知っているだけで視点が増える! トリプルシンキングで広がるデザインの可能性
Photo by Glen Carrie on Unsplash
デザインを勉強する中で、トリプルシンキングという言葉を聞いたことはありますか?「トリプルシンキング」とは、ものごとを多面的に整理して考えるための3つの思考法を指します。しかし、こういった思考法を正しく理解し、活用できているデザイナーは多くないかもしれません。実はトリプルシンキングを意識的に使いこなせると、デザイナーとしての発想力が格段にアップします。
今回はデザインコンサルティングファーム・株式会社バイネーム代表の井上さんにトリプルシンキングについて聞いてみました。論理を組み立てる力、前提を疑う視点、思い込みを外して発想を広げる力。これらをどう組み合わせれば、より質の高いアウトプットにつながるのか。デザインを生業とする方々にとって、明日からの実践に活かせるヒントが詰まっています。
トリプルシンキング=3つの思考法
・ロジカルシンキング:筋道を立てて論理的に整理する思考
・クリティカルシンキング:前提や情報を疑い、批判的に検証する思考
・ラテラルシンキング:固定観念にとらわれず、発想を広げる思考
3つの思考法を知り、デザインに役立てる
── トリプルシンキングの中で、「ロジカルシンキング」は聞いたことがある人が多いと思います。もうひとつの「クリティカルシンキング」とはどういった思考法でしょうか?
端的に説明すると、クリティカルシンキングは「前提を疑うこと」から始める考え方です。たとえばデザインを修正する際に「目立たせたいから赤にして」と言われた時に、目立たせたいのはなぜかを考えます。ユーザーに注目してほしいからなのか、コンバージョンを上げたいからなのか。意図によってアプローチは変わりますよね。
ロジカルシンキングは原因や結果を「AならばB、BならばC、CならばD」と論理的に積み上げていく考え方です。一方クリティカルシンキングは「AならばB」と考えた時に、「そもそもAでなかった場合はどうなるのか」と前提を疑います。AからB、BからCと進む中で、もしBが「B’」だったらCはどう変わるのか、といった具合に道筋そのものを見直す発想なんです。つまりロジカルシンキングは筋道を立てて整理していく思考であり、クリティカルシンキングはその条件や前提が正しいのかを問い直し、条件を変えたときの可能性を考える思考。これが大きな違いだと思います。
── デザインの現場では、どのような場面で役立つのでしょうか?
コミュニケーションの中で、相手の言葉と自分が捉える本質がずれていることはよくあります。人間は自分の文脈で物事を解釈する性質を持っているので、「前提を疑う」姿勢が大事だと思っています。
オーダーをそのまま受け取るだけでなく、「本当にそうでなければならないのか」「なぜそうなったのか」と問い直すことが重要です。もちろん「もう決まっているから変えられない」というケースもありますが、その背景を理解することで、自分がどこまで幅を広げてアウトプットできるのかという判断材料にもなる。オーダーする側も受ける側もバイアスをかけた状態でやりとりしているので、共通認識を持ち、「このプロジェクトではどこまで許容されるのか」「何を達成したいのか」をすり合わせることが大切です。
なので、クリティカルシンキングは「前提を疑い、依頼内容の本質を依頼者とすり合わせる」ための思考法と言えると思います。本当にこれでいいのか、と「否定」から思考を始めるのが特徴です。ただ、否定といってもネガティブなものではありません。
── お互いの認識を合わせていくプロセスそのものが、クリティカルシンキングなんですね。
そう思います。ロジカルシンキングは道筋を立てる思考ですが、悪く言うと、正しくないことでも論理的に組み立てられてしまう。そこでクリティカルシンキングの視点を持つことで、そのロジックが本当に正しいのかを振り返られるんです。いわば「確かめ算」に近いですね。
── もう一つの思考法「ラテラルシンキング」とはどういったものなのでしょうか?
ロジカルシンキングとクリティカルシンキングは、どちらも「前提を整理する」ために役立ちます。それに対してラテラルシンキングは少し違っていて、例えば「目立たせたいから赤にしてほしい」というオーダーに対して、「赤じゃなくてもいいのでは?」と考える。赤ではなく、クマのアイコンを置いて目立たせたり、動きのあるボタンにしてみたり、想定外の発想で解決策を探るのがラテラルシンキングです。
── 具体的には、どういった場面で効果を発揮するのでしょうか?
デザインには「セオリー」があります。引き出しが多い人にとっては便利ですが、その一方で業界内のセオリーが固まるとUIなどのデザインはコモディティ化しやすくなります。
例えば「売上が落ちている」という課題があった時、「どうデザインを変えれば売上を上げられるか」と考えますよね。ラテラルシンキングを用いた場合、「チラシを配っては?」「ToCではなくToB向けに売っては?」と、アプローチそのものを変えることも視野にいれることができます。
つまり「売上を上げる」という目的にフォーカスして、媒体や売り方そのものを変えてみる。思い込みを外し、頭を柔らかくして別の可能性を探ることが、ラテラルシンキングの本質です。
── デザインシンキングとの違いや関係性を教えてください。
デザインシンキングはHCD(人間中心設計)のプロセスに近くて、ユーザー調査→課題定義→発散→収束を繰り返す進め方です。その中で、調査にロジカルシンキング、調査対象を疑うのにクリティカルシンキング、発散にはラテラルシンキングが役立つ。収束の段階でもロジックやクリティカルで「これは違う」と判断する。
デザインシンキングという大きな枠組みの中で、具体的な思考法として組み込んでいくと効果的だと思います。
まずロジカルシンキングで「おそらく根拠はこうだ」と筋道を立てる。そのうえでクリティカルシンキングで「本当にそうなのか」と確かめる。すると可能性が広がる。さらにラテラルシンキングを使えば「依頼はこうだけど、別の方向性もある」と発想を広げ、アウトプットのクオリティを高めていける。必ず3方向から考える必要はないですが、うまく活用できるとソリューションやアウトプットの幅は確実に広がると思います。
── 依頼内容を受けるだけでなく、あえて可能性を広げて考えるんですね。
そうです。むしろ依頼されたことだけをそのまま作るのなら、もうAIで十分できてしまう時代です。人間ができる価値は、「文脈を持って解釈する」ことにある。ここがとても重要だと思っています。
日本のデザイナーは、この「解釈」が弱いのではないかと感じています。現代のデザイン業務としては、ビジネス寄りの視点を強調して「コト=仕組みや戦略を考えて構築(デザイン)するのが重要」と言われていますが、現場では「モノ=アウトプットの質を上げる」ことも当然求められています。このふたつをつなげることが「文脈の解釈」につながるのではと考えています。
── 「コト」と「モノ」の関係は、3つの思考法とどう結びつくのでしょうか?
デザイナーは多くの場合「モノを作る」ことからキャリアを始めます。だからこそ「コト」がおざなりにされがちだった背景があると考えますが、今はそこに注目が集まっていますよね。理想はデザイナー全員が自分が関わるビジネスモデルや戦略を理解し、その上で「デザインという手段で成果を出す」ことに尽きるのではないかと思います。
だからこそ、この3つの思考法をうまく活用すれば多方面からの視点で考えられて、デザイナーの価値はもっと上がるし、最終的にアウトプットにも必ず良い影響が出るはずです。トリプルシンキングは両方の側面をスキルアップできる考え方になると考えています。
── では、最終的にデザイナーに求められるのは何でしょうか?
大切なのは「自分でどう結論を出すか」ということ。
ロジカルシンキングやクリティカルシンキング、ラテラルシンキングを使って考えると、前提がいろいろ積み重なっていきます。そうやって広がった可能性の中から「どの選択肢を取るか」「なぜそれを選んだのか」、思考法を身につけるだけではなく、自分がどう結論付けるか。そこが何より重要だと思います。
── 選ぶことに不安を感じるデザイナーも多いと思いますが、その点はどう考えていますか?
もちろん、すべての可能性をアウトプットするのは無理です。その中で自分がベストだと思うものを選ぶ必要がある。複数案を出す場合もあると思いますが、「なぜこれがいいのか」を説明できることが重要です。これがよく言われる「デザインの言語化」につながります。
ただし私は「最初から説明ありき」で作る必要はないと思っています。まずはものの力で黙らせるくらい良いものを作る。それも一つの正解です。ただ、クライアントから疑問や要望が出ることは多いので、そのときに「こういう前提条件を踏まえて、だからこの形が最適だと考えた」と説明できることが大切です。
要は、デザインを依頼する人はデザインができないから依頼している。だから多くの場合、デザインの言語化はデザイナー以上に苦手なんです。抽象的に「もっと派手に」「なんか違う」などと言われることも多い。でもそこで「余白はこう設計している」「ジャンプ率を調整して視線を誘導している」など、論理を補えば納得してもらえるケースがある。これが論理武装、言語武装だと思っています。その論理を整えることができれば、自然とデザイナーとして選択ができるようになると考えています。
トリプルシンキングをデザインで活用する方法
── こういった思考法を活用する際に、意識していることはありますか?
ロジカルシンキングだと、「MECE(Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive=漏れなく・ダブりなく)」は意識します。要は、判断に必要な情報を漏れなく集め、重複を整理するという考え方です。服を買うなら値段やサイズ、在庫などが揃っていないと決められないし、似た情報は一つにまとめたほうが整理しやすい。まずは情報を揃えて、整理することから始めます。
クリティカルシンキング的に考える場合は「演繹法(えんえきほう=前提から結論を導く)」「帰納法(きのうほう=事実から結論を導く)」を使います。前提となる仮説を立てて根拠を検証し、反証を考える。間違っていれば新しい仮説を立て直す。この繰り返しが有効です。
検証する際に、よく言われる「5 Whys(なぜを5回繰り返す)」よりも、私は「5W1H」や「2H」を組み合わせて事実を具体化するほうを推奨しています。「なぜ」に加えて「いつ」「どこで」「どのくらい」を掘り下げると、思い込みではなく事実ベースで本質に近づけます。
── なるほど。ではラテラルシンキングをする際には、どういった方法がありますか?
ラテラルシンキングを活かす際には、全く違う業界の事例でも条件が似ていれば汎用できることを理解できると、発想が広がると思います。この解説をするときによく用いられるのが「F1のピット作業と手術室」の事例です。 F1のピットでは、一分一秒を争う環境でタイヤ交換や燃料補給を短時間で正確に行わなければなりません。これは手術室と同じ条件で、こちらも時間をかけずに正確に行う必要がある。イギリスのグレート・オーモンド・ストリート病院では手術室のレイアウトを変える際に、F1のピットの仕組みから学び、効率を大幅に改善した事例があります。
これは「アナロジー思考」と呼ばれる思考法で、このように条件が同じならまったく別ジャンルの事柄であってもヒントを得ることができる。「条件を整える」部分はロジカルシンキングやクリティカルシンキングのベースになります。
── 面白いですね。いろんな方向性から見方を広げられて、特にUXデザインに活かせそうです。
UXはもちろん、あらゆる領域に役立つと思います。たとえば普通なら「ここは青だろう」と選ばれるところを、あえて「赤にしたらどうなる?」と考えるのもそうですね。Webサイトのありきたりなファーストビューの見せ方を変えて、その企業らしいユニークで印象に残るブランド表現とは?といった形でデザインに落とし込んでいくことができます。
クライアントは参考サイトやベンチマークとなるイメージを見て「こんな感じ」と言えますが、その先を想像するのは難しい。そこを超える提案をするのがデザイナーの役割だと思っています。UIのレイアウトでも「他業界のやり方を応用できないか」と考える。こうした思考にたどり着くために、三大シンキングは大いに役立つはずです。
── 確かに、この3つの思考法を知っているだけでも「こういう考え方を試してみよう」「今までと違う視点で見てみよう」と発想が広がりますね。
この知見を持っているだけでもアイデアや実践に活かせるんじゃないかと思います。こういう考え方を知らないデザイナーは多いかもしれませんが、ぜひ知ってもらいたいことのひとつです。