日本の労働人口不足という巨大な社会課題に、真正面から、そして誰よりも熱く挑むスタートアップがある。
あるべき姿を追い求める代表の西氏と、その情熱と論理に人生を賭ける決断をした共同創業者の久保田氏。リクルート出身の二人が、なぜ今、あえて泥臭い「外国人材×ブルーワーカー」という領域に飛び込んだのか。創業秘話を解き明かす対談記事です。
目次
1. 起業の原点:「夏の甲子園」が教えてくれた、人を感動させる生き方
2. 共同創業まで:はじまりはエレベーターでの再会
3. 事業について:外国人材活用にのさばる業界の不条理を塗り替える
4. Tanceeが目指す未来:30年後の日本を守り、関わる全員を幸福にする
5. 創業期のリアル:自分を変革する苦しみと、夢を語れる楽しさ
6. 未来の仲間へ:物語の「1ページ目」から登場する、ゾロやサンジであれ
西雅也(代表取締役): 和歌山県出身。神戸大学大学院卒。新卒でリクルートに入社し、不動産業界・外食業界向けに集客・採用支援を行う広告営業や新規事業を経験後、Tanceeを創業。 (写真右)
久保田康裕(共同創業者): 神戸大学大学院卒。新卒でリクルートに入社し、HRプロダクトのPdMを経験後、西氏と共にTanceeを創業。(写真左)
1. 起業の原点:「夏の甲子園」が教えてくれた、人を感動させる生き方
—いきなりですが、お二人が起業という道を志した原点について教えてください。
西: 僕は、実は神戸大学の学部までは本当に何もやっていなくて、いわゆる単位が少ない系の人でした(笑)それでバカにされたこともあったんですが、逆に「ぶちかましてやろう」と大学院に進み、その後は国際学会で複数発表や受賞・査読付き英語学術論文に採択されました。目先の学業では挽回しつつ、そんな時にふとテレビで見た「夏の甲子園」の感動が今でも忘れられなくて。
僕はそれまで結果が全て、というタイプだったのですが、高校球児たちは、結果を出すために小学校、中学校から並外れた努力を重ね、さらに運も味方につけて、あのマウンドに立っていた。 そのプロセスも含めて「圧倒的な成果とそれを裏付ける努力」をしてきた姿や、だからこそ負けて涙する姿に、気付いたら感動して泣いていました。
自分も仕事を通じて、そんな感動を生む存在になりたいと。それで、仕事における高校球児ってなんだろうと考えた時に、それは社長だなと決めたんです。リクルートに入ったのも、修行の場として、あえて理系ではなく文系就職を選びました 。
—仕事の高校球児って素敵な表現ですね。久保田さんはいかがですか。
久保田:僕は、祖父が会社経営をしていたのが大きいですね 。昔から「自分で会社を動かすのはかっこいいな」と思っていました。お金だけではなく、ワクワクも両方を手に入れたいと考えていて、起業のことはずっと頭の中にありました。
若いうちから裁量を持って、幅広く事業を見たい。 そのために、ジョブ型採用で企画職に就けるリクルートを選びました。PdMとしての仕事だけでなく、クライアントのためのシステム構築や障害対応など、一通り幅広くやらせてもらえました。
西:僕は開発系ではなく、営業や新規事業開発でしたね。でも、常に頭にあったのは「ゆくゆくはピカイチな社長になる」こと 。30歳までにはと決めていたので、やりたいことが決まっていた訳ではないものの、そろそろ行くかと腹を括りました。
2. 共同創業まで:はじまりはエレベーターでの再会
—お二人とも神戸大学院卒ですよね。当時から仲が良かったのでしょうか。
西: 学生時代は、1個下の後輩として面識はありました。偶然にも二人ともリクルートに入社したんですが、社会人になってからは接点はなかったですね。
ただ、そろそろ起業だなと考えていたタイミングで、リクルートの食堂のエレベーター前で本当にたまたま再会したんですよ 。僕はちょうど事業の構想を練りながら「テックに強い人材が欲しいな」と思っていたタイミングで、「いたわ!」となり声をかけました(笑)。
—久保田さんは当時、すぐに首を縦に振れたのでしょうか。
久保田:正直、2時間くらい「うーん」って悩みました。 年収が下がる不安とか、結婚のこととか、サラリーマンとしてのリスクばかり考えてしまって。
西: 僕は「なんで怖いの?」って問いかけ続けましたね。生活費のこととか、失敗した後のキャリアとか、ぶっちゃけリスクなくね?と思っていて。
久保田: そうしたら、自分が踏み出せないのは、単に不安がってるだけだ。これは決めの問題なんだと気付かされたんです。 「確かにリスクなんてないな。やるわ」とそこからは即決しました。すぐ当時の彼女にも話して合意をもらい、数日後には退職を決意しました。
—決断の早さが凄いですね。お互いの尊敬しているところはどこですか。
西:今の話からも分かる通り、決めきるところ。決めたらあれこれ言わないところがいいと思っています。初期のスタートアップは泥臭いことの連続ですが、彼は仕事も選ばない。なんでもシャカシャカ動く推進力ですかね。
久保田: 西は、ビジョンを語って相手をやる気にさせる力が凄まじいです 。この「エゴ」の部分というか、自分が何を成し遂げたいかを真っ直ぐに言葉にして言えるのは、僕にはない強みです。
今のTanceeは、誰が何をやるんだという役割分担というよりも、お互いに領域を広げて何でもやっている感覚ですね。チームメンバー全員雰囲気がよく、楽しく走れています。
3. 事業について:外国人材活用にのさばる業界の不条理を塗り替える
—続いて、事業の話も是非お願いします。なぜ「外国人材×ブルーワーカー」という領域を選んだのでしょうか。
西: リクルート時代に不動産企業を担当し、クライアントへの採用支援をする中で、あまり本質的ではないなと感じたことがきっかけですかね。もちろん意味はあるのですが、業界全体で人は増えていないので、これって社会的に意味があるのかなと当時思っていました。
不動産業界だけではなくて、そもそも日本全体が労働人口不足なので、そこからは自然と解決策を考えるようになりました。そこで、国外から人員を調達する外国人採用が進んでいると知って、その日に航空券を取りベトナムへ飛び立ったんですよ。でも、実態はひどいものでした。 20歳そこそこの若者が、日本に来るために借金を背負い、並々ならぬ覚悟で海を渡ってくる。 なのに、現地では「手取り30万円」と言われていたのに、日本に来たら「15万円」だった……。 そんな騙されるような構造や、日本での失踪問題など明らかな問題があるのはおかしいと思いました。
その「負」の深さとマーケット全体の伸び、そして自分の価値観がマッチしたんです。
また、これを単なる願いではなく実現まで持っていくには、業界でのプレゼンスがないと意味がないと思っています。この業界は法的リスクや政治動向に左右されやすく、泥臭いことが多いため、優秀人材がなかなかはいってこない領域です。それなら、僕たちが1位を獲ることに、最大の価値があると考えました 。だからこそ優秀な仲間を集め、業界No.1を目指すべく挑戦しています。
—既存の業者(登録支援機関など)とは何が違うのでしょうか。
西: 今の解決策は、取引先の人材会社の範囲内で「人を連れてくる」という属人的な動きでしかありません 。これでは理想的なマッチングは不可能です。日本で働きたい全ての人の中から、1番自社にあった人を採用できる、シンプルにそれがいいと思いませんか。
久保田: 既存の人材紹介スキームでは、質も量も担保できなくなる時期がすぐそこに来ています。今はまだ「人が足りないから連れてくる」で済んでいますが、数年後には、そもそも連れて来れる人の数が減ってしまう。それに、今まで働いてくれていた水準の人もきっと少なくなると思うんです。
僕たちは、現場で本当に活躍する個人を、高い精度で継続的に、かつ多くの選択肢から選べるようなプラットフォームを目指しています。
4. Tanceeが目指す未来:30年後の日本を守り、関わる全員を幸福にする
—抽象的な話になりますが、Tanceeが世の中に提供したい一番の価値とは何ですか?
久保田:僕が思っているのは、 僕や子供の世代が30年後になった時も、今と同じように、介護や家が建つといったことを当たり前に受けられる日本を維持することです。現場の「人」がいなくなれば、日本そのものが崩壊してしまう 。そこを土台から支え続けたい。
西: 僕はもっとシンプルに、日本に関わった全員の幸福を実現したいです。人生の目的は「幸せになること」だと定義していて、それは効率化とかそういうものとは全く違う。
今日本に働きにきている外国人は、生まれながらの権利を使っているだけなのに、「日本に来るな」などと言われてしまうんですよ。どんな覚悟で彼らが来ているかも知らずにです。「日本に来て良かった」と泣いて喜んでもらたいじゃないですか。負が大きいし、課題の量も大きいからこそ、解決した時の感動も大きい。その感動の総量を増やすことが、僕が自己満足できる最大のモチベーションです 。
5. 創業期のリアル:自分を変革する苦しみと、夢を語れる楽しさ
—事業をスタートしてわずかですが、これまでで印象に残っていることはありますか。
西: 創業初日にブースに一人こもって電話をかけ続ける一人テレアポも孤独でしたが、1番は仲間集めですかね。入社に合意してくれた子が、結局ジョインしないということが2人連続で続きました。大事な意思決定には、仲間候補者本人だけでなく、周囲の人まで視野を広げた対話が重要だと学びました。
久保田: 僕は、先輩起業家と話した時に「どこかで西さんが何とかしてくれると思ってないか?」と指摘された時が一番キツかったです。サラリーマンから抜け出し、自分と会社が同化していくための自己変革が、今でも続いていますが中々辛いですね。
—それでも、この挑戦には他では味わえない「楽しさ」があるということですよね。
久保田: 表裏一体ですが、これもまた自分と会社が一体化する手触り感です。リクルート時代は「顧客」と言ってもどこかデータ的でしたが、今は現場の店長さんや外国人スタッフの生の声に触れ、気付いたら「お客さん」が主語で語れるようになりました。本当の意味で目の前の人に価値を提供するってこういうことなのかなと。
西: 自分でハンドルを握れること、舵取りのインパクトが大きいことです。サービス設計一つ、値付け一つで会社が変わりますよね。事業計画も、どこまで踏み込んでバット振るかも、取れる選択肢のバリュエーションが凄く広いです。そして何より、泥臭さと向き合いながらも「ドリーム」を一丁前に語れること 。もちろん言うからには相応の努力が伴いますが、これはサラリーマンではできなかったですし、他では味わえません。
6. 未来の仲間へ:物語の「1ページ目」から登場する、ゾロやサンジであれ
—5年後、Tanceeはどんなチームになっていたいですか?
西: 100人を超える規模で、全員が楽しく働いている状態ですね。あとは多国籍なチーム。ビジョンに共感してとか、お客さんのためにやりがいもって進んでいるとか、お金以上にTanceeで働くことを楽しいと思ってもらいたいです。
そのためにもボードメンバーは、やりがいを持ちつつもビジネスとしてドライに先頭していくことが必須かなと思います。ベンチャー企業で働いてくれている仲間にとって、やっぱり会社が伸び続けていることが成長環境という意味で1番大事だと思うんですよ。それを楽しむことが大事だからといって阻害しないように心がけています。
久保田: 西と被りますが、Tanceeに入ってくれた人が「ここで働いてよかった、楽しい」と心から思える組織です。ポジティブな繋がりが続いていくような、そんな場所にしたいです。事業目線的なことも言おうかと思いましたが、やっぱりこれが出てきました。
—今このタイミングでTanceeに入る醍醐味は何でしょうか。
久保田: 他人が作ったシステムに乗るのではなく、システムそのものを自分で決めて作っていけることです 。これは、なんだかんだ1年経ったら経験できなくなってしまう、今だけの特権です 。
西: 日本史や世界史と同じで、今は「Tancee史」の1ページ目を書いている段階です。10巻目から登場するのもいいけれど、物語の「1巻」からゾロやサンジとして登場する方が絶対におもしろい。10巻で出てくるか、1巻で出てくるか。
—ありがとうございます。最後にひとことください!
西:一緒に、みんなで、大きな会社を創りましょう!
久保田:自分のビジョンを深めながら、Tanceeと一緒に成長していきましょう!