インパクトの測定:メディカル・サイエンス・リエゾンに対する満足度の因果分析
マット・マクデビット、レイモンド・チャン、キム・ミニョン、 ヤン・ファン オーバービーク、永谷 朋子
製薬業界では、営業・マーケティング活動とは独 立しているという意味で不可欠な役割を担うメディ カル・サイエンス・リエゾン(MSL)の重要性がま すます高まっている。MSLは、例えて言えば、製 薬業界の様々なステークホルダーや関連する専門 家らの入り組んだ関係の中心に位置しており、 キー・オピニオン・リーダー(KOL)との医学的・ 科学的情報の交換のパイプ役となっている。その 知識は、各社の医薬品ポートフォリオに大きな影 響を与えるため、この10年間、日本の製薬業界 では、多国籍企業も国内企業も、MSL組織体制 の整備に集中的に取り組んできた。
今までに、満足度やインパクトの観点から製薬企 業のMSLを定量的に評価するための調査は頻繁 に行われてきたが、それらに影響を与える主な要 因はほとんど明らかにされてこなかった。本稿で は、製薬業界に関する知見と因果分析を組み合 わせることで、QuantumBlackがどのようにアウト カムとその要因の複雑に込み入った関係を解明し たかをまとめている。
調査結果: MSLに対する満足度には大きなばらつ きがある
マッキンゼーは、MSLの有効性を評価する目的 で、過去5年間にわたり、日本の製薬業界全体を 対象にMedical Affairs Performance Evaluation Survey (MAPES)を実施してきた。今回の調査は、 製薬会社のMSLとの関わり、臨床データやデジ タル技術を活用したエンゲージメントに対する KOLの認識を明らかにすることを目的としており、 2020年1月から2月にかけて、5つの疾患領域(肺 がん、喘息・慢性閉塞性肺疾患、循環器疾患、 リウマチ性疾患、皮膚疾患)における200人以上 の KOLを対象にオンライン形式で実施し、約 1,200件の回答を得た。
その結果、MSLの活動の影響力の認識や満足度 は製薬会社によってばらつきがあることが明らか になった(図表1)。これは前回の調査結果 と同じ 傾向であった。また、提供する情報の客観性や 医学的知識に対する満足度といったその他の調 査項目についても、製薬会社によって差が見ら れた。
この調査結果から、各製薬会社は他社と比べて 自社のMSLの活動がどのように認識されているか 理解できても、満足度やインパクトに影響を与え る主な要因を把握することは難しいことが分かる。 このため、主な要因やMSLの改善機会を特定す るためにも、因果分析を行う必要があった。
因果分析から見えてくるものとは
因果分析では、ベイジアンネットワークを使用し、 業界の知見を組み込むことで、構造的因果モデ ルを構築できる。構造的因果モデルには、次の 2つの大きな特徴がある。
- 因子間の因果関係をネットワーク構造として可 視化できる2 ため、業界の知見を簡単かつ効 率的に取り込める。
- ネットワーク構造により交絡因子3 を説明でき るため、複雑度の高い反事実的なWhat-if分 析4 が可能となり、各条件下での介入効果を 推定できる。
因果分析: MSLのアウトカムは、情報の質と客観 性および医師との関係によって大きく影響される
今回、ベイジアンネットワークと機械学習の手法 を用いてアウトカムとその影響要因の関係をモデ ル化した。従来の相関分析と異なり、ベイジアン ネットワークの場合、業界の知見と組み合わせる ことで、変数間の因果関係や相互依存関係を取 り込むことができる。因果分析は、QuantumBlack Labsが業界や学術機関の先端技術を活用して開 発したオープンスツール「CausalNex」を使って 実施した。
調査結果の因果分析を行った結果(図表2 – アウ トカムに直接的・間接的に影響を与えないノード を除いて可視化した因果分析の結果)、アウトカ ム(白い円で表示)に影響を与える主な要因(青 い円で表示)として次が特定された。
- 情報の質と客観性 – 情報の質も客観性も、医 師が現在の治療オプションについて理解を深 めるうえで重要な要素である。また、企業が 扱う医薬品に対する医師の印象が良くなるだ けでなく、医師による医薬品の適正使用を促 すことで最終的には患者アウトカムが向上する。
- 透明性が高く長期的な関係 – これにより、MSL が医師に提供する情報に対する信頼度が高ま るだけでなく、治療オプションに関する理解が 深まり、同僚医師にMSLを推薦する可能性が 高まる。
この結果は、多くの製薬会社にとって特に目新し いものではない。調査対象のKOLに対し、MSL ならではの提供価値と、さらに価値を高めるため にできることを尋ねたところ、質が高く、客観的 な情報の提供を挙げた割合が多かった。
医師との関係の重要性は、直ちには理解されにく い。たとえば、ある製薬会社では、大規模な組 織再編を行った結果、多くの医師とのつながりが 断ち切られたり、製薬会社側の担当者が変わるという事態が起きた。すると、半年もしないうちに、 同製薬会社の医薬品に対する印象は悪化し、同 僚医師に同社のMSLを推薦する可能性が大幅に 低下した。その疾患領域で、数十年間にわたっ て強固なプレゼンスを維持してきた企業であって も、医師との関係維持を軽視すると、大きな痛手 を負うことになる。
適切な分析手法の選択 – なぜ因果分析を行うのか
業界の専門家が介入しない、従来型の手法によ る分析結果の解釈には限界があり、時には単な る不注意による誤解につながる可能性がある。た とえば、相関分析は、アウトカムと相関性の高い 要因を特定し、改善策を立ててさらに高いアウト カムを生み出すためにしばし活用される。しかし、 相関関係は因果関係を含意しないため、分析結 果を誤って解釈しないためにも、業界の専門家に よる慎重な分析が必要となる。
マッキンゼーのベンチマーク調査結果の相関分析 を行ったところ、研究など製薬会社主導の活動に 関わる情報提供に対する満足度は、医薬品の適 正使用と3番目に高い相関関係があるという結果 が出た。しかし、これは論理的には必ずしも医薬 品の安全かつ適正な使用に影響を与える要因で はない。より高度な因果分析では、アルゴリズム によって変数間の関係を可視化することで、業界 の専門家は、この場合、製薬会社主導の活動に 関わる情報提供が、医薬品の適正使用に「効果 的に影響を与える要因ではない」ことを識別できた。
高度な分析手法を適切に用いることで、企業は 包括的な視点を得ることができ、データの真の価 値を引き出すことができる。実際、分析チームは、 「CausalNex」ツールキットを活用し、業界の専 門家と密に協働することで、相関関係だけにとど まらず、因果関係を解き明かすことができた。ア ウトカムの因果関係を解明することで、MSL 一人 ひとりが生み出すインパクトをより明確にし、重 点的に取り組むべき領域を特定できるように なった。
マット・マクデビットは QuantumBlack Japan の COO、 レイモンド・チャンはマッキンゼー関西オフィスのパー トナー、キム・ミニョンとヤン・ファンオーバービーク はマッキンゼー東京オフィス(以下同様 ) のパートナー、 永谷 朋子はスペシャリストである。
本稿の執筆にあたっては、平井 麻依子、石田 修平、 Paul Beaumont、Xi Liang の各位より多大なる協力を 得た。執筆者一同よりここに感謝の意を表する。
元の記事はQuantumBlackによりMediumに掲載、“Measuring Impact: Causal analysis of Medical Science Liaisons satisfaction” (2021年4月) Copyright © 2021 QuantumBlack, a McKinsey company. All rights reserved.