2024年度、自治体病院の86%が経常赤字、95%が医業赤字という数字が報道された。「過去最悪」という言葉とともに、診療報酬の引き上げを求める声が医療界から上がっている。
その議論は正しい。だが、私には見えているものがある。もう一つの"出血"だ。
病院経営を蝕む、もう一つのコスト
事業を考える中、私はある光景を何度も目にした。
採用担当の事務長や看護部長が、疲れた顔でこう言うのだ。「また紹介会社に頼むしかない。でも手数料がきつい」と。
看護師を1人採用するたびに、病院は人材紹介会社に70〜80万円を支払う。規模の大きい病院ならまだしも、100床以下の地方病院にとって、これは経営を直撃する数字だ。年間に数人採用すれば、それだけで数百万円が消える。
その深刻さは、数字が証明している。首都圏9都県市の市長・知事を代表して川崎市長が厚労省に「紹介手数料に上限を設けてほしい」と要望書を提出した(日本経済新聞、2025年11月)。行政のトップが動かざるを得ないほど、現場は追い詰められている。
しかしこの問題は、診療報酬の議論ではほとんど語られない。
悪循環の正体
構造はシンプルだ。
看護師が辞める。穴を埋めるために紹介会社に依頼する。手数料を払う。
経営が苦しくなる。現場の環境が悪化する。また看護師が辞める。
このループが、静かに、しかし確実に病院経営を蝕んでいる。
厚労省の統計(2024年衛生行政報告例)によると、神奈川県の看護師数は人口10万人あたり836.7人で全国最少水準。全国平均の1,101人を大きく下回る。埼玉県・千葉県・東京都も同様に低い。首都圏の病院が紹介会社に依存せざるを得ない背景には、構造的な供給不足がある。
そして日本看護協会の調査では、2023年度の看護師離職率は11.3%。約9人に1人が毎年職場を去っている。採用しても採用しても、出口から人が出ていく。その穴を埋めるために、また高い手数料を払う。
診療報酬を引き上げても、この出血が続く限り、経営は改善しない。
問題の本質は「情報の非対称性」にある
では、なぜ看護師は辞めるのか。
もちろん労働環境や待遇の問題はある。しかし現場で聞いてきた声の中に、繰り返し出てくるキーワードがある。「思っていたのと違った」という言葉だ。
入職前に職場の実態を知る手段が、ほとんどない。求人票の文字情報だけで判断し、入ってみて初めてギャップに気づく。そして早期離職につながる。
一方、潜在看護師と呼ばれる、資格を持ちながら現場を離れている人は全国に約70万人もいる。「条件が合えば戻りたい」と思っている人が多い中で、彼女たちが戻れない理由の一つが「戻れる環境がそこにあるのかわからない」という声もある。自分のペースで情報を集め、職場を見極める仕組みが、今の採用市場にはない。
求職者と病院の間にある「情報の非対称性」。これが離職率を高め、採用コストを膨らませている本質的な問題だと、私は考えている。
処方箋は、採用数を増やしながら離職率を低下させること
私がメドエックスで取り組んでいるのは、採用数を増やすことだけではない。離職率を下げることだ。
SNSと動画を使って職場の実態を事前に届ける。看護師が自分のペースで職場を知り、納得した上で転職を決める。そういう仕組みを作れば、ミスマッチは減る。離職率が下がれば、採用コストは自然に圧縮される。
みなと赤十字病院の副院長は、私たちのサービスを導入した後にこう言ってくださった。「SNSがなければ絶対に会えなかった人材がいた」と。採用の方法を変えることで、出会える人が変わる。
診療報酬の引き上げは必要だ。しかしそれだけでは、病院経営の赤字は止まらない。採用の構造を変えること。それがもう一つの処方箋だと、現場を歩いてきた者として確信している。
右高 稜大|株式会社メドエックス 代表取締役
文章・構成|袈裟丸梨里子 メドエックス広報戦略顧問