医療の現場でも同じような報道がありました。病院で働く職員が撮った画像がSNSに投稿され、患者さんの情報が外部に流れてしまったというものです。
医療に関わる者として、はっきり言えることがあります。個人情報の中でも、医療の情報は特に注意が必要だということです。病名や入院の事実は、ほかのどんな情報よりも、その人の人生や尊厳に深く関わります。そして、一度外に出れば取り戻せません。
私たちメドエックスは、医療職に特化したSNS運用を提供しています。
病院や看護部のSNSを日々一緒につくる立場から、この記事では前編・後編の2回に分けて、次のことをお伝えします。
1. なぜ医療の個人情報は「特別」なのか(前編)
2. いま増えている「SNS経由の情報流出」の特徴(前編)
3. 医療者のためのSNS注意事項10か条(前編)
4. 実例:経営施策としてSNSを成功させた病院(後編)
5. 万一のときの危機管理広報:初動72時間が勝負(後編)
6. 病院・管理者が今すぐ見直すべきこと(後編)
1. なぜ医療の個人情報は「特別」なのか
① 病歴は「要配慮個人情報」。人数にかかわらず国への報告が必要
病歴は、個人情報保護法で特に慎重な扱いが求められる「要配慮個人情報」にあたります※2。医療機関向けには、個人情報保護委員会と厚生労働省が専用のガイダンスを出しています※4。要配慮個人情報が漏えいした場合(そのおそれがある場合も含む)は、人数にかかわらず、個人情報保護委員会への報告と本人への通知が必要です※3。看護師がスマホで撮った写真1枚が、国への報告が必要な事故になりうるのです。
② 写真1枚に、患者情報がいくつも映る
病棟でスマホを構えたとき、画面の端に入りやすいものを挙げてみます。
· ベッドネーム・リストバンド(氏名・ID・血液型)
· 生体情報モニター(心拍・血圧などのバイタル)
· 電子カルテ・PC画面(病名・処方・検査結果)
· ナースステーションのホワイトボード(入退院・手術・担当表)
· 点滴や薬のラベル、配膳札(食事制限から病気が分かる)
実際に、ある病院では、受付のモニター画面に映った患者20人の氏名・患者番号・主治医名などが、職員のSNS投稿によって流出しました。一般企業の「机の上の書類」と違い、病院は空間そのものが個人情報でできていると言っても過言ではありません。
③ 「顔を隠せば大丈夫」は通用しない
一つひとつは無害な情報でも、組み合わせると個人が特定できます。これを「モザイクアプローチ」と言います。制服や建物で病院が分かり、時刻や病棟の様子で「その夜、ICUにいた高齢の患者さん」まで絞り込めます。家族や知人が見れば、顔が映っていなくても誰のことかすぐ分かります。
④ 患者さんの「尊厳」まで傷つける
医療の現場には、患者さんが最も無防備な姿でいる時間があります。そこを撮られ、まして笑いのネタにされれば、情報漏えいを超えて尊厳の侵害です。米国では、診察室で患者の体液とみられる汚れを前にふざけたTikTok動画を撮った医療スタッフが、解雇されました。患者さんを特定できるかどうかに関係なく、医療への信頼そのものが損なわれます。
⑤ 一度出たら、取り返せない
投稿を削除しても、スクリーンショットや転載、まとめサイトに残った情報は消せません。さらに、投稿した職員が「特定」され、ネット上で晒されるという二次被害も起きます。
2. いま増えている「SNS経由の情報流出」
2026年は「SNSから情報が漏れる」年になった
今年の春は、新入社員や若手社員のSNS投稿から社内情報が漏れる事例が相次ぎました。
· あるテレビ局では、関係者とみられる人物が、入館証や番組のシフト表とみられる画像をInstagramに投稿した
· ある銀行では、支店内でBeRealで撮った画像に顧客の氏名や業績目標、PC画面が写り込み、X上で拡散した
数字で見ても、状況は深刻です。 東京商工リサーチの調査(2026年6月、6,942社)では、直近3年にSNS投稿で情報漏えいを経験した企業は2.2%(約50社に1社)。一方で、就業中の私物スマホの使用を「禁止していない」企業は76.8%にのぼります※5
つまり、ほとんどの職場で「スマホを持ったまま働く」のが当たり前で、その手元から情報が漏れているのが現状です。病院も例外ではありません。
見えてきた3つの特徴
特徴1:「閉じたSNS」が入口になった
かつての炎上は、Xなどの公開アカウントでの「悪ふざけ投稿」が中心でした。最近は、BeRealのように友人だけで共有する前提のアプリや、24時間で消えるストーリーズから漏れています。しかし、見た人が一人でも画面録画やスクリーンショットをすれば、閉じた空間は一瞬で開きます。「閉じたSNS」は存在しないと考えるべきです。
特徴2:「撮るつもりがない撮影」が増えている
BeRealは、通知が来てから2分以内に撮影して投稿するよう促すアプリです。本人が「今これを撮る」とじっくり判断する時間が、アプリの設計によって削られているのです。勤務中にこうしたアプリを入れたスマホを持ち歩くこと自体が、リスクになりました。
特徴3:穴は「委託先」や「若手」から開く
ある病院の事例では、投稿したのは委託業者の受付職員でした。企業の事例も新入社員や若手が中心です。ルールが届きにくい人のところから漏れることを前提に、対策を考える必要があります。
情報が漏れる「3つのルート」
医療現場のSNS情報流出:3つのルート
ルート1|意図的な公開投稿 公開アカウントでの悪ふざけ・愚痴・「あるある」投稿(例:ある大学病院では、看護師の個人アカウントでの投稿が問題になり、停職4か月の懲戒処分に)
ルート2|閉じた共有からの転載 友人限定・24時間で消える投稿が、スクショや画面録画で外に出る(例:ある銀行のBeReal投稿がXで拡散)
ルート3|悪意のない映り込み 撮影や自撮りの背景に、モニターや書類が写る(例:ある病院の受付モニター)
→ ルールや研修がルート1だけを想定していないかを点検する必要があります。
3. 医療従事者のための「SNS注意事項」10か条
医療職専門のSNS運用を支援する立場から、現場の看護師さん、医療職のみなさんに今日から守ってほしいことをまとめました。
1. 勤務中・院内では「私物スマホで撮らない」を原則にする 休憩室やナースステーションも含みます。背景にモニター、ホワイトボード、カルテ、リストバンド、ベッドネームが一つでも入れば、それは患者情報です。
2. 「鍵アカ・親しい友達・グループ共有」は安全ではない 見る人の誰か一人が画面録画すれば終わりです。「仲間内のつもり」が一番危険です。
3. 通知型のアプリは、勤務中は止める BeRealや位置情報共有アプリなどは、勤務前に通知をオフに。理想は、業務エリアに私物スマホを持ち込まないことです。
4. 患者さんが特定できなくても、からかう・笑いにする投稿はアウト 体型・におい・排泄・認知症の症状などを笑いにすれば、それだけで尊厳の侵害です。
5. 制服・名札・建物・位置情報で、病院はすぐ特定される 「病院名を出していない」は防御になりません。
6. 「見ただけ」でも責任を問われうる 不適切な投稿が共有されたら、見て終わりにせず、止める・上司に報告するのが医療者としての責任です。
7. 守秘義務と個人情報保護法は「投稿ボタン」にもかかる 看護師には保健師助産師看護師法の守秘義務(第42条の2)があり、看護師でなくなった後も続きます※6。病歴は要配慮個人情報で、漏えいすれば人数にかかわらず病院は国への報告が必要になります※3。
8. ネガティブな「あるある」と「夜勤の暇つぶし」が危ない 疲れと内輪ノリが重なる時間帯ほど判断が甘くなる、と自覚しておきましょう。
9. 見つけたら拡散しない。すぐ報告する 不適切な投稿を見つけたら、引用・リポストで広げず、所属先や病院の窓口に報告を。投稿者の「特定」や晒しに加わることも、新たな人権侵害です。
10. 発信したいなら「病院公認の場」で 看護の仕事の魅力を伝えたい気持ちは大切です。だからこそ、病院の公式アカウントで、組織の端末と確認の手順を通して発信しましょう。後編で、その好例を紹介します。
「あるある」は諸刃の剣~医療とSNS両方に精通したプロの緻密な設計が必要
「夜勤明けの達成感」や「先輩に支えられた新人時代」のように、看護の仕事への誇りや仲間への感謝から生まれる「あるある」は、同じ職種の人の共感を呼びます。採用の場面でも、職場の雰囲気が伝わる力強い発信になります。
一方で、患者さんへの愚痴、疲れや不満をネタにする「あるある」は、内輪では共感を集めても、外から見れば患者さんの尊厳を傷つけ、病院の信頼を損なう投稿になります。
特に、疲れと内輪ノリが重なる夜勤中は、この境目の判断が甘くなります。
どこまでが共感を生み、どこからが一線を越えるのか。その判断は、投稿する本人や当事者の職場の中だけでは難しいものです。投稿の前に、医療現場の事情とSNSの受け止められ方の両方を知る第三者が、倫理面から確認する。この一手間が、ポジティブな発信を守ることにもつながります。
メドエックスの場合
私たちメドエックスでは、看護師であり、SNS運用の経験も持つスタッフが投稿の前に内容を確認しています。数ある「あるある」の中から、共感を呼び、広く届きやすいネタを選び、患者さんの尊厳や病院の信頼を損なうおそれがないかを、現場の感覚とSNSの感覚の両方で見極めています。
前編のおわりに
医療の情報は、一度外に出れば取り戻せません。そして、その流出の入口は、悪意のある投稿だけでなく、「仲間内のつもり」の共有や、何気ない一枚の写真の背景にまで広がっています。
大切なのは、SNSを怖がって遠ざけることではありません。何が危ないのかを正しく知ったうえで、発信の仕方を選ぶことです。
では、SNSを「禁止」でも「放置」でもなく、病院の力に変えるにはどうすればよいのでしょうか。後編では、管理者が先頭に立ち、組織の端末と投稿前の倫理チェックという「仕組み」で看護師の採用目標を達成した、病院の実例を紹介します。あわせて、万一流出が起きたときの「初動72時間」の危機管理広報についても解説します。
文:右高稜大(メドエックス 代表)
危機管理監修 袈裟丸梨里子(メドエックス広報顧問)
注釈
※1個人情報保護委員会「令和7年度年次報告の概要について」2026年7月(個人情報取扱事業者等の漏えい等事案に関する報告の処理件数:令和7年度17,139件、令和6年度19,056件) https://www.ppc.go.jp/files/pdf/080707_annual_report_gaiyou.pdf
※2個人情報の保護に関する法律(第2条第3項 要配慮個人情報、第26条 漏えい等の報告等)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
※3個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」3-5-3-1(報告対象となる事態)、3-5-3-3(速報)、3-5-3-4(確報) https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/
※4個人情報保護委員会・厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイダンス」 https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/
※5東京商工リサーチ「『SNS投稿』約50社に1社が情報漏えいを経験 就業中の個人スマホ使用 7割超が『禁止していない』」2026年6月16日 https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202955_1527.html
※6保健師助産師看護師法 第42条の2(秘密を守る義務)e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000203