大阪/医療法人嘉健会 思温病院 理事長・院長 狭間研至先生(外科医)インタビュー
「こんな病院で働いていること自体が恥ずかしい。写真に写りたくない」——数年前、スタッフからそう言われた病院があります。大阪の医療法人嘉健会 思温病院。一般急性期・地域包括ケア・医療療養の各病棟を60床ずつ持つ、地域を支える病院ですが、かつては経営破綻し、看護師が確保できず病棟の一部を閉じていました。そこから理事長・院長の狭間研至先生(外科医)とスタッフは、数年をかけて組織を地道に立て直してきました。人間関係を整え、院内の空気を変え、病院は再生の軌道に乗り始めます。
それでも最後まで残った課題が「採用」でした。働きやすくなった院内の様子を、どうやって院外の看護師に伝えるか。その答えとして選んだのが、スマホ1台で撮るInstagramです。今では内定辞退がほぼ消え、今や"応募者を選べる"側に回りつつあるほど、応募が増えました。
今回は、自ら再生の指揮をとり続けた狭間先生にその軌跡を伺っていきます。
展示会にて、左から狭間先生と代表の右高
1. マイナス10からのスタート
狭間先生が病院を引き継いだのは2015年。その前年に一度、病院は経営破綻していた。今の病院内の雰囲気を10として、当時の院内の様子と比較するとどんな感じでしょうか。との問いに狭間先生は「マイナス10」と答えた。残念ながら多くのスタッフが去っていき、当時から在籍する看護師は、今では全体のわずか3〜5%しか残っていないという。
病棟機能を保つためには、看護師の定数配置が必要だが、当時はそれすらも確保できなかった。約20床を閉鎖し、赤字が続いた。頼みの綱は紹介会社と派遣。近隣病院の先輩医師から「君のところ、看護師がめちゃくちゃ辞めてるけど大丈夫か」と電話がかかってくるほどだった。「立地も悪い、評判も悪い、中の雰囲気も悪い」——三重苦のなかでのスタートだった。
その荒れようは、医師の狭間先生自身にも向けられた。赴任した頃には、同級生から「お前、なんであんな病院に行ってるんや。あかんて、あの病院だけは」と、心配の電話がかかってきたほどだ。「本当に、雰囲気はよくなかったですよね」。それでも何とか再生に取り組む中で、あるときホームページ用の写真撮影をする機会があった。「こんな病院で働いているのが恥ずかしいから写りたくない」と看護師が撮影を拒む。院長である狭間先生の目の前で、である。——それが、再生前の出発点だった。
2. 再生に向けての取り組み ─ 地道な数年間
組織の再生には長い時間がかかる。財務の再建はもちろんだが、経営破綻後の病院を引き継いだ先生がまず向き合ったのは、院内の空気改善だった。「人が辞める原因のほとんどは、人間関係」。だからこそ、院内の人間関係と職場の雰囲気を立て直すことに、時間と力を注ぎ続けた。
狭間先生を支えたのが堀看護部長のサポートだ。現場に寄り添い、自ら師長たちを巻き込んでいく看護部長のもとで、院内の雰囲気は誰の目にも明らかに良くなっていた。"マイナス10"だった空気は、確実に上向いていた。
それでも、最後まで残った課題が採用だった。患者により良い医療を提供するためにも、優れた看護師の採用は喫緊の課題であり続けた。新卒採用が難しい病院ゆえ、人材紹介会社と派遣に頼らざるを得ず、一定の成果はあるものの費用負担は重い。しかも、転職口コミサイトには過去の悪評が残り続ける。中身は良くなったのに、それを外に伝える手段がない——SNSと出会う前夜、病院はそういう地点に立っていた。
3. きっかけは「人はSNSで人生を決めている」という気づき
転機は、身近な"行動変容"への気づきから始まる。
狭間先生の大学生の娘さんが、運転免許の合宿先に千葉の富津を選んだというのである。「なんでそんな遠くを選んだの?」と聞くと、答えは「Instagramで見つけた」。公式サイトは良いことしか書いていないが、Instagramには実際に行った人の生の声がある——それが信頼できる、と。
また経営していた薬局で、店舗のスタッフが「転職先をInstagramで探した」と話すのも聞いた。結婚相手はスマホのマッチングアプリで、という社員もいた。「合宿も転職も、けっこう大きな決断。結婚については人生で最も重要な選択だ。今はそれをSNSで決める時代なんや」。スティーブ・ジョブズの言う"スマホファースト"の社会は本当に来ている、と実感したという。
決定打は、1年ほど前に参加した勉強会で耳にした話だった。近畿地方のある精神科単科病院が、Instagramで看護師採用に成功しているというのだ。—興味本位で覗いてみると、チャーミングな看護部長が顔出しで登場し、院内の雰囲気や看護の取り組みを元気いっぱいに紹介していた。交通アクセスが良いとは言えない病院なのに、動画からは雰囲気がしっかり伝わってくる。「これはこれでアリだな」。だが、その時は「参考になったな」程度で終わっていた。
4. 院内をどう動かしたか ─ 「そっぽを向く事務長」が値切り始めた
導入は、狭間先生の"鶴の一声"で決まったわけではない。むしろ、病院特有の堅い現場をどう動かすかが課題だった。トップダウンではやらされ感でしかなく、心からではない作り物感のある動画では採用につながらない。
当時、看護師採用はほぼ万策尽きた状態にあった。転職の口コミサイトには、かつてのマイナス10時代の「学びようがない」「最悪」といった書き込みが並ぶ。中には明らかに元スタッフが書いたと思しきものもあり、彼らの心情を目の当たりにして、院長としてやるせない思いにさいなまれた。かといって、自院の看護師に「いいことも書いて」と頼めば"やらせ"になる。ただただ、採用コストだけがかさんでいき、打つ手はなかった。
そんなとき、動きが生まれる。経済産業省とJETROが主催する起業家支援プログラム「始動」で知り合った若手の元製薬会社MR——看護師採用支援のスタートアップを立ち上げた、メドエックスの右高に久々に再会したのだ。若くて頑張っている右高が大企業を辞めて(当時右高は田辺三菱製薬のMRだった)チャレンジする姿に共感した狭間先生は、「うちでもプレゼンしてみない?」と声をかけ、右高は大阪に向かう。
狙いは看護師採用一択。先生はまず、例の精神科病院の看護部長の動画を自院の看護部長に見せ、「部長も、これくらい顔いっぱいでどうですか」と水を向けた。返ってきたのは「いやいや、それは絶対に嫌です」。事務長も、SNSを自ら回すようなタイプではない。旗振り役は院内に誰もいなかった。
プレゼンは、看護部長・事務長も同席して約1時間。サービスの中身はかなりユニークで面白く、既に複数の病院で成果も出ているという。ここで"事件"が起きる。
普段、興味がない話にはすぐそっぽを向く事務長が、最後まで話を聞き、そのうえ、値切り始めたのだ。
狭間先生は、その様子をじっと観察していた。「彼は、興味がなければすぐにそっぽを向くタイプ。それがずっと右高さんの話を聞いていて、しかも値切り出した」。値段の交渉をするということは、少なくとも"買う前提"で考えているということ。堅い事務方が身を乗り出して条件を詰め始めた——それ自体が、本気で導入を検討しているサインだった。
ところが当の右高は、値切られたという嫌な印象はまったくなかったという。「値段の交渉をしてくださって、あ、導入を前向きに考えてくれているのかな、と」。むしろ事務長が熱心に「これくらいなら乗れる」と食い下がる姿に、「本気でやろうとしてくれている」と手応えを感じていた。
一方の看護部長も、いくつも実務的な質問を投げてきてくれた。二人の態度の変化に狭間先生は「これは結構いけるかもしれない」と直感する。当時メドエックスは東京で創業したてで、大阪での実績は0。右高には「ここで関西の実績ができればいい」という読みもあった。
狭間先生の心中にも明確な勝算があった。「人が辞める原因のほとんどは人間関係。せっかくここまで良くしたのだから、その空気をそのまま見てもらえばいい」。数年かけて地道に立て直してきた"中身"があるからこそ、飾らず映すだけで伝わるはずだ、と。狙う層も定めた。新卒は難しい。ターゲットは、超急性期病院に飛び込んだものの人間関係でドロップアウトし、それでも「看護の力は身につけたい」と願う比較的若い既卒の看護師。急性期から医療療養、地域包括ケアまで揃う自院なら、「看護師人生を仕切り直せる」と思ってもらえる——そう読んだ。
そして3人で出した結論は、「面白かったし、一度やってみますか」。先生いわく"大阪らしく?"しっかり値段交渉をしたうえで、半年間の期間限定トライアルが動き出した。トップの号令ではなく、堅い事務方と看護部長が"自分ごと"として動いてくれたこと——それが、後に現場全体を巻き込む第一歩になる。
[中編に続く]
半年間のトライアルが始まった。しかし撮影当日、病院にやってきた機材は、スマホ1台だけだった——。
中編では、いよいよ動き出した撮影の現場と、そこで起きた思いがけない変化を追います。「は?病院でInstagram?」という微妙な空気のなか、渋々出演した4〜5人のスタッフ。ところが投稿が積み重なるにつれ、院内からある"クレーム"めいた声が上がり始めます。かつて「写真に写りたくない」と言われた病院で、何が起きたのか。応募者の若返り、面談後の辞退ほぼゼロ、年約600万円のコスト削減——数字とエピソードで、その成果をお伝えします。
文章・構成・袈裟丸梨里子|株式会社メドエックス広報戦略顧問